はじめまして、さようなら

あんび

いつかの日

「この隙間から蒸気が噴き出しているんだな」

【おい】

「天井たっかいなー……。あ、あの天辺の大きな穴が蒸気孔の役割か。結構抜けがよさそうだ。通りでここに入ってきた時、気圧差や温度差で風が吹かなかった訳だな」

【おい】

「扉は……やっぱり向こうから鍵かけられてら」

【おい!】





「あ。はじめまして。誰もいない空間なのに脳内に直接声が響いているので幻聴の類かと。もしかして、あなたがこの山の主――火山を操る神様だったりします?」

【まさか。俺は丈夫で長生きなだけが取り柄だ】

「そうですよね。見る限り、あなたは年月をだいぶ重ねてこそいるが普通の金剛亀だ」

【人間は俺をそう呼ぶのか】

「厳密には、あなたの属する生物種を、ですね。少しづつ石を齧って生きると聞きますが」

【その通りだ】

「ふふ、あの図鑑は正しかったんだな。隣座ってもいいですか?」

【好きにしろ】


「あの、山の主みたいなものって本当にいるんですか?一応私は、それの機嫌をとるための食事としてここに閉じ込められたんですが」

【俺はそんなもの見たことない。ここに来た人間は皆、狂うか衰弱するかで死んでいった。話しかけてもみたが、どいつもこいつも怯えるばかりだった】

「やっぱりかー……。私、『生贄なんか効果無い』と常々思ってたんです。生贄が捧げられたタイミングと火山活動のデータを照らし合わせた結果、何も関連性がありませんでした。人間側が勝手に関連があるよう思い込んでいるだけだ」

【そんな事分かるのか】

「研究の成果です!昔っから調べものが好きだったんですよねー」


【それだけの悟性があるのに何故生贄にさせられた。重用されるものじゃないのか?】

「……うちの村は魔法学至上主義なので。科学的思考には懐疑的と言うか、むしろ村八分の対象と言うか。べーつに私は魔法脱却派じゃないんですけどね。むしろ魔科共存派なんです。でもまあ結局こうなりました」

【人間はよく分からんな】


【これからどうするつもりだ】

「……どうしましょうね。出口も無い、食べるものどころか水すら無いとなると遅かれ早かれ死ぬしかないですよねえ。……ああ、やだなあ。苦しいのもやですが、王都で勉強とかできなかったのも悔しいです」

【悪いな、何もできなくて】

「いやいやお気遣いなく。でも出来るなら、お喋り付き合って貰えませんか。あなたの話も聞いてみたいですし、村じゃろくに誰も会話してくれませんでしたし」

【死にかけてるのに俺の話なんか聞いてどうする】

「人間死ぬまで勉強ですから。それにほら、あれこれ喋りまくってれば怖くない、かなって……」

【……そうか】


「ご挨拶が遅れましたね。私はコペルと言います、生まれは……」

【お前の事は今までの会話で大体分かったから説明しなくていい】

「そうですか。では、あなたのお名前は?」

【そんなものは無い】

「成程、じゃあ後で考えてあげますよ!今おいくつなんですか?」

【自分でも分からん。ただ、麓の集落が無かっただろう頃からここにいる】

「じゃあ300年は超えてるな……何か魔法は使えるんです?」

【使う場面も無いので意識した試しがない】

「それなら今試してみましょうよ!私魔法は使えませんが、魔法理論学なら一通り履修しているので!まずはそうだな……長生きの魔獣は人化魔法を好んで使うのですが」

【何故だ】

「何故でしょうね」









「しかし、あのように火山が崩れるとはな」

「麓の集落は飲まれたらしいぞ」

「山の主の怒りに触れたんだろうよ、くわばらくわばら。……ん?」


「おや、あんたどっから来た?」

「旅の人か?」

「あの村の近くに住んでいた者だ。……ニクス、とでも呼んでくれ」

「へえ、この度は災難だったな」

「ああ。……面白い奴を亡くしてしまった」

「今後どうするんだい、うちの村に来るか?」

「いや。王都に向かおうと思う」

「は?なんでまた」

「勉強をしてみたい」

「けったいな奴だなあ」

「王都なんてこっからかなり遠いぞ?道も険しいと聞く」


「大丈夫だ。俺は丈夫で長生きなだけが取り柄だからな」


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