569 迎賓室

 黒屋根の屋敷から宰相府へ向かうのに、何と十五台のもの馬車を連ねる。本当に無意味な事をとも思うのだが、先日起こった襲撃事件を考えれば、このような厳戒態勢となるのは止む得ない。あの時も六人乗りの馬車だったが、今日は俺とレティ、クリスと二人の従者トーマスとシャロンに加え、アイリも乗り込んでいる。


「・・・・・道が違うわ・・・・・」


 窓越しに外を見ていたレティが呟いた。西門へ向かう道とは違うと言うのである。


「レティ。西門は貴族だけが通る事が出来る道の筈。俺は平民だから、そこは通られないよ」


「あっ!」


 うっかりしていたという表情を見せるレティ。ついつい自分の感覚で言ってしまったのだろう。気まずそうな顔をしている。今日の宰相府への訪問はベルス=ダウラージ子爵曰く、俺が招待された形のようなので先ず西門を通る事は無い。しかしこの道、何かぐるりと大回りをしているような気がする。もしかすると迂回をしているのかもしれない。


 よく考えれば、大暴動が発生してまだ一週間しか経っていない。大部分が焼けてしまったという歓楽街や、人が多い繁華街周辺を避けるのは当然か。馬車が王都トラニアスのメインストリート、中央大路に出た所で左折し、北上を始めた。ん? このまま直進しないのか? 車列はラトアン広場に差し掛かり、更に北へ向かう。そしてディマリエ門の前。


「えっ?」


 ちょっと待て! 王宮の正門であるディマリエ門から入るのか? 確かこの門は、王室と国賓、あるいは公賓に準じる扱いを受けた者しか通る事が出来ない筈ではないのか?


「このまま行くの?」


 レティもビックリしている。俺達の車列が堂々と開かずの門の真ん中から王宮内に入っているのだから、驚くのは当然だ。トーマスとシャロンも呆気に取られているようで、言葉も出ないようだ。クリスは黙って目を瞑ったまま。アイリは・・・・・ 平常運転だった。今、何が起こっているのか、アイリはイマイチ分かっていない感じである。

 

 ディマリエ門の真ん中から王宮前広場に入った車列は、俺達が乗っている六人乗り馬車を除いて、宰相府正面から少し離れた位置に停車した。俺達の馬車はそこから少し離れた場所で待機している。宰相府の正面玄関の方を見ると、衛士やら官吏と思しき者が何人も立っているので何事かと思い、先程からずっと目を瞑ったままのクリスに聞いてみた。


「賓客を待っておるのです」


「賓客って誰だ?」


「グレンに決まっているではありませんか」


 はあっ? と思ったが、何も言わさぬという感じで目を瞑るクリスに、これ以上の事は聞けなかった。しかし正面にある内大臣府の側を前にして、俺達を護衛した十四台の馬車が、一列に並んでいる姿は壮観である。それぞれの馬車から衛士や隊士達が出てきて整列したところで、俺達が乗った馬車が再び動き出し、宰相府の正面に横付けした。


「グレン・アルフォード殿、御来駕ごらいが!」


 クリスの名前じゃなく俺か! 官吏と思われる人物が俺の名を呼んだのだが、「御来駕」って何だよ。俺が戸惑っていると、レティが尊敬語だというので、唖然となってしまった。クリスが俺に出るよう促すと、使者として来たベルス=ダウラージ子爵が頭を下げている。貴族、しかも高級官吏が商人の倅に頭を下げているなんて前代未聞じゃないのか。


 左右に並ぶ衛士や官吏達が皆頭を下げる中、クリス、レティ、トーマス、シャロン、そしてアイリが降りてくる。俺とクリスとレティが前列、トーマスとシャロンとクリスが後列だ。全員が並ぶと、ベルス=ダウラージ子爵が「案内あない致します」と、宰相府庁舎内を先導する。廊下の左右に並ぶ官吏達が頭を下げる中、俺は杖を突いて歩く。


 しかしシルクハットに三つ揃という平民服で宰相府の正面玄関から入る事になるなんて、想像すらしなかった。これは破格どころの待遇じゃない。いくらクリスの口添えとはいえ、やりすぎではないのか。俺達の後ろに衛士達が付いて歩いているという、あり得ない光景が展開されている。ベルス=ダウラージ子爵の案内で進んでいくと、衛士達が立っている。


「迎賓室でございます。こちらへ」


 扉の左右に立つ衛士が扉を開くと、見たこともないきらびやか・・・・・な部屋がそこにはあった。思わず息を呑んだが、ベルス=ダウラージ子爵の案内の手前、立ち止まる訳には行かず、歩いていくともう一つの扉があり、両脇に控える衛士が扉を開いた。するとそこには、大綬を帯びた宰相閣下が立って俺達を出迎えてくれたのである。


「よく来てくれたな、アルフォードよ」


 声を掛けてきた宰相閣下に、俺はシルクハットを取って頭を下げる。宰相閣下の後ろにはクリスの次兄で宰相補佐官のアルフォンス卿を始め、財務卿グローズ子爵、民部卿トルーゼン子爵、内務卿マルソードン子爵ら四人の高位官吏達が、宰相と同じく大綬を帯びて並んでいる。後の一人は司法卿のヒョード男爵であるとの事。


 全員礼装を着ているというのは、『常在戦場』の臣従儀礼の際にその服を見たから分かるのだが、どうして今日着ているのかについては全く分からない。しかし皇室映像のような格好をリアルで見るのは、現実離れしすぎていて、やはり違和感がある。そもそもゲーム世界に居る事自体、違和感しかないのだが・・・・・


 彼ら高位官吏の後ろには、幹部官吏達が控えていた。宰相府官房付のシュワッチや民部行政処長レンドラー、そしてクルトの父で内務部民政処長のジェフ・ウインズの姿も見える。どうやら宰相閣下を頂点とした、宰相府における内政の主要幹部達が一堂に会しているようだ。俺はベルス=ダウラージ子爵から用意された席に誘導された。


(これは・・・・・)


 案内された席を見てビックリした。上座と下座じゃない! 上手から見て宰相閣下が右側、俺達が左側。そこに一人掛けソファーが三つ用意されており、俺が上手でクリスとレティが順に座った。向かいは宰相閣下とアルフォンス卿が座り、その後ろに宰相府大官房ベルス=ダウラージ子爵や財務卿グローズ子爵などが着座している。


 俺達や高位官吏達の後ろには椅子が用意されており、アイリやトーマスとシャロン、ジェフ・ウインズら幹部官吏達が座った。身分制度絶対、厳しいカースト制度が厳然と存在するエレノ世界では考えられない席の並びだ。部屋を見ると、何人もの貴族の肖像画が掛けられている。


「あれは・・・・・」


 思わず呟くと、クリスが御先祖様ですと小声で答えてくれた。どうやらこの迎賓室には、歴代宰相の肖像画が掲げられているようだ。しかしこの部屋。白磁の柱に金箔があしらわれ、ありとあらゆるところに装飾が施され、壁はおろか天井にまで彩色が為されているのは、圧巻の一言。


 こんなのエレノ世界に来てから、一度たりとも見た事がない。クラウディス城やノルト=クラウディス公爵家に入った時も驚いたが、恐ろしい事にそちらの方が質素に見えるぐらいだ。昔テレビで見たことがあるベルサイユ宮殿やエカテリーナ宮殿の中よりも豪奢にして壮麗である。


「アルフォードよ。身体の方は大分良くなったようだな」


「はい。静養させていただきました事もありまして、杖を持って普通に歩くまでには」


 俺の言葉に宰相閣下は頷くと、その視線をレティの方に向けた。


「リッチェル子爵夫人。此度のレジドルナ追討における、リッチェル子爵加勢の話。こちらの耳にも届いておるぞ。若年であるにも関わらず。よくぞ馳せ参じられた。子爵の勇気、予は感服致しておる」


「・・・・・勿体ない御言葉。ありがとうございます」


 いきなり話を振られたからか、レティの返事が少し遅れた。まさかこの席でミカエルの話題が出るとは思わなかったのだろう。少し間を置いて宰相閣下が話し出す。


「貴族会議に於いて、ウィリアム王子殿下が献策為されられた「小麦勅令」によって、民の平穏が取り戻された事。誠に以て幸いであった」


 貴族会議の渦中、議事進行役として、その真っ只中にいた宰相閣下。ゆっくりとした口調だったが、何かを噛み締めて話しているようにも感じられる。色々と苦心を為された跡が感じられる。宰相閣下は現在、小麦がノルデン全土の隅々にまで行き渡っており、未曾有の食糧危機が何とか乗り越えられたと述べられた。


「一時、王都が紛擾ふんじょうに陥るも、軍監閣下の指揮の下、近衛騎士団や王都警備隊、『常在戦場』や学園学院生徒達の献身的な活動によって、大事には至らなかった。今は平静を保っておる」


 宰相閣下に安堵の表情が浮かんだ。しかし次の瞬間、顔が険しくなる。


「今回の小麦価格の暴騰は、少なからぬ者が小麦を大量に買い占めたのが大きな要因。しかもその費用を借り入れて行っていたという話」


 小麦の購入費用を融資してきた『貴族ファンド』と、そこからカネを借りていた貴族達。これが周りに誰もいなければ名を出していただろうが、多くの官吏達が出席している手前、口には出さなかったのだろう。しかし名指しこそしなかったものの、宰相閣下は暗に小麦釣り上げに加担した者達ついて触れる形で、遠回しに批判したのである。


「聞けば、その小麦の最大の提供元が『貴族ファンド』であるという。しかし拘束したその責任者は、その借用書類等一切は紛擾の最中に焼失してしまったと供述しておる」


 そうなのか・・・・・ 『貴族ファンド』の責任者はミヤネヤという人物だったな。以前フェレット商会で勘定方をしていたという中年の男。既に身柄を拘束されていたのか。しかしミヤネヤなる責任者は、個室バー『ルビーナ』が焼けた為、その上にあった『貴族ファンド』の事務所も焼けて、中にあった書類も燃えてしまったと思っているようだな。


「しかし、その書類をアルフォードが持っているとの話。それは誠か?」


「はい。その話、相違御座いませぬ」


 宰相閣下からの問いかけに、俺が返事をすると迎賓室がどよめいた。無い筈のものがある。責任者が焼失してしまったと供述している書類が存在しているという事実は、宰相府の幹部達にとって、中々衝撃的な話のようだ。俺は『貴族ファンド』の書類を持っている経緯について話した。

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