563 援軍

 暴動。いや大暴動と言ってもいいだろう、大暴動が起こった日。トーマスや『常在戦場』の第五警護隊の面々と共に歓楽街へ趣き、『貴族ファンド』の事務所から持ち帰った書類。その書類を整理しようという話となったのだが、書類が膨大だから人手が要るという事で、クリスとアイリが援軍を連れ帰ってきたのである。


「グレンはもう大丈夫なの?」


「ああ、少しずつ回復はしている。万全じゃないがな」


 援軍に来たリディアが心配そうに俺を見てくる。リディアは教室でシャロンから声を掛けられたらしい。俺は思わずシャロンを見返した。するとシャロンが恥ずかしそうにしている。シャロンはシャロンなりに俺を心配してくれているのだ。ありがたい話である。しかしそうなると、コレット。どうして学年代表コレット・グリーンウォルドがいるのだ?


「レティシアに連行されました・・・・・」


(あああああ!!!!!)


 書類整理をするから手伝ってと、いきなりレティから言われたらしい。俺が更に聞くと、断るにも断れなかったというのである。どうやらレティの側にクリスがいたので、断る選択肢を奪われてしまったようだ。このような駆け引きを駆使した芸当をやらせたら、本当に右に出るものはいないな、レティは。これぞ真性の悪魔である。


「でも、グレンが学園の隣の屋敷に居たなんて、思いもしなかったわ」


「ここで療養しているんだ」


 すると、この屋敷は俺が買ったのよと、レティが暴露したのである。更に驚くコレットに「だから、たっぷりと駄賃を貰うのよ」と囁くレティ。なんだ君は! ミカエルの心配をし過ぎて伏せってしまうレベルじゃなかったのか! このやり取りを聞いた皆が笑っている。レティが「もちろん、私にもね」というので、更に笑いが大きくなってしまった。


「だって、カジノが燃えたって言うじゃない。だったらこれから、カジノの代わりにグレンから稼ぐわ!」


 おいおいおいおいおい。おい君、ヒロインだろ! 乙女ゲーム『エレノオーレ!』の完全蹂躙をするレティに心底呆れてしまった。俺はこれまで何の為に心配してきたのか。全てがフイになってしまった気分である。ただレティがやってきた事で、場の雰囲気が賑やかになったのは間違いない。落ち着いたところで、皆に書類の整理法を説明する。


 『貴族ファンド』の事務所から持ち帰ったこの書類の整理ポイントは二つ。門地と確定と、カネを借りた家ごとの借金額を集計である。よって前者は貴族家の者が、後者は平民の者が行うのが一番。よって家柄や派閥等を確定させる仕事については、クリスを中心として、レティとクラートが担当する事になった。


 一方、借金の集計については俺の指示の下、トーマスとシャロン、アイリ、リディア、コレットが行う。膨大な作業だが、アイリやリディアが一定以上の能力を持っているのは承知しているので心配はない。アイリはドーベルウィン伯爵邸での買取、リディアはボルトン伯爵領で借金額の計算で、それぞれ協力してくれた時に能力は確認済みである。


 トーマスに関しては言うまでもなく優秀。何しろクリスの金庫番でもあるのだから問題はない。シャロンについては分からないが、ソツのない性格から考えても大丈夫だろう。コレットも生徒会での事務処理を見る限り、一定以上の能力はある。よく考えれば、中々強力な援軍だな。俺達は申し合わせて、書類整理を始めた。


 ――俺達が『貴族ファンド』の書類整理に追われている間にも、俺やクリスの元には次々と連絡が入ってきた。俺の方はまずグレックナーから。昨日の群衆による暴動はほぼ沈静化したとの報だった。後から考えればアウストラリス公の「爵位返還」「領地返納」宣言がヤマ場だったと話す、グレックナーの声が相当疲れている。


「ノルト=クラウディス公爵家の騎士団の助力も得たのですが、群衆の勢いを止めるに至らず、押し留められない状況に陥りかけていました」


「宰相家のか!」


 まさか、まさかの展開である。アウストラリス公爵邸を守るべく、なんと対立関係にある筈の宰相家、ノルト=クラウディス公爵家の騎士団までが加わっていたというのだ。クリス主催の『明日の小麦問題を考える御苑の集い』の警備の為、公爵領より上洛してきたアウザール伯指揮のノルト騎士団とクラウディス騎士団が、集いが終わった後もそのまま逗留していたのだ。


「ええ。切り札だったんですよ、第一警備団の抜けた穴を防ぐ」


 レジドルナに赴く第一警備団の穴をセシメル駐在の二個警備隊で補うという話を聞いた時、危惧していた俺にグレックナーが「切り札があります」と言っていたが、その切り札とは、ノルト=クラウディス公爵家の騎士団だったのか! アウザール伯とグレックナーは親友であると言ってもいいくらいの肝胆相照らす関係。


 どちらが持ちかけた話なのかは分からないが、フレミング指揮の『常在戦場』精鋭第一警備団がレジドルナ追討に出撃する段階で、その穴を埋めるべく公爵家のノルト騎士団とクラウディス騎士団が参加する話が出来ていたのだろう。グレックナーによれば両騎士団に加え、王都在住の衛士隊合わせ三百五十の一隊が駆けつけた。


「来るべき時に備えて、アウザールは大盾訓練まで施して参陣してくれたのですが、それでも群衆の力を止めるには・・・・・」


 ノルト=クラウディス公爵家の騎士団は『常在戦場』の指導を受け入れて大盾訓練を行い、アウストラリス公爵邸の警備には「オリハルコンの大盾」を持って参戦したという。満を持して臨んだ体制だったのだが、それでも群衆の圧倒的な力の前には、とても及ぶものではなかったとグレックナーが振り返った。そりゃ、群衆の方が圧倒的に多いからな。


「アンドリュース侯までが駆けつけられたのですが・・・・・」


「ア、アンドリュース侯がか?」


 な、なんとアウストラリス派の副領袖と言われるアンドリュース侯が、アウストラリス公爵邸に駆けつけてきたという。確かにアウストラリス公はアンドリュース侯も属するアウストラリス派の領袖。しかしアウストラリス公が建議した貴族会議にアンドリュース侯は反対し、両者の間には大きな亀裂が走っている筈。それなのに、何故・・・・・


「アウストラリス公の危機を知り、参じられたようです」


 アンドリュース侯は五十余りの衛士らを率い、白馬に跨がりげきという長い得物を持って、公爵邸へ参じてきたのだという。これを見たスピアリット子爵が慌てて駆け寄り、群衆の標的になりかねないと、アンドリュース侯を馬から下ろしたそうだ。しかし領袖の危機と聞いて、白馬に乗って駆けつけてくるなんて、中々イカした親父だな。


「アンドリュース侯は軍監閣下の話をお聞きになり、引き連れてこられました衛士と共に、後方でスクラムを組まれておりました」


「侯爵自らか?」


「ええ」


 アンドリュース侯は馬を降り、衛士と共に全面に展開する大盾部隊を支えるため、自らもスクラムを組んでいたというのである。あの慇懃そうな親父が、そこまでやるとは。何かアウストラリス公に義理でもあるのだろうか。それはそれとして、そのような援軍を含め、かなりの人員でアウストラリス公爵邸を守っていたが、それでも群衆の圧力は強まるばかりだったという。


「群衆の力をもう押し留められないってとこまできたのでさすがにこれは・・・・・ と思った所に宣言が出されまして、群衆の圧力がフッと抜けたんですよ」


 その瞬間、サッと波が引くように群衆が退いていったのだという。その群衆についていくかのように『常在戦場』や近衛騎士団、王都警備隊や学徒団、それにノルト=クラウディス公爵家の騎士団が全面に展開し、公爵邸の防備を強固なものにした。この間流血沙汰もなく、犠牲者を出さずしてアウストラリス公爵邸を守りきったのである。


「アウストラリス公はその後どうしているのだ?」


「出奔されました」


「はっ?」


「明け方、車列を連ね「御門」をお出に・・・・・」


 なんともはや・・・・・ 群衆が消えたのを見計らって、王都を後にしたというのである。群衆に取り囲まれたのが、余程堪えたのだろう。その行き先について尋ねたものの、当然ながらグレックナーは知らなかった。相手は高位貴族だから仕方がない。『常在戦場』は現在も警戒体勢を崩していないとの話で、落ち着いた時に改めて顔を出すと話した。


「このような形で王都を御出おでになられるなんて・・・・・ せめて王宮に御挨拶をなされてからでも・・・・・」


 俺がグレックナーとのやり取りを話すと、クリスが嘆息した。その話っぷりから察するに、同情しているというよりかは、貴族としての矜持を持てといった感じに聞こえる。この辺り、流石宰相家の御令嬢。貴族界のリーダーシップを取らんという気概がそれを言わせているのだろう。


「しかし何処に行かれても・・・・・」


「向かうはレジドルナね」


 クリスの話を聞いていたレティがそう断言した。多分辿り着けないわねという、レティの言葉にクラートがギョッとしている。恐らくは「どうして?」という感じなのだろう。俺はレジドルナの追討に派遣されている近衛騎士団が街を包囲しているだろうから、車列が通れないだろうと説明すると、クラートは合点がいったようである。


 実は近衛騎士団よりも『常在戦場』の方がずっと大規模に部隊を展開しているのだが、近衛騎士団に比べ馴染みの薄い『常在戦場』の説明をしても、クラートには分かりにくいだろう。それに迂回路の支線にはリッチェル子爵領がドンと存在しており、そこにはミカエルやリサ。地主兵ラディーラやダダーン率いる第三警護隊がいるのだ。


 レジドルナが包囲されて通れないので、リッチェル子爵領を南北に貫く迂回路を通るしかない。しかしアウストラリス公であろうとも、子爵領の南に位置する難所「セラミスの切り通し」を通してはもらえないだろう。まして公爵位を返上した身なら尚更の話。だから一行がアウストラリス公爵領へ「辿り着けない」とするレティの指摘は正しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る