541 ミカエル達の出立
襲撃事件の際、グレックナー達が駆けつけるまで戦い続けた第五警護隊の副隊長リキッド・シュメール。精悍な顔つきをしている漢は、俺がボロボロになって瀕死の状態になっていたのにも関わらず、殆ど無傷であの襲撃を戦い抜いたのである。シュメールは屋敷の敷地に入るなり、俺に駆け寄ってきて「よくご無事で」と声を掛けてくれた。
「シュメールよ。よく戦ってくれたな」
「私は無事なのに、おカシラを守り通せず申し訳ありません」
「何を言うんだ! 俺だって今ここにいるんだから大丈夫だ。それより隊士達はどうなんだ?」
もっとも気になっていた事を聞いた。殆どの者が大怪我を負ったという襲撃事件。最後まで立っていた隊士はシュメールを含めて三人のみだったと、グレックナーから聞いている。その最後まで立っていた隊士の内、今日顔を出してくれたのはトワレンというスマートな体格をした隊士だった。戦い抜いたもう一人の隊士プマーストの方は休みだという。
「比較的軽い怪我だった者はもう復帰してます」
シュメールはそう言うと、ペルートという隊士と、レナケインという二人の隊士を呼んだ。ペルートは優男、レナケインは長身。どちらも何度か見た顔である。二人は怪我が比較的軽く、身体が普通に動くくらい回復したので、現場に復帰したとの事。怪我を負った他の隊士達は、まだ万全だとは言えず、現在は自宅療養を行っているそうだ。
「瀕死だった者も公爵邸に運び込まれた後、奇跡的に回復しまして、皆退去することができました」
「俺と同じだな。それは良かった」
話から俺は確信した。アイリの神聖力のお陰だと。アイリは俺だけではなく、公爵邸に運び込まれた重傷者をも癒やしてくれたのである。この話、誰にも言えないよなと思っていたら、丁度その本人がやってきたのには驚いた。アイリとはこういう事が度々あるので、佳奈には申し訳ないのだが、運命というものを感じてしまう。
見るとアイリはレティと一緒に来たようで、目が合うと二人が椅子に座っている俺のところまで来てくれたのである。俺を見るなり、レティは封書を読んだわよ、と声を掛けてくれた。見るとレティはかなり疲れているようだ。それでも俺に「公爵邸から出られるくらいまで、回復したのね」と話し、復帰を喜んでくれた。
「クリスには挨拶が出来なかったけどな」
どうして? と横で話を聞いていたアイリが訊ねてきたので、微熱が下がらないらしいと話すと、二人が顔を向き合わせた。アイリが凄く心配そうな顔をしている。レティはやっぱり無理をしていたのねと、クリスを気遣った。しかしそれはレティも同じじゃないのかと、俺は問いかける。
「あの後、ミルと話をしたわ」
ミルか。ミカエルの愛称を久しぶりに聞いたな。俺の問いに直接答えなかったのは、おそらくレティも無理をしている自覚があるからだろう。俺達の前では普段言わないようにしているミカエルの愛称がポッと出てしまっている辺り、疲労が隠せない証だと考えても差し支えがない。
不思議なもので長年付き合っていると、こういった微妙な変化やニュアンスが、なんとなく分かってくるから不思議なものだ。夫婦ほどではないが似た部分がある。佳奈の事なんて、何となく察する事が出来るからだ。レティによると話し合いが終わった後、姉弟で子爵領の件について話をしたようである。ニーナに言われた事が大きかったのだろう。
「結果は・・・・・」
「ダメだったわ。ミルの決意は固かったの」
レティがうなだれている。説得したがダメだったのは言わなくても分かる話。ただ、レティはかなり消耗したようである。ミカエルが当主だから、私は受け入れるしかないわと、レティが諦めた表情で言った。
「何よりも当主になるように言ってきたのは私だし・・・・・ こうなったのは私の責任よ」
「レティ・・・・・」
寂しそうな顔をするレティを見ると、声を掛けるなんてできなかった。ミカエルを早く襲爵させるよう、レティに向かって強力に言ったのは他ならぬ俺なのだから。良かれと思ってやったのに、結果としてレティを悩ませる事になるなんて思いもしなかった。何か罪悪感というか、申し訳ない気持ちになってしまう。アイリがレティの両手を握りしめる。
「レティシア。ミカエルさんを信じましょう!」
「アイリス・・・・・」
「・・・・・う、うん」
レティがアイリスの両手を握り返す。この世界の両ヒロインがお互いの両手を握りしめる。なんと神々しい光景なのか。これを椅子に座りながら独り占めして見ている俺は、乙女ゲーム『エレノオーレ!』のプレイヤーから嫉妬される存在だろうな、と勝手に思った。特に思い入れがある訳でもないゲームだったので、余計にそう感じたのだろう。
「じゃあ、行ってくるわね。レティシアさん、心配しないで。皆無事に帰ってくるから」
「リサさん・・・・・」
声を掛けてきたリサに、レティは頷いた。強張った表情が少し緩んだのは、リサの言葉で心が軽くなったからだろう。リサが手に持った商人刀『燕』を掲げて、俺に見せてきた。前にリサがリッチェル城へ行った際に渡した刀だ。今回もこれを持って赴くというリサの意思表示なのだろう。ん? 待てよ。それを見て、俺は閃いた。
「リシャール、カシーラ、セバスティアン。来てくれるか」
俺は三人を呼ぶと、商人特殊技能『収納』で、商人刀『鷹』を出した。それを持ってリシャールの前に出す。
「リシャール。これは商人だけが使える刀、商人刀だ。『鷹』という。これを持っていけ」
「えっ! もしかしてこれは・・・・・」
「『商人秘術大全』に書いてあった刀だ」
俺が言うと、三人が驚いている。カシーラが「本当にあったのですね」と言ったので、材料を見つけてきて、作ってもらったんだと話をした。セバスティアンが羨ましそうにリシャールを見ている。それはカシーラも同じ。だが、一人だけなんて不公平なマネは出来ないだろう。
「カシーラ、セバスティアン。心配するな。お前達の刀もある」
リシャールが片膝を付けて『鷹』を受け取ると、カシーラに『鷲』、セバスティアンには『雉』をそれぞれ授けた。二人共ビックリしている。まさか自分達ももらえるとは思っていなかったのだろう。皆、俺が渡した刀を大事そうに抱えている。
「この商人刀は『
俺は『収納』で取り出した商人刀『隼』を見せて、そう話した。俺が起き上がった時、クリスが側に置いてくれていた、この『隼』。後で確認したのだが、全く傷がなかったのだ。俺はこの刀に守られたのだと、その時思ったのである。
「だから皆を守ってくれる筈だ。いいか、皆揃って戻ってこい!」
「はいっ!」
三人が揃って返事をした。時間になったと第三警護隊の副隊長であるマニングが告げたので、皆が馬車に乗り込む。ミカエルとリシャールを始めとする同級生とリサ、そして第三警護隊の九人。合わせて十七名が六人乗りの高速馬車三台に分乗した。馬車が静かに走り出す。見送る者達が皆で手を振って馬車を送り出した。
――週明けに出された『
これは『ラトアンの
昨日、既にダダーン率いる第三警護隊が出発してしまっているので、実はここに書かれている記事自体がもう古い。まぁ今まで見ていると、
また、この事態を受けて近衛騎士団がいつレジドルナへの派遣の命が下っても即時行動できるように対応を取っており、近々レジドルナの冒険者ギルドへの追討命令が下されるとの見通しと伝えている。またレジドルナ行政府が勝手に街にかかる橋を封鎖する冒険者ギルドの連中を放置し、宰相府からの是正命令をも無視している事まで書かれていた。
以前では考えられないくらい踏み込んだ内容の記事である。それ程「許される状況」があるという事なのだろう。『
国王陛下御臨席の元、宰相閣下と内大臣トーレンス侯、そして軍監ドーベルウィン伯が出席する
そしてこの枢密院でレジドルナの冒険者ギルドの討伐が決定した場合、レジドルナの冒険者ギルドは「国賊」という認定を受ける事になると解説されていた。「国賊」か。何とも古い日本の響きだな。まぁ、国王陛下が出席する会議で決まったならば、当然そうなるか。
記事を読む印象では、今回はクリスが襲撃されたという事で、宰相閣下への挑戦、即王国への挑戦という受け止められ方をしているようだ。クリスは公人ではないが、公式的な立場の人物という扱いなのだと思われる。いよいよレジドルナの冒険者ギルドは追い詰められたと断じても良いだろう。
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