532 見舞い
襲撃事件で大怪我を負った俺を見舞う為、ボルトン伯とアーサーがわざわざノルト=クラウディス公爵邸を訪ねて来てくれた。まさかの訪問に驚く反面、親子で俺を励ましてくれたのは本当に嬉しい。ボルトン親子を案内したベスパータルト子爵とシャロンが部屋を退出し、俺とボルトン伯とアーサーの三任だけになると、ボルトン伯が聞いてきた。
「車列を襲ったのはレジドルナの手の者であるとの事。彼らの目的は何なのだろうか?」
「私も襲われて意識を失っておりましたので、知る由もなく・・・・・」
「そうであったか・・・・・ そうであるな」
「ただ、レジドルナの冒険者ギルドの登録者が、以前より王都で
「蠢くとは?」
ボルトン伯が聞いてきたので、トラニアス祭での暴動以来続く一連の出来事を説明した。レジドルナ出身のダファーライという人物が中心となって暴動を起こすように民衆に
「もしやアウストラリス公と関係が・・・・・」
「それは分かりませぬ。分かりませぬがレジドルナにあるトゥーリッド商会の商館に、アウストラリス公の陪臣であるモーガン伯なる方が頻繁に出入りをなされていたとか」
「モーガン伯とな!」
ボルトン伯の顔色が変わった。そういえば宰相派の幹部達がモーガン伯の名を聞いて、「影」とかなんとか言っていたな。おそらくはモーガン伯、貴族社会では有名人なのだろう。
「公爵令嬢やアルフォード殿への襲撃と、貴族会議の件。やはり繋がっておるのではないか」
「私には、その辺りの事。知る由もございませぬ」
そう言うしかないだろう。事実そうなのだから。繋がりがあるように見えるし、状況的に合致するので決めつけてもいいのだが、何しろ証拠というものが全くない。それに俺自身、何かを調べる能力も権限も力もないのだから、その辺りの事情について知りようがないのである。
「レジドルナが不穏であるとの話は、以前よりスピアリット子爵より聞くところ。そこにアウストラリス公が関わっているとならば由々しき事態。貴族会議との関連性を疑われても仕方があるまいに」
確かにそうなのだが、だからと言って俺が出来ることは何もない。今の俺に出来る事があると言えば、せいぜいボルトン伯に貴族会議で多数派工作を行ってもらうようにお願いするくらいなもの。しかしボルトン伯にそのような事を頼めるのだろうか? イマイチ受け止めてもらえる自信がない。ボルトン伯が深刻そうな表情で言う。
「そうなるとやはりアウストラリス公の狙いは宰相府であろうか?」
「宰相府の一択だと思います」
ボルトン伯の疑問にハッキリと答えた。この理由は明白だ。この場でも十分に説明できる。
「どうして分かる」
「それ以外に貴族会議の開催に執着する理由がございましょうか?」
俺の言葉に「ほうっ」と声を上げて感心するボルトン伯。
「貴族会議を開けば、アウストラリス公にとって、どのような利があろうか?」
「解任動議の議決が可能になります」
「なっ! それは・・・・・」
今まで俺とボルトン伯とのやり取りを黙って見ていたアーサーが発した。おそらくは驚きの余り、思わず声が出てしまったのだろう。軽く頷いたボルトン伯が真顔で言う。
「そして晴れてアウストラリス公が宰相となるという訳だな」
宰相失脚の話をすっ飛ばして結論を述べたのは、言うまでもない話であると判断したからだろう。ボルトン伯がそこまで読めているのであれば、あの話を切り出してもいいかもしれない。乙女ゲーム『エレノオーレ!』の話についてである。ボルトン伯がどう受け止めるのかについては考えず、思い切ってゲーム世界のシナリオを話す事にした。
「貴族派が四十五、国王派と宰相派が四十五と拮抗していたところに貴族会議が開かれれば、中間派が貴族派の側に付く事で解任動議が通りますな」
「だが実際には貴族派の三割強が離脱する一方で、ウェストウィック派がアウストラリス公に付いた。これによってノルト=クラウディス方が五〇、アウストラリス方が四〇となった」
俺の謎掛け的な話に対し、ボルトン伯は貴族会議の建議が通った後の状況について解説してきた。リアルエレノと大きく状況が異なる、ゲームの中での話を何の前フリもなく持ち出したので咎められるのを覚悟をしていたのだが、実際には全てを承知しているかのように話を飲み込み、かつ現在進行形で進んでいる事態と比較したのである。
「ここで我々中間派がアウストラリス公に乗ったとして五〇対五〇。半々だ。つまり確率も半々。では、乗らなければどうだ? 確率はゼロだ。どちらを取るのかだな・・・・・」
ボルトン伯のこの言葉を俺はどう受け止めれば良いのか、全く分からなかった。宰相側に付くと思える言葉だが、どちらを取るかなんて言われたら、どう判断すればいいのか困る。しかしボルトン伯は、想像以上に今の状況を正確に把握していた。しかもゲーム世界のシナリオまでを織り込んでいるような有様で、こちらの方が面食らってしまう。
「さて、アルフォード殿も予想より回復をしておるようだし、席を外させてもらおうかの」
そう言うと、アーサーには呼びに来るまでここに居なさいと言い含めて、部屋から出ていった。多分、宰相閣下と面会するのだろう。いや、俺の見舞いよりもそちらの方が主目的だった可能性がある。つまりアーサーと共にノルト=クラウディス公爵邸に来たのもその為であり、アーサーを使って目的を隠蔽したと。一種の偽装工作のようなものだ。
「お、おい! 今の話って例の『世の
おお、そうだ。アーサー、よく覚えていたな。俺はその通りだと頷いて、アーサーの問いかけを肯定する。
「婚約話が潰されても婚約話が成立し、婚約破棄が起こってしまった。違う誰かが婚約し、その婚約が破棄されるのは最初から決められていた定め。これが『世の
「先日あったモーリス様と侯爵令嬢との事を言っているのだな」
「そうだ。あれはそもそも正嫡殿下とクリスの話だったはず。しかし何かがあって流れてしまった。婚約破棄が行われる婚約を誰かが行わなければならなかったのだ。貴族会議も同じ事」
「それは貴族会議が開催される定めだと言いたいのか?」
「そうだ」
「だったら、開催される事が分かっているものをどうして阻止しようとしたんだ!」
「クリスとの約束だからだ!」
「えっ」
俺の言葉にアーサーがギョッとした。
「クリスと約束したんだ。ノルト=クラウディス公爵家を守ると」
「お前・・・・・」
「貴族会議が開催されて解任動議が議決される。これを阻止するには貴族会議そのものを開かせないようにするしかなかた。俺は貴族じゃないし、クリスは貴族であっても議決権を持っていない。だから、貴族会議の開催の阻止に全力を尽くしたのだ」
今までクリス達以外に、誰にも言ってこなかった話をアーサーに吐露した。これまで貴族会議の開催を阻止する為にそれなりに手を尽くしてきたのだが、ウェストウィック公の裏切りによってその扉が開かれたこの結果について、俺は全く納得できていない。だから、誰にも言わず我慢してきた事が、一気に溢れ出してきたのだ。
「いや、貴族会議の開催を阻止する為にここまでやった方が凄いよ」
「それじゃ駄目なんだ。過程はどうあれ結果が全て。貴族会議が招集されたら、貴族会議の開催に反対した者の中に、心揺らぐ者が出てくるだろう。しかもだ、誰が揺らいでいるかも分からないんだぞ。そんな中で貴族じゃない俺が出来る手立ては限られている」
「・・・・・」
「だからボルトン伯にお願いしようと思ったのだ。この行く末の鍵を握るのがボルトン伯の筈だからな」
「おいおい、それはウチの親父を買い被り過ぎだ。大体、親父にそんな力なんて・・・・・」
「ある。さっきの話を聞いて分からなかったのか?」
「いや、ちょっとそれは・・・・・」
自分の父親の事を言われてアーサーが困っている。どうやら目の前で俺とボルトン伯のやり取りを聞いているにも関わらず、なおも自分の父親の事を過小評価しているようだ。アーサーが言うには中間派なんて連絡会のようなもので、他派のような結束力なんてないから、いくら親父が声を掛けようと主導権を握るなんてあり得ないと力説した。
「しかしアーサー。リッチェル子爵家の襲爵式の際には、ボルトン伯が一声掛けただけで、中間派の直臣陪臣の貴族家が百家も参列したのだぞ。ドナート派よりも多いんだ。もう少し父上の事を等身大で見るべきだ」
「そうは言うけどさぁ、宰相閣下やアウストラリス公、ウェストウィック公なんかと渡り合えるような影響力なんて、とてもとても」
「おいおい、それはないだろう。大体ボルトン家自体が、
「だとしたら・・・・・ それは困るなぁ」
アーサーは本当に困った顔をした。何故かと問うと、意外にもクリスの事を話し始めた。
「今、学園はこの襲撃事件の話一色なんだ。話題は全部、公爵令嬢の話。学園親睦会の時にはモーリス様と侯爵令嬢の話ばかりだったじゃないか。影響力があるってのは、話のネタにされるって事だぜ。そんなの勘弁して欲しい」
どうやら俺達が襲撃された事件は、既に広く知られてしまっているようである。内容が内容だけに当然の話か。アーサーも今日の朝に知って、ビックリしたらしい。そこへボルトン伯が俺の見舞いに行こうと誘われたのですぐに乗ったと。ところが一緒に来たら、そこはノルト=クラウディス公爵邸だったというので、これにも驚いてしまったという。
しかしアーサーが言った話。影響力があるのは勘弁というのは理解できる。このエレノ世界、現実世界のそれとは違う部分があって、話題のウェイトそのものも身分が大きな影響を及ぼしている。話題にすらカーストが付き纏うのがこのエレノ世界なのだ。
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