530 ハイパーエリクサー

 襲撃されて負った怪我をハイパーエリクサーで回復させるというアイディアを思いついた俺は、自分で身体が動かせないのでトーマスに頼んで飲ませてもらった。しかし、期待していた程の効能は無かった。


「元気になったのは実感できるんだけど、怪我の治りにはすぐに効かないみたいだ」


「そうなんだ・・・・・ あれだけ手ひどくやられていたからな」


 トーマスによれば、担ぎ込まれた俺はかなりひどい状態だったらしい。医者が難しいというくらいなのだから、ハイパーエリクサーでも限界があるよと言われた。まぁゲームのような、瞬時に回復という訳にはいかないようである。


「効かないというなら、仕方がないよな。静養しないと」


「ああ」


 たとえエレノ世界というファンタジー世界であっても、即効薬とかいう代物はなかったようだ。このような部分、リアルエレノは現実世界としっかりシンクロしている。こんな所まで微細に設定しなくとも、とは思うのだが、そういうものなのだから仕方がない。俺とトーマスが話していると、部屋に人が入ってきた。


「おカシラ! よくご無事で・・・・・」


「おお、グレックナーか!」


 その声からグレックナーだというのが分かった。誰かを伴って来たようだ。


「アルフォード殿! 意識が回復したのですな」


 聞き覚えのある声と共に視界へ飛び込んできたのは、なんとアウザール伯だった。ノルト=クラウディス公爵領のクラウディス地方。そのうちの山岳地帯トス・クラウディスの執権であるアウザール伯がどうしてここにいるのか。いや、なんでグレックナーと一緒なんだ? いきなりのアウザール伯の登場で、俺の頭が混乱する。


「この度は、お嬢様をお救い頂いた事、感謝のしようもございません」


「な、何を・・・・・」


「身を挺してお守り頂きました事、臣下としてお礼を申し上げる次第」


 アウザール伯が平身低頭で言ってくるので、俺の方が困ってしまう。


「閣下。私だけではなくノルト=クラウディス家の衛士達や『常在戦場』の隊士達が共に戦ってくれたからこそ。私一人が為した訳ではございません」


 俺はアウザール伯そう言うと、俺と一緒に戦っていた、衛士達や隊士達の安否について訊ねた。目が覚めてからずっと気になっていた事だったのだが、次から次へと起こる変化の中で、それを聞くどころの話じゃなかったのである。皆の安否について、グレックナーが教えてくれた。


「皆怪我はしていますが、死者は出ておりません」


「現在、公爵邸において治療中です」


 グレックナーの説明をアウザール伯が補う。俺と共に戦ったノルト=クラウディス公爵家の衛士や『常在戦場』の隊士達は、公爵邸へ収容され手当てを受けたとの事である。このうち重傷者は衛士六人、隊士十一人。現場で一緒に戦った二十一人中、十七人が重傷を負った事になる。現場で戦っていた俺が言うのも何だが、かなり厳しい戦いだったようだ。


 結局、無傷だったのはクリス達の護衛の為離脱した四人だけ。グレックナーが現場に到着した際、辛うじて立っていたのが『常在戦場』の第五警護隊副隊長のミノサル・パーラメントら四人だけだったという有様で、グレックナーら『常在戦場』の隊士らが来るのが、一歩遅れていたならば間違いなく全滅していただろう。


 一方、公爵邸へ駆け込んだクリスや衛士から事情を聞いて駆けつけたノルト=クラウディス公爵家側の騎士団も到着し、俺達を襲撃してきた者達も一網打尽にされたとの事である。その数三十六名。こちらの方もかなりの重傷者を出していたらしい。現場は襲われた者と襲った者の両者が倒れており、壮絶な状態だったとグレックナーが話した。


「ポールと話し合って、おカシラもウチの隊士も襲撃した連中も一度公爵邸へ運ぶことになったんです」


「ダグラスが、アルフォード殿を抱きかかえて、馬車に運び入れました」


「そうだったのか・・・・・」


 襲撃現場で倒れている俺を見つけたグレックナーが、馬車まで運んでくれたらしい。アウザール伯によると、その時の俺は虫の息。グレックナーが血相を変えて馬車へ運び込んだのだという。今は俺の意識が回復しているので安心できるが、あの時の状態を見た時、これは難しいと思ったとアウザール伯が正直に話してくれた。


「打撃痕が多くあったから、相当打ち込まれていると思ったのです」


「オリハルコンの鎧は強くとも、生身の身体はそうはいかないからな」


 身体に鈍痛が走っているのは、それだからだったのだな。相手の斬り込み自体は鎧で防ぐことは出来ても、その打撃や衝撃までは防ぎきれなかったという事なのだろう。ただ、俺の身体から鎧を脱がせると、隙間などに刀傷や刺傷等の創傷が何箇所があり、これだけを見ても無理だと思ったとアウザール伯が言うので、よほどの重傷だったのだろう。


 かくして俺を含めた負傷者全員は、ノルト=クラウディス公爵邸へ運び込まれ治療を受けた。ただ襲撃者も連れてきたというのだから、合わせれば六十人近い人員が運び込まれた事になる。ノルト=クラウディス公爵邸は、王都の貴族邸でも一、二を争う規模の邸宅。六十人近くの人員を収容するのは容易だったのだろう。しかし犯人達まで屋敷にいるのか。


「現在、こちら側で尋問を行っております」


 アウザール伯がそう言った。俺達を襲撃した犯人達を尋問しているのはノルト騎士団とクラウディス騎士団の者で、それを王都にいる衛士達が補佐しているのだという。ノルト=クラウディス公爵領から来たという騎士団が尋問をしているのか。だったら土地勘や王都界隈の事情に明るくないな。それを王都の衛士達がフォローしているのだろう。


「ところでアウザール伯がどうして王都へ・・・・・ しかもグレックナーと一緒に・・・・・」


 本当は犯人達の動機や氏素性について聞きたかったのだが、教えてもらえそうにない雰囲気だったので、別の疑問について聞いてみた。するとアウザール伯は、俺を見て「ああっ」といった表情をした。なるほどと思ったようである。


「あの時は、剣を言付けして済まなかったな」


 お、思い出した! アビルダ村で『玉鋼たまはがね』を引き取った帰り、アウザール伯からグレックナーに渡してくれと剣を託されたな。『ポールの剣』だったか。あの剣のお陰で、無効にされてしまった決闘の判定がひっくり返ったのだ。アウザール伯とグレックナーの繋がりを思い出したので、二人が一緒にやってきたのは納得できた。


「警備の為にノルト騎士団とクラウディス騎士団を連れてきたんだ。そのままじゃ喧嘩をするからな」


 それで王都にいるのか。そういえば『御苑の集い』を警備する為、二つの騎士団からメンバーを選抜して上京させるとかなんとかと、ベスパータルト子爵が話していたな。その責任者としてアウザール伯がやってきたという訳だ。


「選抜した騎士達を引き連れて来られたのですね」


「いや、それが全員来ることになったのだ」


「えっ!」


 トーマスが驚きの声を上げている。トーマス、お前も知らなかったのか。アウザール伯の話によれば、最初選抜された者だけが王都に来る予定だったのだが、その選抜を巡ってクラウディス騎士団のスフォード子爵と、ノルト騎士団のディグレ男爵とが対立。挙げ句の果てに、どちらが選抜隊を率いるかで揉めたというのである。


 何処にでもある内輪のいがみ合い。これを見たノルト=クラウディス公の嫡嗣で公爵領の領主代行であるディヴィット閣下が仲裁に乗り出し、ノルト騎士団とクラウディス騎士団の全員の派遣を決め、アウザール伯に両騎士団を任せたとの事。流石はディヴィット閣下、果断な対応を取ったな。宰相閣下にとっては、頼もしい後継者だろう。


「おそらくディヴィット閣下は、王都の不穏な情勢を憂慮され、騎士団全員を派遣なされたのでしょう。結果として、閣下の悪い予感が当たったが・・・・・」


 ディヴィット閣下から両騎士団を任されたアウザール伯は、自身の見解を示した。おそらくそれは間違いではない。表向きの理由は両騎士団の仲裁だが、実際のところは、それを名分にしたのだろう。そもそも騎士団の派遣自体『御苑の集い』を名分にしたものなので、本来なら帰り支度をしなければいけない筈だが、そんな気配は欠片もなさそうだ。


 つまり主目的は王都駐留。相次ぐ暴動や不穏な動向、貴族会議を巡る情勢を踏まえて、公爵領の戦力を事実上動かしたのである。公爵閣下か、ディヴィット閣下か、アルフォンス卿か。公爵家の中で誰が決断したのかは分からないが、今回起こった俺達への襲撃事件は、その判断が正しかった事を証明する形となった。グレックナーが俺に話しかけてくる。


「ムファスタ支部の全戦力をレジドルナに差し向ける事になりました」


「ムファスタ支部をか!」


 グレックナーからのいきなりの報告にどう反応して良いのか分からない。ただ俺達を襲ったのが、レジドルナ、おそらくはレジドルナの冒険者ギルドの連中なのは間違いないだろう。近々、王都からも警備団を派遣すると言うので、宰相閣下や近衛騎士団の了解があるのかと質すと、グレックナーは首を横に振った。


「いえ。我が団の独断です」


 え、独断かよ。いくらなんでも罪に問われかねんだろ。大体、宰相閣下に仕えているアウザール伯の前で堂々と言うか、それを。グレックナーによると襲撃犯はレジドルナの冒険者ギルドの登録者と王都で雇われたゴロツキで構成され、冒険者ギルドの登録者ナシデルが主体になったものだと話した。ただ、動機や目的は未だ分からずと。


 それについてアウザール伯は現在聴取中の為、たとえ親友に聞かれようとも、その内容については教えられないと事情を話してくれた。その点は、至極当然。常識的な話だ。ただ犯人はもう割れており、身柄も確保されているので、レジドルナの冒険者ギルドにその責を問うても全く問題はないという理屈は飛躍しているようにも思う。


「おカシラが襲われたのに、黙って見過ごすことなんて出来ません」


 グレックナーが地を這うような低い声でそう言った。

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