466 帰ってくる者達

 新学期になって一番変わったのは朝の鍛錬。リシャールとカシーラ、セバスティアンの三人が俺の鍛錬に合わせてロタスティにやってきたので、いつしかリサと五人で朝食を食べるようになった。そして食べ終わって歓談した後、皆で準備運動をしてから立木打ちに入る。皆が一心不乱に打ち込むので、鍛錬場には朝っぱらから奇声が響き渡る。


 リシャール達三人の上達は目をみはるものがあり、特に若旦那ファーナスの息子リシャールは、リサを追い抜かんという程の実力を付けていたのである。ところが先日、そのファーナスから連絡があった際にそのことを伝えた際、ファーナスの方ときたらピンと来ないような反応だった。


 曰く、それがどれほどのものかがよく分からないと、魔装具越しに苦笑いしていたのである。よくよく考えたらそうなのかもしれない。子供がクラブ活動でこれ程の実力があるとか、ピアノでこれだけの才能があると言われたって、ピンと来ないよな。ただ、次男が褒められた点については嬉しそうだったので、若旦那ファーナスも一人の親なのだろう。


 俺はリサと話をする為に少し早く鍛錬を切り上げた。昨日の鍛錬の際、小麦融資に入れ込んでいた、アンドリュース侯爵一門の青年貴族四人の面倒を見てくれないかという、侯爵の願いをリサに伝えたのである。その返事を聞く為に鍛錬を切り上げたのだが、答えは言うまでもなく「了」だった。決め手はディール子爵夫人シモーネからの紹介という点。


 ディール子爵夫人から私の話を聞いて依頼を受けているのに、断ることなんてできないでしょ、というのがリサの言い分だった。なるほど、クライアントへの義理は欠かないということだな。俺はリサの言葉をそう解釈したのである。これでアンドリュース侯からの依頼はクリアできたな、と胸を撫で下ろしていると、リサが意外な事を言い出した。


「お父さんが上京してくるわ」


「えっ!」


 突然言われたので、いつ分かったんだ? とまでは聞けなかった。リサが話を続ける。


「アルフォンス卿の記者会見の話を書いて送ったの」


「いつ送ったんだ?」


「平日初日よ」


 リサも記者会見に立ち会っていたのか! そう聞くと笑って頷くリサ。だったら、俺にも教えろよ。昨日も朝と夕方に顔を合わせているじゃないか。俺はこの邪悪な姉に向かって、内心悪態をついた。そんな俺の感情が顔に出たのだろうか? 流石のリサもこれはマズイと思ったようで、様々な事情について話を始めた。


「『金融ギルド』からの話を詳しく知らなかったのよ。だから話せなかったの」


 曰く、宰相府の会見にはアルフォンス卿へのアドバイスを行いながら、自らも立ち会っていたのでよく分かっていたが、『金融ギルド』の方はイマイチ把握できていなかったという。これはシアーズを筆頭とする『金融ギルド』側が「緊急特別融資」の情報を知られないようにする為、箝口令を敷いて徹底的に漏洩を防いでいた為である。

 

「昨日の各誌でようやく全てが分かったのよね」


 『金融ギルド』の情報に関しては、特に『無限トランク』の号外が一番詳しかったと、リサが激賞した。全ての情報が出揃ったので、俺にも話すことができたのだと言う。だから俺は、リサの言葉をそのまま鵜呑みにすることにした。リサの言葉を信じてそうしたのではなく、どうして会見の模様を伝える封書でザルツが上京してくるのかを知りたかったからだ。


「お父さんに言われてたの。「小麦特別融資支援」が決まったら伝えろって」


「ザルツは、そのタイミングで王都に来ると言ってたのか?」


「そうよ。知らせを受けたら上京するからと言って帰ったの」


 そうだったのか・・・・・ 初めから手筈が決まっていたことを知って、改めて驚いた。ザルツは宰相府の動向を見て動くことを前提とした上で帰郷していたのだ。その傍ら、王都での事前準備をロバートと二番番頭のナスラに行わせ、モンセルでリサの知らせを待ちつつ、次に向けて備えていたということになる。


「だったら、来るのが楽しみだな」


「ええ」


 全くソツがない男だな。この世界の父親である、ザルツの能力の高さを改めて実感しながらリサに話した。事前に予測しながら放置するなんて、そうそう出来るものじゃない。商売屋の当主だからだろうが、従業員しかやったことがない俺とは雲泥の差だ。リシャールら商人子弟三人組やミカエルが鍛錬を切り上げたので、俺はリサと別れて浴場に向かった。


 ――アーサーが学園に帰ってきた。王都にあるボルトン伯爵邸で行われていた「ドーベルウィン伯を支える集い」が無事終了したようである。ようやく帰ってきたよというアーサーと、一週間ぶりの昼食を摂った。アーサーはいつものように厚切りのステーキ、俺の方はジャンバラヤ。アーサーはやっぱり高いなぁ、と言いながらモグモグ食べる。


「本当に大変だったよ。まさか屋敷でパーティーをやるなんて思ってもみなかったからな」


 慣れぬパーティー準備に右往左往で大変だったらしい。陪臣であるノッテノキア領主のシャルマン男爵、農業代官ルナールド男爵、鉱山代官キコイン男爵をはじめ、執事長のナゲシタートや勘定方のケンプまでを王都に呼び、文字通りボルトン家総出で準備を行ったというのだから、アーサーがやっと終わった、と言うのはもっともな話だ。


 その「ドーベルウィン伯を支える集い」だが、アーサーの話によると一昨日開かれたとの事。三つの近衛騎士団の団長をはじめ、スピアリット子爵や中間派貴族の多くが参加。中間派の直臣家の七割が参加したというのだから、盛況だったのは間違いない。また宰相補佐官のアルフォンス卿や内大臣トーレンス侯の嫡嗣エルンストも顔を出したという。


「大盛況だったんだな」


「ああ。ウェストウィック公までお越しになっていたからな」


「本当か!」


 これには驚いた。まさか王妃家であるウェストウィック公が「ドーベルウィン伯を支える集い」に出席するとは思いもしなかったからである。というのもドーベルウィン伯は軍監として、内廷の影響力が強い第一近衛騎士団を『紫宸ししん警衛団」として切り離し、他の近衛騎士団を自らが治める統帥府の元に移した張本人なのだから。


 これによって内廷費の中に入っていた、近衛騎士団の歳費の過半は統帥府に入り、内廷の予算は大きく減った。それを取り仕切っているのが内廷掛のバッテラーニ子爵で、そのバッテラーニ子爵は国王派第一派閥のウェストウィック派に所属している。だからドーベルウィン伯に対して、その領袖であるウェストウィック公が何も思わぬ筈がない。


「「昨今揺らぎのある王国の秩序、ひとえに軍監殿の双肩にかかっておる」とおっしゃっておられた」


 ウェストウィック公はこのような時局だからこそ、軍監の重きを成すドーベルウィン伯を支えようではありませんかと呼びかけ、出席者からは万雷の拍手が上がったということである。どのような意図があったのかは不明だが、嫡嗣モーリスの所業についてアンドリュース侯爵家へ出向いて謝罪を行ったりしているのを見ると、息子とは違うようだ。


 そのモーリスについて、パーティーに親と同伴していなかったかと聞いてみた。するとアーサーは「来る訳ないじゃないか」と一笑に付した。いや、俺はモーリスが学園に来ていないから、集いに出席したのかと思っただけなのだが、やはり顔を出していなかったのか。アーサーはやれやれといった感じで話してくる。


「なんとか無事に終わって肩の荷が下りたよ」


 昨日は家臣達と一緒になって片付けたという、全く貴族らしくない話をアーサーが言う。ただ、伯爵家の会計がようやくプラスに転じたのに、思わぬ出費だと嘆いていたのには心底同情してしまった。ボルトン伯はそういったものに、全く頓着していないような感じだもんなぁ。見ていてそれが分かるし。


「やっぱり学園が一番だよ」


 厚切りのステーキを全て平らげたアーサーは学園の方がいいぞ、と俺に言ってきた。それは俺も同感だ。だって学食はウマいし、風呂は使いたい放題。今は使ってないが、ピアノも弾きたい放題だからな。おまけに授業も寝ていたらいいだけで試験もないし。平穏無事に過ごせたらいいなと話すアーサー。俺はそれに同意しながら、一緒にロタスティを出た。


 アーサーが帰ってきた一方、学園を休む者もいる。ディールがそうだ。来週アウストラリス公爵邸で開かれる、派閥パーティーへの出席準備の為、屋敷に帰るのだという。本来ならばディールが出るパーティーではないらしいのだが、クラートが当主の代理として出席する事になったので、その婚約予定者として同伴する事になってしまったらしい。


「同伴じゃなくて、随伴みたいなものだけどな」


 自嘲気味に話すディール。主役はクラート、脇役が俺だと言いたいのだろう。ただディールは家の采配権を受領した次兄ジャマールの後見人になるよう、アンドリュース候にお願いをして了解を得るという貢献をしている。いわばディール家とアンドリュース侯を繋いだ張本人な訳で、決して脇役だと卑下するような事はない。


「そう言って貰えるとありがたいよ」


 ディールは笑った。ディールは本来ならば子爵家の三男。派閥パーティーなどに縁がない筈だったのに、ひょんな事から出席することになってしまい、少しナーバスになっているのかもしれない。しかしそれはディールの次兄ジャマールも、子爵家の一人娘であるクラートも同じこと。二人共、本来ならばディールと同じく派閥パーティーとは無縁の存在。


 ところがディールと同様に、ひょんな事から出席しなければならない立場になってしまった。置かれた状況に変わりはないのである。それをディールには言わず、代わりにクラートがお前を頼りにしてるんだからと話すと、俺が言わんとする意味に気付いたのか「その期待に応えるよ」と手を振りながら、クラートのいるクラスの方へと歩いていった。

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