448 紫宸(ししん)警衛団

 トラニアス祭以降、魔装具が鳴ることが増えた。連絡してくるのはグレックナーやディーキンら『常在戦場』の面々とジェドラ商会のウィルゴットや若旦那ファーナス。魔装具自体月額維持費が高額なので、持っている人間が殆どいない。だからかけてくる人間は決まっている筈なのだが、ドーベルウィン伯からいきなりかかってきたのには驚いた。


 軍監となったドーベルウィン伯が魔装具を近衛騎士団に装備をした話は、グレックナーから聞いていた。『常在戦場』の魔装具を使った連絡網を見て、これは近衛騎士団には必要だと、軍監に就任してまず行ったのが魔装具の導入だったそうだ。ドーベルウィン伯はその魔装具を使って、俺に直接連絡を取ってきたのである。


 聞けば軍監就任に伴って、学園指南を退任する事になったとのこと。軍監となったのだから当たり前といえば当たり前なのだが、退任するということで、改めて学園へ退任の挨拶にやってくるという。以前から律儀な人物だと思っていたが、ここまでだとは思わなかった。ついては挨拶の際、俺にも同席して欲しいと要望を受けた。


 一瞬、場違いではないかと思ったのだが、伯爵相手に俺が断ることができる筈もない。ということで、ドーベルウィン伯の要望を受ける以外の選択がなく、「分かりました」という返事をするしかなかった。こうして貴賓室で設けられた、ドーベルウィン伯の学園指南退任挨拶の席に、何故か俺も立ち会うことになってしまったのである。


 退任挨拶の席とはいっても、出席者はドーベルウィン伯を合わせて四人。学園長代行のボルトン伯、学園指南で王室の剣術師範でもある剣聖スピアリット子爵。そしてどういう訳か俺。カテリーナの出発に際しては や事務局処長のラジェスタら学園幹部を初め、多数の教官らが立ち会っていたので拍子抜けしてしまった。


 しかしそこは貴族。儀式化する事に長けている彼らは、このような少人数であろうとも、しっかりと式を行っていく。先ずは学園の代表者であるボルトン伯がドーベルウィン伯の退任事由について話し、次いでドーベルウィン伯がボルトン伯に一礼した後に退任の挨拶を行い、最後にスピアリット子爵が送辞を述べる。


 全く信じがたいことだが、僅か四人しかいないにも関わらず、厳かな儀式がしっかりと執り行われた。この辺り流石貴族だと思わずにはいられない。かくてドーベルウィン伯の学園指南退任の挨拶は無事終了したのだが、その後に出た話題がトラニアス祭の暴動の一件だったので、やっぱり本題はこちらの方だったのかと納得した。


「『常在戦場』からの移籍者のお陰で、弾力的な運用が出来た。あの時、アルフォード殿が決断していなかったら、どうなっていたか分からぬ」


「いえいえ。閣下のお力になれたのは光栄にございます」


 ドーベルウィン伯から言われて、思わず頭を下げた。スピアリット子爵邸で行われた軍監就任祝いの際、ドーベルウィン伯から『常在戦場』からの即戦力を所望された。戸惑うグレックナーら『常在戦場』の幹部らを説得して、急ぎ志願者五十人を選抜。話があった三日後には近衛騎士団に配属された。その隊士らが役に立ったというのである。


「百四十名と二百名では圧力が違う。もっとも『常在戦場』の七百、八百とは次元が異なるが」


 自嘲気味に話すドーベルウィン伯。だが、全体の指揮を執ったのがドーベルウィン伯であり、その直隷部隊として二百の近衛騎士団が機能していたのは揺るぎのない事実。その采配と千名以上の戦力で暴動を一瞬でパージ出来た事は非常に大きい。ボルトン伯が「大事おおごとにならぬよう、抑えたのは幸い」と話したが、まさにそうだ。


「『常在戦場』がアルフォード殿の通報で動いたという話を聞いたが、これはまことか?」


 スピアリット子爵から聞かれたので、俺はビックリした。もしかして俺が一報だったのか! 確かに暴動が起こった瞬間に立ち会ったのは事実だが、まさか俺が一報だったとは。ドーベルウィン伯によれば、グレックナーの話を聞いて暴動を迅速に沈静化させることができたのは、初動が早かったからだと強く感じたという。


 そのグレックナーが俺からの連絡が早かったから動けたと話していたそうで、そんなに早く連絡する事ができたのはどうしてなのかを知りたかったというのである。俺は事実をありのままに話した。リディアと一緒にトラニアス祭を見物していたら、神輿を担いでいた男達がいきなり「小麦! 小麦!」と叫びだし、暴れ始めたことを。


「ガーベル卿の娘御と・・・・・」


 スピアリット子爵が意味ありげに呟く。そのあとアルフォード殿はモテますな、などと話したものだから、部屋の中で笑いが起こってしまった。『学園舞踊会』の時には、リッチェル子爵夫人と別の女子生徒の二人に囲まれていたなどと言い出す始末で、それを聞いたボルトン伯が笑っている。


「我が息子にも分けてもらいたいぐらいだ」


「全くですな」


 ボルトン伯の言葉に、ドーベルウィン伯までが追従した。君達はそんな話をする為に貴賓室に俺を呼んだというのか。スピアリット子爵が、ドーベルウィン伯に聞いた。


「しかし、ガーベル卿の子息をウィリアム殿下の元に派した件。どうだったのだ?」


「何も言われてはおらぬ。今、それどころの話ではないのでな」


「それどころの話? 何かあったのか?」


「ああ、少しあった」


 思わせぶりなドーベルウィン伯の言葉に、スピアリット子爵がせっつく。するとドーベルウィン伯が近衛騎士団内で、今起こっている事について話し始めた。伯爵曰く、トラニアス祭の暴動の際、軍監ドーベルウィンが発した動員指令を第一近衛騎士団が無視したというのである。


「なんだと! ベルストーナめ!」


 スピアリット子爵が吠えた。おそらくはベルストーナという人物が第一近衛騎士団長なのだろう。


「しかしベルストーナ子爵ともあろう者が、非常時に公然と命令無視をするとは・・・・・」


 あまりの話にボルトン伯も呆気に取られている。どうやらボルトン伯もベルストーナ子爵という人物を知っているようだ。


「おいドレッド! まさか指を加えて、それを見ているだけではあるまいな」


 剣聖閣下が捲し立てた。スピアリット子爵からしてみれば、ドーベルウィン伯がようやく軍監に就いたのに、いきなり仕掛けられたという感覚なのだろう。


「まさか」


「にしては落ち着いているではないか!」


 仏頂面で否定するドーベルウィン伯に剣聖閣下はなおも食らいつく。話によると第一近衛騎士団長のベルストーナ子爵は、命令無視をした理由について「内廷警備の任を優先する為、止むなく行ったと釈明したらしい。が、身辺警護の為に宮廷騎士も配されているに、そんなものを額面通りに取る者なぞ誰もいないのは当然の話。


「そのような弁疏べんそをぬけぬけと言いよって!」


 スピアリット子爵の怒りは、詭弁を弄する第一近衛騎士団長ベルストーナ子爵に向かう。ボルトン伯も「その話は無理筋である」と、ベルストーナ子爵の事を突き放すように言った。要はベルストーナ子爵の言い分は、言い訳にすらならないということ。軍監ドーベルウィン伯は、親友でもあるスピアリット子爵に言った。


「ベルストーナは俺の後に第一近衛騎士団長になった。いわば元部下。今の状況、軍監はその元部下一人指図出来ぬと笑われるに決まっておる」


 なるほど。ドーベルウィン伯からしてみれば、ベルストーナ子爵は元部下。その元部下が自分の指示に従わぬような有様の中、自分が怒れば嘲りを受けるのみ。だから平常心で応対しようとしているのか。いくら地位を得たとしても、それだけでは事が動かぬというのだから大変である。しかしスピアリット子爵は、その返答に飽き足らないらしい。


「だから言っているではないか。このまま黙っているのかと」


「もちろん建議した」


「建議?」


 先日、国王フリッツ三世の御前で行われた会議の席で、ドーベルウィン伯は一つの建議を行った。係る事態に備え、第一近衛騎士団を内廷警備に専念できるよう、近衛騎士団から分離して新たな組織とする案をである。これを聞いた宰相ノルト=クラウディス公、内大臣トーレンス侯は挙って賛成を表明。国王からの裁可を得たそうだ。


「近々、第一近衛騎士団は『紫宸ししん警衛団』となる」


「なんと!」


 これにはスピアリット子爵だけではなく、ボルトン伯も驚いている。流石のボルトン伯もいつものボケ芸を押し通すことができなかったのか。紫宸とは何の意味か分からなかったので聞いてみたら、内廷の別称だとのこと。要は内廷警備だけでもしておれということか。


「『紫宸警衛団』は内廷に属し、近衛騎士団は統帥府に属する事も決まった」


「では・・・・・ バッテラーニの・・・・・」


「影響下にはない」


「そうか!」


 スピアリット子爵はドーベルウィン伯の返答に、満足気な表情を浮かべた。実質的に近衛騎士団の財布を握っていた、内廷掛のバッテラーニ子爵の束縛から、近衛騎士団が解放される事を意味していたからである。同時にバッテラーニ子爵は半ば自由に弄ることが出来た近衛騎士団の予算も、その過半が失われてしまったという訳だ。


「これで内廷も大人しくなるであろうな」


「それは間違いないものと思います」


 ボルトン伯の言葉をスピアリット子爵は肯定した。今後バッテラーニ子爵が采配できるカネは『紫宸警衛団』に配分されるカネのみ。近衛騎士団が内廷から離れて統帥府に属した以上、そのカネは統帥府に回るのだから、もう内廷にそのカネは回ってこない。これはバッテラーニ子爵にとっては手痛い筈である。


 何故なら表現は悪いが、今までやっていた予算の流用。すなわち工作費の捻出が難しくなる事を意味しているからである。ドーベルウィン伯がやった近衛騎士団の内廷分離は、内廷の工作資金そのものを奪ったのだ。これで長年に亘って行われてきた工作活動、正嫡殿下の立太子運動に大きな支障が出るのは間違いがないだろう。

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