第三十三章 春休み

427 破棄の後始末

(何だったんだ、これは・・・・・)


 断罪イベントの思わぬ結末に、俺は茫然とした。こんな終わり方ってあるのかよ。断罪イベントは確か起こった。起こったには起こったが、その後が違う。断罪されたカテリーナが一方的にやられたのではなく、レティやクリスは言うに及ばず、正嫡殿下に加え、カインやフリックといったゲームで名のあるキャラクターが総出で助太刀したのだ。


 そして何故か、婚約破棄を宣言したモーリスの方が逆に断罪されるに至ったのである。そこに至る追及をしたのがヒロインであるレティと悪役令嬢クリスのタッグであり、その追及にお墨付きを与えたのがモーリスのポジションにいるはずの正嫡殿下であるという、この状況がまず飲み込めない。


 第一、時代劇よろしくモーリスを指弾しながら登場して、「紅炎こうえんクリス!」「電閃でんせんレティ」、「そして正嫡殿下、アルフレッドだ!」みたいな名乗りが如く行う、乙女ゲームと時代劇の結合なんて誰が思い浮かべるというのか。この事態に一人混乱している中、俺の左腕にずっと身体を預けていたアイリが離れた。


「ねぇ、グレン。向こうに行きましょう!」


 俺はアイリに引っ張られるまま、休憩スペースに移動して、二人で椅子に座った。会場の方はといえば、先程まで騒動があったのが嘘であるかのように、元の雰囲気に戻っている。何か狐につままれたような気分だ。アイリは「凄かったね」と言いつつ、給仕に紅茶を頼んでくれたので、それを飲みながら心を落ち着かせる。


「これからどうなるんだろうか?」


「私には分からないわ・・・・・」


 間を繋ぐ為に言ったことにアイリが答えてくれた。そうだよな。俺の側から片時も離れなかったアイリに、この先の事なんか分かる訳がない。明日の朝アイリが実家に発つというので、見送る約束をするなどといった他愛もない話を座りながらしている中、『学園親睦会』はいつの間にか終わってしまっていた。


 ――翌朝。馬車溜まりには郷里に帰る生徒の馬車でごった返していた。全寮制のサルンアフィア学園では、休みに突入すると即座に実家へと向かう生徒が多い。ただいつもの休みと違うのは、昨日が学年度最後のイベント『学園親睦会』だったので、最終日当日に帰る者が殆どいなかったという部分。だから馬車溜まりが混雑しているのだ。


「グレン。行くわね」


「ああ。次は新学期にな」


 ええ、とニッコリ笑うアイリを載せた馬車は走り始めた。窓越しに手を振るアイリに、手を振り返す。次にアイリと会うのは約一ヶ月先の話。暫く会えなくなるのは寂しいが、休み中はサッサと故郷に帰るという、この世界の設定なのだから仕方がない。アイリが今回は休みが終わる前に戻ってくると言っていたので、それを楽しみに待つことにしよう。


「グレン、グレン。こっちだ」


 アイリを見送った俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこにはトーマスがいた。どうしたのかと思って尋ねると、クリスが俺を呼んでいるという。昨日の件かと俺が聞くと、そうだと頷いた。トーマスの案内で歩いていくと、貴賓室の方に向かっている。どうやらクリスは、俺に改まって話をすることがありそうだ。


「トーマス。えらく改まったセッティングだな」


「あっ、ああ」


 トーマスの返事がどこかぎこちない。どうしたのだろうと思ったが、トーマスが話さない以上、聞きようがない。というのも、トーマスが言いたがらないということは、クリスの命に背くことになる話しかないからだ。そういう事情であれば、トーマスが話さないのは確実なので、実際に貴賓室の中に入って確認する以外に方法はなかった。


 貴賓室の中へ俺を案内したトーマスは「お連れしました」と言いながら、本室のドアを開ける。それ自体はいつもの事なのだが、問題は中で待っていた人物がクリスだけではなかったこと。レティはまぁいい。だが、昨日モーリスから離婚破棄を言い渡されたカテリーナに、正嫡殿下までおられるとは一体どういう事なのだ!


 俺は状況が全く飲み込めない中、トーマスから下座に案内された。上座には正嫡殿下アルフレッド、殿下の右側にカテリーナ、左側にはクリス、続いてレティが座り、殿下の後ろには正嫡従者フリックとエディス、カテリーナの後ろにはカテリーナの男女二人の従者、そしてクリスの後ろにはトーマスとシャロンが、それぞれ控えている。


 本室に集まったのは俺を合わせて十一人。皆が神妙な顔をしている。これから一体どんな話が出てくるというのか? 今の俺には全く想像ができない。全員が着座したのを見計らった殿下が、上座より俺に向かって言葉を発した。


「アルフォードよ。ここで話をするのも久々であるな。学年度は昨日で終わったが、新年度も引き続き交わりを続けようではないか」


「殿下直々にお声がけ頂き有り難き事に存じまする」


 殿下の明後日に向かった言葉を受け、俺は一礼して答えた。本題に入る前に言葉があるのがエレノ貴族の習わしなのだから仕方がない。いきなり本題に入るエレノ商人とは対照的である。殿下は目を左右に配ると、改めて俺の方を見た。


「アルフォード。知っておろうが、昨日の『学園親睦会』における件の話で、お前に足を運んでもらった」


 やはりそうか。というか、その一択だよな。しかし、貴族でもない俺に何を頼むというのだろうか?


「今、ここにいるアンドリュース侯爵令嬢がサルジニア公国への留学する方向で調整しておる」


「り、留学でございますか・・・・・」


 え? そんな話があったか? 乙女ゲーム『エレノオーレ!』では断罪イベントで殿下から婚約破棄されたクリスは、宰相が失脚し、ノルト=クラウディス公爵家が没落した後に放校され北へと落ち延びる。すなわちサルジニア公国へ向かったと俺は勝手に解釈していたのだが、何か話が変わっていないか、これ。


「留学予定であったアマル=フラース伯爵の嫡嗣ビルケンドが、サルジニア公国への留学辞退の意志を固めておる。それを受けての話」


 どうやら留学予定者が辞退するので、その代わりにカテリーナが留学するという話のようだ。レティが言うには、一学年上のアマル=フラース伯爵嫡嗣ビルケンド閣下が今年の留学予定者だったのだが、体調が優れない為に本人が辞退を申し出ているのだという。今は実家と調整中で、当主アマル=フラース伯の承諾待ちであるとの事。


「本来留学は、王家高位家の二年次終了者が向かうもの。ですが急な辞退という話で、侯爵令嬢にお話が・・・・・」


 クリスが説明してくれた。なるほど。だから三年生のエルザ王女が留学していたのか。クリスの話を聞いて合点がいった。しかし疑問も残る。アマル=フラース伯爵家なんて、確か高位家の名簿にその名が無かったぞ!


「今の二年生は高位家出身の生徒がいないのよ」


 レティが補足してくれたので納得ができた。基本的に高位家の生徒が留学する事になっているのだが、高位家の子弟がいない学年ではそれに準じる家柄、つまりは伯爵家出身の生徒から選ばれる事になっているという。もちろん選考には家の序列と子弟の立場、嫡嗣か否か等も考慮されるのは言うまでもない話。


「現在、サルジニア公国へ留学なされておる姉上がお戻りになる。ノルデン、サルジニア両国の交流の為、毎年然るべき人物を留学者として送るのが学園の習わし。辞退者を出したからといって、空白とする訳にはいかぬ」


「そこで侯爵令嬢に、というお話に・・・・・」


 俺が聞くと殿下は頷いた。なるほど。確かにアンドリュース侯爵令嬢は高位家の出身で、留学する家柄としては十分である事は分かる。モーリスから婚約破棄を言い渡されてしまった事で、学園に居づらい状況であるのは事実。しかし、ちょっと待って欲しい。昨日の今日でこの話とは、段取りがあまりにも良すぎるのではないか? 


「思いがけない話じゃが、殿下から頂きしもの。これも天命であると思い、サルジニア公国へ参ろうと考えておる」


 カテリーナはサルジニア公国への留学の話を受ける意思を示した。話によると、カテリーナの母親もサルジニア公国へ留学したことがあるらしい。だから話を聞いた際には運命を感じたそうだ。色々聞くに、どうやら殿下がこの留学話を持ってきたようである。


「ですがアマル=フラース伯爵家からの話が届かなくては、留学の話を父上に申し上げる訳にはいきませぬ。故にそれまでは屋敷に帰ること、叶いますまい」


「アマル=フラース伯爵家からの返事はいつ頃になるのでしょうか?」


 そう問いかけると、カテリーナは首を傾げた。どうやら詳しい事情についてカテリーナは知らないようである。代わりに口を開いたのは、なんとレティだった。


「現在、アマル=フラース伯は領内に滞在されておられるとのこと。只今ビルケンド閣下が早馬を飛ばされております故、今暫くかかりますでしょう」


 レティによれば、アマル=フラース伯爵領はセシメル郊外にあるとの事。昨日、嫡嗣ビルケンドが早馬を出したとの事なので、往復でおよそ一週間見なければならないのを考慮に入れればアマル=フラース伯の返事が届くのは来週三日目か、四日目の話。カテリーナが父であるアンドリュース侯と直談判するのはそれより後となる。


「それでは一週間。この休みの学園で過ごさなければなりませぬな」


 事情を把握したカテリーナは、悠然と話した。その後には父親との協議も控えているであろうに、泰然自若としたものである。心配になった俺は、モーリスの事について聞いてみた。


「失礼ながら侯爵令嬢にお尋ねしますが、ウェストウィック公爵嫡嗣の件は如何に?」


「父上には昨日に早馬で知らせておりまする。今朝、父上よりの返事があり、直ぐに屋敷へ戻るようにとの仰せつかりを受け申した。ですが留学の話が決まらぬと話すことはなりませんから、屋敷に帰ることができるまで暫しお待ちくだされと、改めて送り申した」


 今回の事態については、既にカテリーナの父アンドリュース侯の知るところとなったようである。直ぐに戻れということは、今回の一件で立腹しているのは間違いない。親として怒るのは当然の話である。もし愛羅がカテリーナのような仕打ちを受けたとしたならば、俺は絶対に相手を許さないだろう。

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