383 ラトアンの暴動

 ラトアン広場に到着したドーベルウィン伯の指示を受け、三つの警備隊は一斉に四列横隊のフォーメーションを取った。そして三個警備隊はそれぞれ四列横隊の隊形で近接し、暴徒化した群衆を前に分厚い層を築いたのである。『オリハルコンの大盾』を持った隊士達が並んで作った人垣を前に、群衆達は行き先を阻まれた。


 『音量増幅ボリュームブースター』の補助を受けながら、馬上で次々と指示を出すドーベルウィン伯の声に、群衆達は萎縮し始めた。「前へ!」という号令一下、密集して整然と進んでくる警備団と近衛騎士団を前にして、群衆は一歩、また一歩と後退していく。


「ラトアン広場の三分の一近くのところまで押し込んだところで、中央大路の南からグレックナーがやってきたのだ」


「「四列縦隊!」の声を聞いて、すぐに四列縦隊の指示を出しましたよ」


 グレックナーは二番警備隊長のフォンデ・ルカナンスに四列縦隊を指示。直率している第三、第四の各警護隊にも四列縦隊を組ませた。これによってグレックナー隊は群衆の後背から進撃できる態勢となったのだが、ドーベルウィン伯はそうはしなかった。「左翼隊前進!」とフレミング隊のみに前進させ、他の隊には待機を指示したのである。


「閣下の指揮棒を見て「あっ、これは」と思ったのですよ」


 馬上から指揮棒で合図を出すドーベルウィン伯を見て、察したグレックナーは隊を東側に寄せて北上し、前進してくるフレミングの一番警備隊と合流。グレックナー率いる部隊は最左翼部隊となり、群衆をぐるりと半包囲したのである。そこでドーベルウィン伯が。『音量増幅ボリュームブースター』の補助を得て、群衆に呼びかけた。


「諸君らが自発的に解散するならば、近衛騎士団の名において、今日の君たちの罪は不問とする。このドレッド・アルカトーレ・ドーベルウィンが神に誓って約束しよう!」


 ドーベルウィン伯のこの言葉がラトアン広場に響き渡ると、それまで固まっていた群衆達がバラバラとなり、包囲されていない西側や南側の道へと散っていった。暴徒化した群衆はこうして消え、暴動は鎮圧されたのである。


「近衛騎士団も『常在戦場』も暴徒達にも民衆にも、怪我人はなかった。あれ程の規模にも関わらずにだ」


 ドーベルウィン伯はそう話した。確かに八百人から一千人の群衆と五百人近い部隊との激突。普通であれば怪我人続出。死者が出てもおかしくない状況。


「ひとえに閣下の指揮の賜物です」


「いや、そうではない」


 フレミングの言葉を伯爵はキッパリと否定した。


「これは日頃からの団員隊士の鍛錬と、『オリハルコンの大盾』の力によるものだ」


「閣下・・・・・」


「もし暴徒に対し、剣を用いて鎮圧に乗り出していたならば、こうはいかなかっただろう」


 ドーベルウィン伯の言われる通りだ。もしも剣を使った鎮圧を行っていたならば、ラトアン広場には確実に血の雨が降っていただろう。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では、王都で起こった暴動で多数の犠牲者を出た為、その責を問われて宰相閣下は失脚するという話だった。今回の件も一歩間違えれば、それをトレースする流れになったかもしれない。


「近衛騎士団も『常在戦場』も同じ『オリハルコンの大盾』を用い、集団盾術の鍛錬を行っていたからこそ、連携が取れたというもの」


「近衛騎士団からの指導を受け入れることができた事も要因ですな」


 第四近衛騎士団長のレアクレーナ卿の総括に、グレックナーがそう応じた。近衛騎士団と『常在戦場』の人的交流や戦術の共有化が、怪我人すら出さなかった大きな要因であろう。ドーベルウィン伯の「もしも王都警備隊ならば、こうはいかなかっただろう」という言葉が端的にそれを表している。ドーベルウィン伯は、そのまま話を続けた。


「一昨日、今回の事態をノルト=クラウディス公爵邸に赴き宰相閣下に、トーレンス侯爵邸に赴き内府閣下にそれぞれ報告申し上げた。その上で昨日、我が弟が宰相府で宰相閣下に、宮廷で内府閣下に報告を行った」


 トーベルウィン伯が宰相閣下と内府閣下、内大臣トーレンス侯への報告の流れを説明すると、スピアリット子爵が「で、どのように」と、相手側の反応について聞いた。するとドーベルウィン伯とレアクレーナ卿がお互い目でやり取りした後、レアクレーナ卿が話し始める。


「宰相閣下は「今回の働きに感謝する」と、内府閣下からは「よく円満に抑えてくれた」とのお言葉を賜りました」


 昨日報告に上がったレアクレーナ卿からの回答に、スピアリット子爵は不満そうな表情を浮かべた。


「それだけか?」


「は、はい」


「それだけでは意味がないではないか!」


 スピアリット子爵は机に拳を叩きつけた。


「アルフォード殿、ファリオ殿から聞いたぞ。君は以前から暴動を予見していたそうだな」


 スピアリット子爵が鋭い目つきで俺に問いかけてきた。ドーベルウィン伯とレアクレーナ卿が驚いている。そうか、ファリオさんから聞いたのか。


「それはどういう事なのか?」


「暴動対策の為に盾術を導入し、『オリハルコンの大盾』を用意していたのだよ、アルフォード殿は」


「なんと!!!!!」


 スピアリット子爵の説明にドーベルウィン伯が再び驚いた。スピアリット子爵は改めて俺に説明を求める。苛立つ子爵に俺は聞いた。


「いつ、お聞きに?」


「昨日だ。暴徒に盾術が有効だったようだとファリオ殿と話していたときにな」


 少し投げやりな感じで答えるスピアリット子爵。剣聖が苛立つ時にはこうなるのか。そんな無関係な事を思いながらも、情報の伝播経路については理解できた。ファリオさんと暴動の話をしていたら、たまたま聞いたということだな。だったら馬車に乗っていた時に聞いてくれれば良かったのに。スピアリット子爵と俺の間に、フレミングが割って入った。


「子爵閣下。おカシラは以前より暴動対策をお考えになっており、この『常在戦場』もその対策の一環。今に始まったことではございません」


「だから君たちは驚かないのだな」


 ドーベルウィン伯が俺と『常在戦場』の面々を見渡した。こんな場面で、乙女ゲーム『エレノオーレ!』の設定で暴動が起こることが決まってますんで、なんて説明を言えるわけがないよな。そこで俺の立場等々を考えて、受け入れやすい形の話をする選択を採ったのである。


「初夏の段階で小麦の大凶作が起こる予兆がありましたので、小麦が手に入れにくくなるものが続出するとの考えから」


「暴動が起こると予想したと」


 俺の話にドーベルウィン伯が合わせてきた。話としては通るはずである。現にそのような流れで暴動が起こったのだから、違和感はない筈だ。俺はドーベルウィン伯の言葉を受け、そこから話を展開する。


「まぁ、そのようなところです。実際にはあれこれ手を施したので、ここまで時間稼ぎができたというのが実情ではと」


「確かにそれは言えるな」


 スピアリット子爵は納得したようである。苛立ちが先程と比べ、少し収まったような感じがするからだが、このままでは中途半端。ここで確実に鎮めるため、更に話を押し込む。


「それに小麦不足が今より深刻になれば、今回の規模を上回る暴動が起こることは必定」


「おカシラ。長期的に見て上がり傾向なのですか?」


「この一ヶ月で小麦価は三倍となった。これに釣られて、他の食料品も上がり目。一時は値を下げたとしても、目線は上。この傾向は当面の間、続くだろう」


 グレックナーが聞いてきたので、小麦相場の上昇と暴動の確率がリンクしているかのような説明を行うことができた。ここにいる人々は皆、経済的な視点でモノを見るのが苦手であり、相場に絡めた話をされると沈黙するより他はない。ただ、ここにいる全員が理解してくれている事がある。再び暴動が起こるのは確実だという事。


「しかし宰相閣下や内府殿は今回の件を矮小化して見ているのではないか?」


 スピアリット子爵のいきなりの言葉に皆がギョッとした。


「規模の割には怪我人も出さなかった。近衛騎士団四十名で抑えることができた。群衆の力、恐るるに足りずと見ているのではないのか!」


 剣聖閣下の苛立ちは、俺が暴動の件を話していなかった事が原因ではなく、これだったのか。なまじ犠牲者が出なかった為、宰相閣下や内大臣が事態を軽視しているのではないか? という疑念がスピアリット子爵を苛立たせていたのだ。それなら分かるし、同意できる。スピアリット子爵の苛立ちは至極真っ当。


「しかし、マルティン。宰相閣下も内府閣下も事態については胸を撫で下ろしているぞ」


「剣先が逸れれば誰であろうと胸を撫で下ろすのは当然のこと。俺だってそうだ。だが、いくら初太刀を外そうとも、相手を倒さぬ限り二の太刀、三の太刀はやってくる。違うか?」


「・・・・・」


 剣を絡めた問いかけにドーベルウィン伯は沈黙してしまった。「近衛の黒騎士」と呼ばれた猛者も剣聖の喩えには抗することができなかった。商人剣術でも「一の太刀を疑わず」「二の太刀は負けと思え」と書かれているが、一撃必殺と次善の備えは矛盾するものではなく、並立するものだと思っている。二の太刀、三の太刀については、常に考えなくてはならない。


「今回は『常在戦場』の圧倒的な助成によって、大過なく収まった。そうだよな」


「全くその通り。異論はない」


「だが、次はそうは行かぬやもしれぬ。もっと多くの群衆相手に対峙ができるか?」


「普通に考えれば・・・・・ できぬな」


 ドーベルウィン伯はスピアリット子爵の指摘をあっさりと受け入れた。以前聞いたが、軍人というもの、おいそれと「できぬ」とは言えぬという。それを認めざる得ないぐらい、次は厳しいということ。確かに三者協議の影響で、近衛騎士団も『常在戦場』も多くの者が王都不在ではある。しかしそれを組み込んでも、暴動を抑え込むのが難しいというのか。


「要はだ、危機感が足りぬのだよ、危機感が」


 剣聖と呼ばれた漢は、己の拳を机に叩きつけた。場の空気はピンと張り詰めて硬直する。拳を握りしめたスピアリット子爵は、誰彼となく睨みつけていた。

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