第二十六章 ムファスタから
334 古都ムファスタ
リサはどういう訳か、昔っからこのホイスナーによく懐いていた。特にアルフォードに入ってからというもの、それは加速していたのだが、それはリサがホイスナーを慕っていたからだろう。この二人、何故かウマがあったので、ムファスタの話はリサが噛んでいたのである。ホイスナーと俺達三人はホテルにあるレストラン『ムートトリス』で会食した。
ホイスナーは明日発つというザルツに、ラスカルト王国との国境の街ピンパーネルに常駐している、アルフォード商会の手代スライとのやり取りを報告。どうやらディルスデニアとの取引はディルスデニア側にある国境の街 を拠点にしているようだが、ラスカルトとは、ノルデン側にあるピンパーネルが取引拠点のようである。
聞くとラスカルト王国も小麦が大豊作であるらしく、買取量を増やして欲しいと要望が来ているようだ。外交部のシェーレンター補佐官らノルデン王国の使節に関しても歓迎ムードであるとの事で、交渉が上手く行けばいいのにな、と思った。ただ、小麦の輸入を増やしてもムファスタの倉庫がいっぱいで、運び入れるところがないと嘆いていた。
それについては王都までの運搬を担当しているジェドラ商会や、明後日到着するドルナの商人ドラフィルと協議をして、トラニアスとレジドルナへの搬入量を増やして対処しようと、ホイスナーは考えているようだ。そんなホイスナーにリサは「週刊トラニアス」を見せ、協力を求めた。これを置く店を紹介してくれというのである。
いきなり言われて困惑するホイスナー。これを見てザルツも俺も笑ってしまった。何だか実の父娘のように見えたからだろう。お願いお願いと迫るリサに、分かった分かったと言いながら協力を約束するホイスナーを見れば、娘を持つ親から見れば自分達に重ねるに決まっている。二人は明日、ムファスタの街に繰り出して、各店々を回ることになった。
――ザルツはノルデン王国の使節シューレンター補佐官と共にムファスタを後にした。国境の街ピンパーネルでラスカルト王国側との協議に臨むためである。一方、リサはホイスナーと一緒にムファスタの街を回って、週刊トラニアスの営業をするようだ。ホイスナーも大変だろうが、昨日の会食ではリサの話に乗っていたので、納得しているのだろう。
リサの週刊トラニアスへの思い入れは相当なものだ。ムファスタまでの車上でも、俺とザルツに誌面を見せながら熱っぽく語っていたのだから。馬車で見せてもらった最新号では「許せない!『常在戦場』デマ記事に大反論!」との見出しが踊っていた。遂にメガネブタ、モデスト・コースライスの書いたデマ記事に対しての反撃が始まったのである。
記事では『常在戦場』事務長のシャルド・スロベニアルト、二番警備隊長のフォンデ・ルカナンス、五番警備隊長のヤローカ・マキャリングという三人の反論を展開していた。まずスロベニアルトが『常在戦場』の結成時からの経緯について説明し、メガネブタが意図的に時系列を捻じ曲げた意図は何かと問い正す。
続いてルカナンスがケルメス大聖堂で行われた、リッチェル子爵家の襲爵儀礼の顛末について語り、これをどうやれば悪意に満ちた内容に書き換えることができるのかと指弾。そして冒険者ギルド登録者出身のマキャリングが、解散から『常在戦場』への合流に至る流れを答えた上で、民衆を不安に陥れる理由を記者に聞いてみたいと結んだ。
週刊トラニアスに掲載された記事を読んだザルツは、詳しい経緯について俺とザルツに尋ねてきた。フンフンと冷静に聞いていたザルツだったが、「『常在戦場』は、アルフォード商会が王都を制覇する為に、次男グレンに作らせた秘密結社」というくだりで顔色を変えた。ザルツは息子を使って地下工作をした覚えはないと激怒したのである。
「リサよ。分かっているだろうな」
眼光鋭いザルツは、その目でリサを見た。たじろくリサ。いつも笑顔で怯むことはないリサも怯える事があるのかと感心する。ザルツはハンカチを取り出すと、声を一オクターブ落とした。
「キューっとするんだ」
そう言いながら、ザルツは手に持ったハンカチを両手で絞った。俺は直感した。ザルツはリサに絞め殺せと指示を出しているのだと。相手は言うまでもないだろう。デマ記事を書いたメガネブタに対してである。リサは笑みを浮かべて返事をした事は言うまでもない。この瞬間、メガネブタとの戦いは、アルフォード商会の戦いとなったのである。
リサがホイスナーと街に出ているので、俺の方は『常在戦場』ムファスタ支部代表となったロスナイ・ジワードと会うことにした。ジワードは『常在戦場』の初期メンバーの一人で、ムファスタの出身であることから『常在戦場』がムファスタの冒険者ギルドをギルドごと借り上げした際、駐在代表として、その窓口となった事が今の役となった始まり。
ジワードは自身のネットワークを使い独自に隊士を集めて一隊を形成する一方、ギルドごと借り上げていたムファスタの冒険者ギルドの登録者を束ね、やがて冒険者ギルドが『常在戦場』と合流するとそれを一つに合した。聞くとムファスタにいる『常在戦場』の隊士は現在、百名近くいるのだという。随分と膨らんだものである。
「しかしここで百人近くの隊士じゃ、手狭じゃないのか?」
「ええ・・・・・ まぁ・・・・・」
ジワードがお茶を濁した。俺達が話しているところは『常在戦場』のムファスタ駐在所。とはいっても、元はムファスタの冒険者ギルドの事務所なので狭い。しかしただ狭いだけではない。先程から応接室で話しているのだが、建物が日干し
「移る気はないのか?」
「いや、それは分かっているのですが・・・・・」
実は出発日前日、俺は『常在戦場』の屯所に立ち寄り、団長のグレックナーや事務総長のディーキンと会っていた。ムファスタに行くが何かないかと聞くと、ムファスタ支部の駐在所が手狭との理由から、隊士の増員ができないので何とかならないかという話が出たのである。今日はその話をするために、ジワードと会っているのだ。
「移転させてもらえないのですよ」
「どうして?」
「嫌がられまして・・・・・」
なるほど。冒険者ギルドと同じ扱いか。ジワードの言葉に俺は納得した。元々商人の地位が異様に低いエレノ世界。その商人界の中でも特に身分が低いのが冒険者ギルドだった。おそらく冒険者ギルドを糾合したことで、扱いが同じになってしまったのだろう。めぼしい物件があっても貸してくれない、又は周囲の反対で貸してもらえないという訳である。
「取り敢えず、支部の運用はできていますので」
俺にジワードは説明する。『常在戦場』ムファスタ駐在代表だったジワードは、一隊を設けたが事務所すら置けなかった。それがムファスタの冒険者ギルドを傘下に収め、ギルド事務所跡地を駐在所として使えただけでも大きな進歩だと言うのである。それ以前は飲み屋が拠点だったから、それに比べたらマシだと。
またムファスタ支部の特殊事情によって、この事務所が手狭であっても運用できる事情があるのだという。そもそも『常在戦場』ムファスタ支部はムファスタとレジドルナ間、あるいはムファスタとラスカルト間を往復する貨車を護衛する為に置かれたので、屯所へ営舎に常駐している王都の隊士と違い、常に出払っている状態だというのである。
つまり百人いても、ムファスタいる隊士の数そのものは少ないというわけだ。それをグレックナーら『常在戦場』の王都の幹部達は、人数を増やして常駐する一隊を設け、事に備えようと考えている。だがジワードからすれば四苦八苦しながら、ようやく事務所を確保できた状態で、今はそれどころではないというのが本音なのだろう。
「どうだ。街の紹介をしてくれないか」
俺は気分を変えるため、ジワードに言った。このムファスタという街、王都トラニアスやモンセル、ムファスタとは雰囲気が異なる。まず建物の屋根の形。教会やら行政府といった公共の建物がみな、玉ねぎの形をした丸屋根なのである。まるでロシアか中東かみたいな建物。そして街中にはヤシのような木が林立している。
そして街には縦横に水路が巡らされており、道はモザイクがなされている。どう考えてもオアシスのような雰囲気なのだ。そんな異国情緒溢れたムファスタの街に繰り出し、『常在戦場』のムファスタ支部が移ることが出来る場所を探し出す。ドラフィルがやってくるまで、俺の仕事はないのだから丁度いい。俺はジワードとムファスタの街に出た。
ジワードの案内でムファスタの街に出たのだが、やはり他の都市とは趣が違う。人は多いが馬車の出入りが制限されている旧市街と、整備されて馬車が行き交う事ができるが発展途上に見える新市街。二つの区域にハッキリと分かれているという点からまず違う。道に水路と街路樹で彩られているなんて光景は、ノルデン中どの街にもないもの。
家の外壁が茶色いのは日干し
繁華街のある旧市街を歩いていた。俺達が宿泊するホテル『グランデ・ラ・ムファスタ』は旧市街に程近い新市街に位置している為、馬車の乗り入れが容易なのに対し、歓楽街の一角にある『常在戦場』ムファスタ支部駐在所は旧市街なので馬車が乗り入れにくい。要は道が狭いのだ。だが、このムファスタの街、多くの施設は旧市街にあるのだ。
その旧市街の中でも一際目立つ、玉ねぎ型の屋根を持った特徴的な建物が目に写る。インスティンクト大聖堂。それが建物の名前だった。
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