301 式典参列
臣従儀礼当日、俺はリサと共に朝から式典の会場となる王宮前広場に入った。参列するジェドラ親子やファーナス、シアーズやワロスといった面々を出迎えるためである。人はまばらだが、既に事務総長タロン・ディーキンや事務長のシャルド・スロベニアルト、調査本部長のチェリス・トマールといった『常在戦場』の幹部達は広場に来ていた。
皆、ジャケットとスラックスは黒、白Yシャツに白ネクタイ、銀色のベストという三つ揃の平民服姿で、黒い中折れ帽を被ってステッキを持っている。前の話し合いで決まった格好だ。今回、リサを含めた『常在戦場』の関係者は、三つ揃の平民服で参列する事を申し合わせた。この事から儀仗服を着る『制服組』に対して『平民服組』と呼んでいる。
『平民服組』の参加者は『常在戦場』の事務方、管理要員四十六名。それに加えて見届人として『常在戦場』と関係の深い『金融ギルド』責任者ラムセスタ・シアーズ、同参与のベルダー・ピエスリキッド、『投資ギルド』責任者リヘエ・ワロス、『取引請負ギルド』総責任者ドワイド・エッペルの四人。
王都ギルド三商会からは、ジェドラ商会の当主イルスーラム・ジェドラと息子のウィルゴット・ジェドラ、ファーナス商会のアッシュド・ファーナス。そしてアルフォード商会を代表してリサ・アルフォード。リサは俺と同じく商人刀を帯刀し、三つ揃にマント姿。俺が中折れ帽に対し、リサは半円状のポーラー帽。帯刀する代わりにステッキは持たない。
ファーナスの息子リシャール、セルモンティの三男、マルツーンの次男は儀仗服に身を包み、若旦那ファーナスに同行してきた。それと時を同じくしてジャック・コルレッツと友人のド・グランジュも一緒に儀仗服で姿を見せる。辺りを見ると他にも儀仗服を着た者が何人もいるではないか。数えると二十人ほど。俺はスロベニアルトに聞いてみた。
「あれは・・・・・」
「『常在戦場』の隊士子弟です。是非参列したいと」
なるほど。ファーナスの息子やジャックと同じように「見習い隊士」として、我々を警備するという名目のもと儀仗服を着て参列という訳か。昨日の取り決めで参列する平民服組は一段高い台の上に、その前をジャックら「見習い隊士」が横一列に並ぶということになっていたので、前に並ぶ白い儀仗服を着た警備隊士が多いと下座も映えるだろう。
サルンアフィア学園の学園関係者が入場することが告げられた。俺達は事前に整列して教官職員、生徒達を迎える。我々『常在戦場』の関係者は王宮向かいの下座に位置し、学園関係者は左側、着座して参列する貴族達の下手に並ぶ事となっている。
俺達も学園関係者にも椅子はなく、立って式典に参列する決まり。椅子に座ることができるのは貴族のみである。たとえ貴族子弟であろうと学園関係者として参列するならば、学園関係者として扱われるという訳だ。こうした部分、エレノ世界は厳密で徹底している。
俺達『平民服組』は、学園関係者を出迎えるため整列した。本来ならば序列一位の俺が宰相府の側、つまり右側に立ってそこから皆が並ぶのであるが、『常在戦場』が入場してくるのが統帥府側であることや、退場する際には王宮前広場の下座にあるディマリエ門を通って中央大路に入るため、王宮前広場の下座から出ていく形となる。
そのため俺は『常在戦場』の入場を最初に迎え、俺の左を通って退場するように下座左側に立つ形とした。俺達は設けられた台座に載り、王宮と向かい合う形で二列横隊で並んだ。
左より俺、その後ろにリサが立ち、俺の隣がシアーズで後ろにワロス、シアーズの隣にエッペルで後ろにピエスリキッド、次がジェドラ父で後ろがウィルゴット、その次がファーナスで後ろがスロベニアルト、ファーナスの隣にはディーキンで後ろにトマール。以下平民服を着た『常在戦場』の職員要員が並ぶ。
全員合わせて五十八名。そして俺達が立つ台座の前にはジャックやファーナスの息子リシャールら、『常在戦場』の儀仗服を着た「見習い隊士」設定の者達が並ぶ。そこに宰相府側から学園の教官や職員、生徒達が王宮前広場にやってきた。特に列をなすこともなく、ゾロゾロと無秩序に歩きながら学園関係者に割り当てられた場所に向かっている。
学園事務局長のベロスニカや事務局処長ラジェスタといった学園職員や教官達、色なし騎士のブランシャールや
だが、この場に立っている事を考えると、どういう格好であろうと驚かれる事には違いがない。フレディやリディアの姿も見えた。学園関係者の入場と同時に宰相府の職員達も入ってくる。職員達は学園生徒達の向かい側、宰相府前の下手に位置する形。共に立って式典に参加する人々である。
学園関係者と宰相府職員が入場した後には、宰相府の建物より貴族たちが王宮前広場に入ってくる。俺達や学園関係者、宰相府職員は建物の外から王宮前広場に入ってきたのに対し、貴族達は宰相府の建物の中、正玄関から出てくる。ある意味、徹底した身分制社会の証と言えるだろう。
ただ俺達が立つ下座からは遠いので、宰相府の正玄関から出てくる人の判別ができない。おそらくは参列する男爵や子爵、伯爵クラスが入場しているのだろう。続いて宰相府の反対側に立つ、統帥府の正玄関から人が出てきた。上手に移動しているのが分かるので、高位家の人々であろう。
同時に宰相府からも人が出てくる。こちらの方は宰相ノルト=クラウディス公や内大臣トーレンス候ら、宰相府や宮内府の役付貴族。その場面で宰相府所正玄関から宰相府側に歩いていく貴族の姿があった。その後ろを従者らしき者が付き、宰相府の職員と思われる幾人かの者が走って追っている。
統帥府側の上手、貴族高位家が陣取るところが騒がしくなった。何が起こっているのか? クリスは大丈夫なのか? 心配だが、俺は全く動けない。しばらくすると騒ぎが収まったようで、宰相府の職員らしき人々も所定の位置に戻っていった。何だったのだろうか? 兎にも角にもこれで殿下以外の者は王宮前広場に入場が終わった。
席次は王宮前広場の右側、つまり宰相府側の上手にはウィリアム王子と正嫡殿下アルフレッド王子の両殿下が御臨席される場所が設けられている。その隣には今日行われる臣従儀礼の誓いを受ける宰相府の代表者、宰相ノルト=クラウディス公爵閣下が、その次に内大臣トーレンス侯爵閣下が着座する。
その次には侍従長ダウンズ伯、典礼長アーレント伯、儀典長フェルスター伯など宮内府の宮廷貴族や、財務卿のグローズ子爵や民部卿のトルーゼン子爵、内務卿のマルソードン子爵など、宰相府や宮内府の役付貴族達が座り、その横を宰相府の官僚達が立つ。基本的に座るのは貴族、立つのは平民だ。
身分制のエレノ世界では、それは当然の話。そもそも普段俺が殿下やクリス、レティと相対して席に座っている方がおかしいのだ。対して宰相府の向かいにある統帥府側にはエルベール公を筆頭に、ウェストウィック公ら臣従儀礼に参列する貴族達の席が並ぶ。ノルト=クラウディス公爵令嬢、クリスの席は三番目である。
このクリスの後ろには近侍であるリッチェル子爵夫人レティシアが座り、二人の従者トーマスとシャロン、行儀見習いアイリが控えるという形になっている。派閥の関係があるのに、レティがそこに座って大丈夫なのかという疑念はあるが、その辺りの事について俺は分からないので放置しかない。
その次が貴族派第五派閥ドナート派の領袖ドナート候、貴族派第二派閥エルベール派の重鎮ホルン=ブシャール候が続き、
そのボルトン伯に続いて、国王派第三派閥スチュアート派の代表幹事ステッセン伯、エルベール派のアルヒデーゼ伯、宰相派のシェアドーラ伯、エルベール派のシュミット伯、ドナート派のトミタラット伯、ウェストウィック派のリュクサンブール伯という
三公爵家、三侯爵家、
しかも公爵家と侯爵家は五人、
王族である両殿下の位置のみ天蓋が設けられていた。身分制社会とは誰に対しても、有無を言わせぬ体制なのだ。例えば式典に参加したいと頼んできたディールの場合、ディール子爵からの申請ではなく俺を通じての申請だったが為に、席次が子爵位の最後となってしまったのである。
それでもディールは「参加できるだけでもありがたい、ありがとう」と言ってくれたので救われたが、本当に身分制社会の厳しさを思い知らされる出来事だった。ディール家は臣従儀礼に対して沈黙を守っている、アウストラリス公率いる貴族派第一派閥アウストラリス派に属している為、領袖の顔色を窺って参加の申請が出来る環境ではなかった。
それ故、子爵位の序列最下位の場所に椅子が用意される事態となってしまったのである。また、同じく家がアウストラリス派に属しているクラートに至っては、同様の事情で家からの申請を出せないだけでなく、息女であるという理由で家としての出席が認められられなかった。結果として、ディール家の近侍という形で参列する羽目となってしまったのである。
しかしそれでも貴族の席で参列できる事をクラートは喜んでくれたが、何か申し訳ない気持ちになってしまう。子爵位の末席とはいえ席に座って式典に参列するディールと、学園の生徒の資格で起立して参列する貴族子弟。どちらの方が良いのか悩ましいところだが、エレノ世界の法則を鑑みれば、おそらくはディールの方が良いのであろう。
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