302 臣従儀礼

 『常在戦場』の宰相府への臣従儀礼が行われる王宮前広場には、『常在戦場』に立ち会う俺達関係者や宰相府や宮内府の官僚貴族や官吏達、参列を希望する多数の貴族や学園関係者で埋め尽くされた。そんな中、近衛騎士団や王都警備隊が整然と入場し、宰相府側に整列している。後は両殿下の入場を待つのみであった。


「アルフレッド王子殿下、ウィリアム王子殿下、御臨幸!」


 会場一帯に広がる声に、俺達は一斉に四十五度角に頭を下げた。「御着座」という声があるまで俺達は頭を下げ続けなければならないのだが、アナウンスが聞こえない。事前説明によるともっと早くアナウンスがある筈なのだがどうしたのだろうか。


 右側上座の方からかすかに声が聞こえるので何かがあったのかもしれない。その声が収まってしばらくすると「御着座!」とアナウンスがあったので、頭を上げる事ができた。どうやら問題は解決したようである。


「これより自警団『常在戦場』の宰相府への臣従儀礼を執り行います!」


 『音量増幅ボリュームブースター』を使っていることで、広い会場に式典開催の声が響いた。その直後、待機していたニュース・ライン指揮の鼓笛隊がファンファーレを演奏する。ロッシーニ作曲「ウィリアム・テル序曲」第四部の冒頭部分だ。いろいろ考えた末、ベタだが短く聞きやすいので、ニュース・ラインとこの曲を選んだ。


「『常在戦場』入場!」


 鼓笛隊はその声と共に、ケルメス大聖堂の神殿で行われた襲爵式で使われた行進曲の演奏を始めた。前奏が終わるとニュース・ラインを先頭として、鼓笛隊が王宮前広場に入ってくる。鼓笛隊に続いて入ってきたのは『常在戦場』団長のダグラス・グレックナー。今日は俺が贈った青いベレー帽を被っている。


 襲爵式の際に、グレックナーのスキンヘッドが気になったので、青いベレーを贈呈したのだ。本人は気に入ってくれたようで、だから被っているのだろう。グレックナーの後ろには第一警護隊長ヒロムイダが指揮杖を持って歩いており、それに続く三人の隊士が一列横隊に並び、『常在戦場』紋章旗を掲げて歩いてきた。


 見ると紋章旗にはそれぞれ「モンセル」「セシメル」「ムファスタ」の文字が入っている。三都市の冒険者ギルドがそれぞれ『常在戦場』に加入したので、その代表する形で紋章旗を掲げているのであろう。続いて四人の隊士が通常の『常在戦場』の紋章旗を掲げ、二列縦隊で歩いてくる。


 その後ろには『常在戦場』の紋章が描かれた大盾軍団が二列縦隊で入ってきた。襲爵式の時よりもその数は多い。四十人以上はいるだろう。左右に歩く者は盾を横に向けて歩いている。会場にはどよめきの声が上がった。大盾軍団を見て分かったことだが、大盾を持つ隊士らは警護隊の面々である。


 ファリオさんやダダーン、リンド、ルタードエ、そしてシャムアジャーニまでいる。おそらく第一警護隊を除く、警護隊全員が大盾部隊なのだろう。行進は統帥府の建物の手前から始まり、宰相府前を歩いて宰相府の職員や宮廷貴族や官僚貴族、宰相閣下や内大臣トーレンス候、両殿下の前を行進。


 その後、王宮前を横切り、今度は統帥府前を歩き、高位家を始めとする貴族、学園関係者の前を通った後に王宮前広場の内側に入り、王宮と向き合う形で整列する事になっている。続いて指揮杖を持った一番警備隊長フレミングを先頭にして『常在戦場』紋章旗を掲げた隊士が三列縦隊で入ってきた。


 それを見た会場からは、最初はどよめき、次には歓声に変わった声が響き渡る。参列者の多くはケルメス大聖堂で行われた襲爵式での『常在戦場』の入場風景が見たかったのであろう。話に聞く行進を見てみたい。そんな感じではないのかと思う。歓声や拍手がそれを物語っている。


 続いて二番警備隊と隊長のルカナンスが、続いて三番警備隊と隊長のカラスイマが、フレミングと一番警備隊と同じように隊長が指揮杖を持ち、隊士が『常在戦場』の紋章旗を掲げて三列縦隊で行進してきた。四番警備隊と五番警備隊もオラトリオとマキャリングがそれぞれ先頭に立って入場してくる。一隊が入場するごとに歓声や拍手が大きくなった。


 数千人が参列しているであろう王宮前広場は、鼓笛隊の演奏に合わせて入場してくる『常在戦場』の行進で熱気を帯びている。特に各警備隊が掲げる総勢四百本に及ぶ『常在戦場』の紋章旗。参列者はこれに圧倒されているようであった。ただ前回と違って、今回は屋外。場所も広いので興奮気味に叫ぶといった人が見受けられないのが幸いである。


 鼓笛隊を先頭とする『常在戦場』の行進は王宮前広場をぐるりと回り、広場の内側に入る。鼓笛隊が正面左側に、グレックナーと第一警護隊が真ん中に、そして大盾部隊の半分が右側に、それぞれ位置した。その後ろには一番警備隊から五番警備隊が右から順に一列縦隊で並ぶ。その後ろには大盾部隊の半数が二列横隊で並んで陣形を作った形となった。


 全員が所定の位置に立つと鼓笛隊の演奏が終了し、隊士の足踏みも止まる。すると大盾部隊の隊士達が盾を置き、警備隊の隊士らの横に旗立台をセットしていく。そこに旗を立てた隊士らが、別の隊士らの旗立台を手際よくセットしていく。


 隊士らの手は盾や旗からあっという間に解放された。盾や旗が隊士の横に立てられて、隊士達の手が自由になると地面に跪く。グレックナーが一歩前に進み出ると、それを合図に俺達は四十五度角で礼をする。


「『常在戦場』ダグラス・グレックナー以下四百六十七名。僭越ながら、宰相府への臣従をお誓い致したく、お願い申し上げたき儀。我らの願い、是非にもお聞き入れ頂きたく、参上仕りました」


 グレックナーの堅苦しい言葉が聞こえてきた。『音量増幅ボリュームブースター』のおかげで野太い声がよく通る。顔を上げると、宰相府側の席から一人の人物と随伴する二人の人物が見えた。


 前を歩いているのは宰相閣下、後ろに付いているのは宰相の従者レナード・フィーゼラーとメアリー・パートリッジだろう。宰相は王宮前中央入口に用意された壇に上がると、俺達は再び四十五度角で礼をした。


「汝らの願い。聞き届けようぞ!」


「ありがたき幸せ!」


 宰相に答えるグレックナー。この瞬間『常在戦場』は宰相府への臣従が認められた。このエレノ世界、儀式に関していえば現実世界よりもシンプルである。


「皆の者、面を上げよ」


 宰相閣下のその声で再び顔を上げる。跪いていた隊士達は体を起こした。宰相の言葉を受けたグレックナーは広場に響き渡る声で宣言した。


「我が『常在戦場』。宰相府に何事かあれば、今すぐにでも駆けつける所存でございます」


「大いに期待しておるぞ」


 力強い宰相閣下の言葉を受け、グレックナー以下『常在戦場』の隊士らは四十五度角で頭を下げる。宰相府側から宰相府の職員らしき数名が、何かを持って壇に駆け寄った。隊士達は再び頭を上げる。


「臣従の証として『常在戦場』に宰相府旗を与える。受け取るが良い」


「ありがたき幸せ」


 グレックナーの言葉を合図に、グレックナーの背後に控えていた隊士達が、宰相府の職員に近づいて何かを受け取った。所定の位置に戻った隊士らは何やら旗竿を弄っている。やがて四人の隊士がそれぞれ与えられた宰相府旗を掲げ、グレックナーの後ろに付いた。


「我ら『常在戦場』。宰相府に忠誠を誓います」


 その言葉を合図として隊士達が再び四十五度角で頭を下げる。それに対して宰相閣下が「相分かった」と応えると、会場から拍手が起こった。宰相閣下は壇を降り、右側上座に座るウィリアム、アルフレッド両殿下にお辞儀をすると、二人の従者を連れて宰相府側の席に戻った。宰相府の職員もそれに続く。


「見届人代表であらせられるエルベール公爵ステファン五世閣下より御言葉を賜る」


 エルベール公の挨拶がアナウンスされる。襲爵式のように、また長話をするのか? 統帥府側の上手から従者を引き連れて出てきたエルベール公を見ながらそう思っていると、以外なぐらいにスッキリと終わった。


「私、ステファン・アドニー・スガローデル・エルベール。『常在戦場』の宰相府への臣従。この目でしかと見届けた。この会場におられる皆々様も相違ござらぬはず」


 しばしの沈黙が会場に走る。誰も言葉を発しない。それを見届けたエルベール公は続ける。


「『常在戦場』の宰相府への臣従。この王宮前広場で定まった。『常在戦場』並びに隊士達よ、この日の恩を忘れるでないぞ」


 『常在戦場』の隊士らにそう諭すと、エルベール公は颯爽と壇上を降りた。どうやらエルベール公は定型文を発しただけのようだ。これで臣従儀礼の式典は終わった。


「『常在戦場』退場!」


 アナウンスの声を受け、鼓笛隊が演奏を始める。曲はヴェルディの凱旋行進曲の一節。俺が渡した楽譜をニュース・ラインが編曲したものだ。だから原曲とはズレているが、ファンファーレとして使うのにはいいだろう。そして一呼吸置くと、鼓笛隊は「祝典行進曲」の演奏を始めて動き出した。誰が作曲したかは忘れたが、曲が脳内に残っていたのだ。


 「祝典行進曲」は日本を代表する行進曲の一つ。これなら文句はないだろう。襲爵式でまさかの「馬場に、猪木に、鶴田に、ブッチャー♪」をやられていた俺は、これを阻止する為に代わりの曲を思案し、ようやくこの曲に思い至ったのである。ニュース・ラインに退場時の曲について聞いてみると案の定、違う曲を考えていた。


 第一候補が「タカラヅカ行進曲」という、誰がどう考えてもヅカ曲という曲だ。だが、これはキレイな女の人が舞台で歌うことを想定して作られた曲であって、むさ苦しい男共が行進するために作られた曲ではない。俺はニュース・ラインのその選択についてとやかく言わず、「祝典行進曲」を押し通したのである。


 この世界はエレノ世界。神と思しきゲーム製作者の意図が色濃く反映される、どこか何かがおかしい世界なのだ。そんな世界について、あれこれ言っても仕方がない。だから俺は「お前の編曲の見せどころだぞ」などと、ニュース・ラインを適当におだてながら誘導して、退場時の曲を「祝典行進曲」としたのであった。

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