207 パフェの儀式の恐怖

 俺とトーマスがブティック『マギー&ホイッスル』に戻ると、ちょうどシャロンがドレスを試着しているところだった。空色をベースにしたドレス。シャロンの長くボリュームのある黒髪とよく似合っていた。トーマスがその姿を見てポカーンとしている。


「キレイだよ、シャロン。な、トーマス」


 トーマスを肘で小付くと、ハッしたトーマスが「う、うん。とてもキレイだ」と言ったので、シャロンが恥ずかしそうに顔を赤らめている。その光景にクリスもアイリもレティも満足そうだ。


「シャロン。似合っていますでしょ」


「ああ、本当だ」


 シャロンはクリスより少し背が高い。ほっそりとしているのでドレスを着たら映えるのだ。たまに着ているメイド服が似合う事を考えてもよく分かる。クリスはシャロンの服選びに満足そうだ。いつも自分がやってもらっている事の逆を、今日やっているような感じなのだろう。クリスもシャロンもとても楽しそうに見える。


「よし、トーマス。この服をもらおう」


「えっ」


 そう振ると、トーマスがどうしていいか分からないといった感じで戸惑っている。店員に直しと勘定を頼んだ俺は言った。


「アイリにもレティにもクリスにも服を買ったのに、シャロンの服も買うのは当たり前だろう」


「じゃあ、これも買って!」


 レティが、いくつかの吊られている服を指差した。全部で十着ぐらいある。


「私は・・・・・」


「私の分は私で買うわ」


 尻込みするアイリに、自分の服は自分で買うと言い切るクリス。二人の性格が出ているよな。


「なぁ、俺にプレゼントさせてくれよ」


 そう言うと二人は顔を見合わせた。アイリとクリス、こんなところが似ているなんて、意外や意外。というか、二人の仕草がそれぞれ可愛い。


「男が言ってくれている時には黙って受けるものよ。言ってくれなくなったら、受けられないんだから」


 おいおいおいおい、何を言っているんだレティは。まるで人生の過半を生きてきたみたいな表現だな。「と、言うわけでお願いね」とレティが言うと、クリスが「今日は甘えさせていただきますわ」と俺をチラ見し、アイリが「お願いします」と頭を下げた。


「ありがとうございます」


 ドレスを着ていたシャロンが涙ぐむ。その姿を見て、何か父親になった気分で感激する。これが愛羅でも同じ様に感激するのかな、俺は。しかしこの姿、クラウディス城で働くシャロンの両親が見たら喜ぶだろうなぁ。こちらの世界に写真がないことが悔やまれる。あればシャロンの両親に送ってあげるのに。


 『マギー&ホイッスル』を出た俺達は、一路個室カフェに向かった。俺たちが何度か利用している繁華街の個室パフェ。ウィルゴット情報によると有名店、それもパフェで知られた有名店であるらしい。名を『パルフェ』という。今日入って知ったよ。前に入った時、多人数部屋があったので、個室の方は六人が入っても大丈夫な部屋に案内してもらう。


「さぁ、いよいよパフェですよ、皆さん!」


 アイリが満面の笑みで訴える。俺にはここでの紅茶は禁止ですよ、と強制的にチョコレートパフェと決められてしまった。これはもう、アイリがなにかやらかす予感しかしない。みんなじっくりとメニューを見て決めている。ただ一人、これまたトーマスだけが迷っていたので、アイリによって強制的にチョコレートパフェとされてしまった。


「どれを選べばいいのかしら・・・・・」


 メニューを見て困惑しているクリス。そりゃそうだ。現実世界と違って写真なしのお品書き。文字の羅列とにらめっこしているクリスが子供っぽくて妙に可愛らしい。シャロンの方を見ると既に決まっているようだが、クリスの手前か何も言わない。おそらくクリスが決めてから言うのであろう。こうした辺り、シャロンは徹底した従者だ。


「じゃあ、私と一緒のパフェにする?」


「一緒の?」


 アイリが迷うクリスを気遣ってか、声を掛ける。戸惑うクリスにニッコリと笑うアイリ。アイリは言った。


「うん。苺パフェ!」


「それにするわ!」


 メニューを指差すアイリにクリスは同調した。パフェというものが分からず不安だったというより、単に選べなかっただけのようである。そんなクリスにとって、アイリの言葉は助け舟だったようだ。シャロンは躊躇なくフルーツパフェを指定した。レティは俺たちと同じチョコレートパフェ。アイリの掛け声で全員のパフェがスーパーラージになってしまった。


「これぐらい食べられますから」


 笑顔で答えるアイリ。みんなアイリのペースに乗せられてしまって何も言えない。しばらくしてやってきたパフェは、どれもマウンテンだった。大丈夫なのかみんな。


「大きいっ」


「いっぱいですね」


 驚くクリスに喜ぶアイリ。


「凄いわね。食べられるかしら」


「大丈夫ですよ。レティシアは前に二杯食べたじゃない」


 心配するレティにアイリがツッコむ。レティに言葉はなかった。轟沈したんだな、おそらく。


「おいしいっ!」


「でしょ」


 感激するクリスの横で頷くアイリ。二人はキャッキャと喜びながらパフェを食べている。こう見るとまだ十五、六の女の子なんだな、と思う。現実世界なら高一だもんな。盛り上がる二人とは対照的なのがシャロンとレティ。シャロンは静々と、レティは黙々と食べている。俺とトーマスは淡々と食べていた。


「グレン、ちょっと貸して」


 チョコレートパフェを半分ぐらい食べたところで、アイリに静止された。俺のパフェを貸せというのである。こ、これは・・・・・ ヤバい! 嫌な予感しかしない。戸惑う俺に「いいから、貸・し・な・さ・い」と迫ってくるアイリ。その気迫に負けてチョコレートパフェを引き渡さざる得なくなった。ロングスプーンでチョコアイスを掬うアイリ。


「はい、あ~んして♪」


 あああああ! アカンやつや! 皆が居る前でわざわざしなくてもいいじゃん!


「グレン、口を開けて! あ~んして♪」


 俺はアイリのヒロインオーラの圧に負け、口を開いた。アイリが差し出してきたスプーンをパクリと咥える。チョコアイスが口の中で溶けていく。見るとアイリの横に座るクリスとその隣にいるシャロンが呆気にとられた顔をしている。そりゃそうだ。何の前触れもなく、いきなりバカップルの儀式を見せられたのだ。当然の反応だよな。


「さぁ、クリスティーナもやってみて」


 アイリはクリスにスプーンを渡し、先程の自分と同じことをやれと迫る。戸惑うクリス。だが、しばらくしてスプーンを受け取ると、なんとチョコアイスを掬って、俺の口元に差し出してきた。これは・・・・・ 受け入れるしかなさそうだ。俺は口を開け、クリスからのスプーンを受け入れた。


「た、食べた・・・・・」


 控え目ながら嬉しそうなクリス。それを見て喜ぶアイリ。なんだこの図は。何度か二人でホイホイと口の中にチョコアイスが俺の口に放り込まれる。最初控え目だったクリスは大喜びで、アイリと共にスプーン作業に勤しんだ。挙げ句、自分から「今度はグレンが私たちにやる番よ!」と言って、俺が二人のパフェを掬って、口の中に入れる羽目になってしまった。


「今度はシャロンとトーマスの番よ!」


「えええええ!」


 クリスは二人の従者に迫った。アイリもそれに加勢する。二人の圧力に負けたシャロンとトーマスは、震えながらお互いのスプーンを口の中に突っ込んだ。


「わぁっ!」


「おめでとう!」


 手を叩いて喜ぶクリスとアイリ。顔を真っ赤にする二人の従者を尻目に、もう完全に二人だけの世界に入っていた。そして次のターゲットは・・・・・ もちろんレティシアだった。


「え、わ、私・・・・・」


「レティシアだけを仲間はずれにする事なんてできませんから!」


「私も恥ずかしい思いをしたのです。レティシアもやりましょう!」


 超越した理論を展開するアイリとクリス。二人の包囲にレティは為すすべもなく陥落した。俺とレティは隣。お互い顔を合わせろというので、見ると顔が赤い。レティがお店に入ってから大人しかったのは、この危険性を察知していたからなのかもしれない。


「はい。グレン! レティシアに食べさせてあげて!」


 クリスからレティにパフェを食べさせるよう指令が飛ぶ。スプーンでチョコアイスを掬った俺は、レティの口元にそれを持っていく。だがレティの唇にはロックがかかっていた。


「はい、口を開けて~。レティシア♪」


 アイリが言うとあら不思議。レティの口が開いた。そして俺が手に持つスプーンの皿部分が、目を瞑っているレティの口の中に入る。そして口は再び閉じられた。レティの顔が真っ赤だ。見たことがないくらい恥ずかしがっている。


「今度はレティシアの番よ!」


 クリスの掛け声にレティが従う。レティが手に持つスプーンが俺の口の中に突っ込まれる。バチパチパチと拍手する二人。顔を見合わせて喜んでいる。クリスがすごく楽しそうだ。しかし、一番恥ずかしがったのがまさかのレティシアだったとは。もっと厚かましい、いや気丈だと思っていたのだが。


 シャロンとトーマスが恥ずかしそうにしながらも黙々と二人で食べ合いをしていてビックリした。どうやら俺たちがレティにかまっている間もずっとやっていたようである。真正カップルやんか!


「トーマス。良かったわね」


 声をかけるクリスに対し、恥ずかしそうに頷くトーマス。クリスはシャロンに「これからこうやってトーマスに接すればいいのよ」と話しかける。いやいやいや、こんなのをやり続けたら、二人とも持たないって! シャロンは恥ずかしそうに頷きながら、それでもトーマスにパフェを食べさせ続けていた。本当にトーマスの事が好きなんだな、シャロン。


 アイリ主催の「恐怖のパフェ大会」を俺たちはなんとか乗り越えた。とは言っても、両手を握りあい「楽しかった?」「楽しかったわ!」と喜ぶアイリとクリス以外は、皆ヘロヘロになってしまっていたが。帰りの馬車のクリスは見たこともないくらい高いテンション、気恥ずかしそうにモジモジしているトーマスとシャロンとは好対照だった。


 ただ、アイリの目的である「クリスを喜ばせる」は十分に達成できたのではないかと思う。幸せそうに話すクリスを見ていると、本当にそう思う。ありがとうアイリ。俺は心の中でアイリに感謝した。


 ――学園は朝から騒然となっていた。原因は告知板に張り出された『教官議事録』。あの恥ずかしい記録がありのまま張り出されているではないか。これは羞恥刑、公開処刑の類いじゃないか。これがボルトン伯が預かって導き出した判断なのか。


 そのせいで告知板には人だかりが出来てしまっている。近づいて見ると張り出されているものは『教官議事録』だけではない。なんと全教官の『所感』までもが張り出されたのである。だから謝罪ではなく、教官議事録に書かれている事について、各教官が書いているのだ。説明文、あるいは言い訳に近いかもしれない。


 張り出されている各教官の所感を読む。それぞれが各自思っている事を書いているのが丸わかりで、「我々に自制心が足りなかった」と書く者やら、「既に立木打ちという懲罰を受けている」といった意見を出す者まで様々だ。しかし中には、本心をぶち撒けている教官もいた。


マシリトーア「こう発言したのはグレン・アルフォードの挑戦的な態度を見てのこと」


テンシリン「グレン・アルフォードが勝ってしまったことにより、結果秩序が乱れた」


ドムジン「まさか商人がここまでやるとは思わなかった」


 いやぁ、凄すぎる。思わず笑ってしまった。現実世界なら反省文や謝罪文。心にもないことを書き連ね、侘びた形にして丸く収める。ところがボルトン伯ときたらそれをせず、事実を全て開示した挙げ句、教官らに本心を書けと、ぶち撒けさせるという暴挙に出たのである。凄いぞボルトン伯。俺はおかしくて笑いが止まらなかった。

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