206 クリスにパフェを食べさせる会
俺はクリス達と馬車に乗っていた。休日、予てより約束していた「クリスにパフェを食べさせる会」のため、俺を含めたメンバー六人は馬車二台に分乗し、王都の繁華街に繰り出したのである。一台にはアイリとレティ、もう一台にはクリスと二人の従者トーマスとシャロン、そして俺。
今日のクリスのお出かけはお忍びという形。そのため、俺が警備要員的にクリスと同乗した。俺の隣に座っているクリスは出張試着で選んだであろうオフホワイトのロングブラウスに首元をネイビーのチーフでアクセントを付け、下はワインレッドのフレアスカートという、普段では考えられない姿。平服なのだが、気品が全く損なわれてはいない。
「初めて王都の繁華街を歩きますの」
クリスのテンションが高い。高揚しているのか、いつもの落ち着きはなく、どこかはしゃいでいるように感じる。テンションが高いと言えば従者のシャロンも同様で、こちらは「お嬢様とお買い物に出かけられるなんて」と大喜びだ。反対にテンションが低いのがトーマス。先日の出頭試着でも待ちぼうけだったのがトラウマになっているようだ。
繁華街に降り立った俺たちはまず道具屋に立ち寄った。どうして道具屋? とみんな首を傾げたのだが、行けば分かると思い、俺は何も言わなかった。俺たちが入った店は道具屋は道具屋でも金物屋。専門店である。俺はそこで例の包丁一式を出してもらった。クリス達の表情が変わる。俺がこの店に寄った意味が分かったようだ。
「この包丁はノルト地方で作られた、新しいタイプの包丁だ。高いが切れ味がいい。最近人気でコックが買っていくんだよ」
店主が言う。そう。アビルダ村の『
「評判がいいのね。職人が使うってことは確実に売れるってことよ」
話を聞いていたレティはそう言った。その言葉を聞いたクリスや二人の従者、トーマスとシャロンは嬉しそうだ。話を聞く限り、プロ用として確実に需要がある訳でクリスの眼は間違っていなかったということである。俺は牛刀、菜切包丁、出刃包丁、三徳包丁、小型包丁の一セットを購入した。
「言ってくれれば・・・・・」
お店から出た後、クリスが少し不満そうに言う。おそらくわざわざ買わなくても渡したのに、というところだろう。だが、俺の狙いはそこじゃない。
「お店での売れ行きが知りたかっただろ、クリス。売れていて良かったなぁ」
「え、ええ。それは嬉しいですけれど・・・・・」
クリスは少し戸惑っている。これは俺の言わんとする事がイマイチ掴めていないからだろう。政治や経営的センスに長けたクリスだが、営業であるとかプレゼンであるとか、そういった部分はイマイチなところがある。まぁ、その疑問は次のお店に行けば氷解するだろう。
「ここは・・・・・」
「パスタ屋だ」
アイリが首を傾げたので俺はそう答えた。『シャラク』。それがこの店の名前。イタ飯屋なのに
「心配しないで。美味しいから」
不安そうなクリスらの表情を見て、レティがフォローしてくれた。こういうとき、レティがいてくれたら本当に心強い。種類は何と聞かれたので、ナポリ風だろうと答えておいた。ウィルゴットの話から判断してのこと。しかしレティはよく知っているなぁ。その後、店員が持ってきたピザが厚手の生地だったので、俺の予測通りナポリ風ピザだった。
「お、美味しい」
「こんな料理があるんですね」
クリスもアイリも出てきたピザを頬張っている。みんなの食べるスピードを見るに、ピザを気に入ったようだ。すぐにピザを追加する。それと同時に名を名乗って、オーナーに顔を出してもらうよう店員に頼んだ。ソルディという名のオーナーがやってきたのは、頼んだピザと同時。まさにジャスト・イン・タイム。
「話はジェドラ様から伺っております」
先日、ウィルゴットから紹介されたコメ料理ができるコック。それがこのパスタ屋『シャラク』のオーナー、ソルディだった。俺は早速依頼する。コメを使った料理をロタスティの厨房のコックらに教えて欲しい、と。するとソルディは俺の依頼に快く応じてくれた。そこで先程買った『玉鋼』の包丁セット一式を【収納】で取り出し、ソルディに贈る。
「こ、これは・・・・・ 最近、話題になっている、よく切れる包丁では・・・・・」
驚くソルディに俺は説明した。こちらのお嬢様、クリスの発案で製造され販売に至ったことを。するとソルディは意図を察してくれたようで「使わせていただきます」と深々と頭を下げ、包丁一式を受け取ってくれた。
「グレン。もしかして宣伝?」
「ああ。こういう商品は口コミが一番だからな。同業がいいよ、と言ったら一気に広がる」
ソルディが引き取った後、クリスが聞いてきたのでそう答えた。レティが言う。
「わざわざ道具屋で買ったのも包丁の評判を聞くためだったのね」
「そうそう。どれぐらい話が広がっているかだよな。職業人は仕事の精度や能率を上げるため、いいものを欲しがるからな。食材がよく切れる包丁なら喜んで買うさ」
「ありがとう」
クリスは嬉しそうだ。クリスには出来上がった包丁の評判や販売状況を生で知ってほしかった。パフェを食べるという名目で繁華街に出たことで、またとない機会を得たのである。これを利用しない手はないと、ウィルゴットが紹介してくれたコメ料理ができるコックの店『シャラク』訪問を組み合わせ、包丁の宣伝とコメ料理指導のお願いと二つを叶えたのである。
「コメ料理ってなんですか?」
全く知らないのだろう、シャロンが尋ねてきた。俺は【収納】で米粒を取り出し、コメ料理を説明した。肉や海鮮もの、野菜等の具材と一緒に炊く料理だと話すと、みんな興味津々だ。いつの間にかピザがなくなっていたので、急いで追加を注文する。
「グレンはどうして「コメ」なんてものを知っているんだ?」
「俺の世界の主食だからだよ。コメの種類は違うから食べ方は違うけどな」
トーマスにそう答えると、どうやって食べるのかと聞かれた。ご飯のことをどう説明すればいいのか・・・・・
「パスタを茹でて、そのまま食べるようなものだな。味噌汁というスープは別だし」
「・・・・・それで食べられるの、グレン?」
アイリには異世界の食べ方に感じられるようだ。まぁ、こちらから見れば異世界だな。
「うん、みんな食べているからな。食文化が違うんだよ。魚や肉を生で食べたりしているし」
「えええええ!!!!!」
「パンの中にクリームやチョコを入れたりするな」
「えええええ!!!!!」
現実世界とエレノ世界の食文化の違い。みんなには衝撃的だったようである。俺も長年、
現実世界の食べ物にありつけていないからな。ラーメン、蕎麦、うどん、素麺。麺類ですらパスタ以外、食べていないのだ。そりゃ、恋しくもなる。だからボルトン領でコメを見つけた時、現実世界の料理に近いであろうコメ料理を食べられると心弾んだものだ。
「世界は広いから色々な料理があるわ。このピザだってそうだし」
レティはそう言うと、手に持っていたピザをパクリと食べた。ホントに知っているよな、レティは。よく考えたら貴族の娘なのに、王都を縦横に巡って色々な店に出入りしているようだからな、レティは。好奇心が旺盛なのだろう。だからピザも知っていた訳だし。
「だからグレンのいうコメ料理も美味しいわよ。ロタスティのコックに教えるって事は私達も食べられるのよね」
「ああ。作り方自体はそれほど難しくないだろうし、評判が良ければメニューにもなるだろうからな」
「だったらピザの作り方も伝えてもらいましょうよ」
レティは目ざとい。すぐに自分が食べられるようになるよう、もう段取りを組んでいる。それがレティなんだけど。
「初めて見るモノですが、手に入るのですか?」
「ああそれは大丈夫だ。ボルトン伯領にいっぱいある」
「ど、どうしてボルトン伯領に?」
クリスの疑問に俺は答えた。農業代官ルナールド男爵の取り組み、大豆栽培の問題を米栽培と交互に行うことで解決している話をすると、そんな人物がいるのかとクリスは目を輝かせる。
「素晴らしい話ですわ」
「その副産物がコメだなんて・・・・・ すごく以外」
レティの感想はもっともだ。大豆の連作障害をコメ栽培で解決って聞いて、俺も最初ビックリしたもん。『シャラク』でピザを食べながら、コメの話で大いに盛り上がった。女四人のテンションがやたら高い。結局、六人でピザを十五枚も食べてしまったのである。『シャラク』を出た俺たちはファッション街にあるブティックに入った。
先日、出張試着をしてくれた『アライサ・クレーティオ』ではない。出張試着の際、クレーティオがクリスらに紹介してくれた店『マギー&ホイッスル』という店である。クレーティオは同業を斡旋したのだ。この前試着で盛り上がった四人はお店に入るのを楽しみにしていたようである。但しトーマスは除く、なのだが。
『マギー&ホイッスル』に入るとアイリ、レティ、クリス、シャロンのテンションは更に上がった。特にクリスとシャロンのテンションが凄い。主従を越えてもう完全にお友達モードだ。普段はシャロンが抑えているから成立していたのだろうが、シャロンが盛り上がってしまっているので、無礼講状態なのだろう。俺は四人を店に残し、トーマスを連れて、近くのカフェに飛び込んだ。
「助かったよ、もう」
店の椅子に座ってホッとした表情のトーマス。結婚する前からそんな状態だったら、結婚した後どうする気だ、と聞いてやりたいところだが、女同士の買い物方法がトーマスには合わないようでゲンナリしているところを見ると、それを言うのも気が引ける。
「シャロンもあそこまでだとは思わなかったよ」
将来の結婚相手を嘆くトーマス。物静かで控え目なシャロンがトーマスが理想とするシャロンなのだろうが、人間とはそんな一面的なものではない。どうして服にあそこまで執着できるのか分からないとか、この前も見たじゃん服を、と言ってひたすら嘆いている。将来が不安になったのか、トーマスは向こうの世界での、俺の暮らしについて聞いてきた。
「いや。佳奈はいつも自分で運転して買い物に行っていたな」
「カナ?」
「ウチの嫁の名前だ。佳奈というんだ」
そうか。嫁の名前を誰にも言ったことがなかったか。トーマスは俺の説明に合点がいったようで、こちらにも
「ところでな、トーマス。アルフォンス卿の女従者ジョイス・クローバーって人、知ってるか?」
トーマスはハッとした顔になった。「知っているよ、でも何回しか会っていないから、あまり・・・・・」との事。最後に会ったのは三年前にクラウディス城でと言うので、間隔が空いているよな。クローバーという女従者は以後、クラウディス地方には入っていないということか。
今度はトーマスが、どうしてそんな事を知っているのかと聞いてきたので、リディアの実家ガーベル邸での件を話した。
「ガーベルさんのお兄さんが、アルフォンス様の同級生だったなんて!」
そりゃ、驚くのも無理はないよなぁ。俺もビックリしたもん。色々話していく間に、第一王子ウィリアム殿下の話となり、トーマスから話を聞くことが出来た。曰く一言「冷遇されている」と。それは正嫡殿下の母マティルダ王妃の逆鱗に触れる事を恐れての事ではないかと、前から思っていた事なのだという。王妃は嫉妬深いのか?
「この身分で思ってはいけない事だろうけど、何度か謁見に立ち会った感想だよ。誰にも言えないけど・・・・・」
「俺にはいいのか?」
「グレンは別格さ。グレンの話を聞いてるとさ、今の話も小さく見えるから」
そう言ってトーマスが笑う。確かに現実世界の話を聞いてたら、こちらの身分世界なんか完全に張り倒しているからなぁ。確かにそうだ。これは秘密にしておかないとな、と俺が振ると、そうそうとトーマスが返してきて、二人で笑った。カフェでひとしきり話した俺たちは、おそらく試着闘争をしているだろう、みんなを迎えに行く事にした。
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