171 カニとメロンに栄光あれ

「スパゲティーに意味があるのか?」


「意味があったのだろうなぁ」


 ザルツはサラリとかわす。これは何かあるな。俺は直感した。


「どんな意味だ?」


「分からん。だが、再交渉を拒否しているのに我々との協議は受け入れたので、脈はあると思っていたよ。薬草は絶対に必要なのだと」


 ・・・・・言わないか。しかし相手側の心理を読んで機会を窺っていたのは間違いない。相手にとってウチが持ってくる薬草は欲しかった。それを人質にして交渉できたということだろう。ザルツは話をはぐらかした。まぁ、イッシューサム自体は重要じゃないので、これ以上聞いても仕方がないか。


「まぁ一国の首相とはいえ、人であることに変わりはなかった。そういうことだ」


 ザルツは意味ありげに言う。路上踊りストリートダンスで頭角を現し、人々にカニとメロンを配る術で一国の首相にまで成り上がった人物。そんなイッシューサムだろうと、人であることに変わりがなかったのだという。


 俺は確信した。ザルツはイッシューサムの何かを知っていると。しかし、その中でスパゲティーがどんな役割を果たしたについて、全く想像ができなかった。大体、冷めたスパゲティーで涙するって、どのような心理なのか? そんなことを考えていると、リサが国境の街ルパイルの話をザルツに尋ねた。


「こちらの荷物はルパイルで降ろし、相手の荷物もルパイルで降ろしてもらう事になったのだ」


「それってつまり・・・・・ ラスカルト王国の条件と変わらないのでは?」


「ああそうだ。国境で品物をやり取りする点は、だが」


 リサの疑問にザルツが答える。こちらが「倉庫を建てる」点も異なると、ザルツは話を加えた。倉庫建設はもう始まっているらしい。投資費用はディルスデニアとアルフォード商会の折半ということで折り合ったそうである。しかしザルツのやること、仕事が速い。何れにせよ、これでディルスデニアとの取引の道は拓けた。


 しかし疑問が残る。首相イッシューサムは、再交渉を一切拒絶した筈なのに、スパゲティーを食って柔軟な姿勢に変わった。これは何なのだ? スパゲティーの謎はますます深まる。


「アルフォードさん、ご無沙汰しています」


 ディルスデニアの話が一段落した頃、若旦那ファーナスが個室に飛び込んできた。ファーナスはザルツに駆け寄り、両手で握手を交わす。


「待たせて申し訳ない」


「いえいえ、心待ちにしておりました」


 続いて白髪の男『金融ギルド』責任者ラムセスタ・シアールがやってきた。やぁやぁ、とシアールはみんなと握手を交わす。ファーナスが「どうしてシアーズさんが?」というので、俺が呼んだと答えると、少し不思議そうな顔をした。シアールの件は後でしっかり話をしないといけない。


「おおっ!」


 野太い声を上げて個室に入ってきたのはジェドラ商会の当主イルスムーラム・ジェドラ。


「いやいや、みんな元気そうだな。お、シアーズもいるのか」


 ワハハハハ、と笑いながら皆と握手をする。テンションがやたら高い。おそらく大商いの話ということで高揚しているのだろう。息子のウィルゴットも個室に入ってきた。


「グレン、急かしたようですまなかったな」


「いいさいいさ」


 駆け寄ってきたウィルゴットにそう返した。何かと世話になっているからな、ウィルゴットには。会合のメンバーが揃った所で全員が着席すると、ザルツが挨拶に立った。


「いきなりのお呼び立て、全く申し訳ない。ですが、今お話ししなければならない事態が起こっております故、お集まりいただいた」


 ザルツは次に薬草調達の進捗状況について尋ねた。まずは若旦那ファーナスが口を開く。


「首都及び、近隣地方の薬草はほぼ買い込みました」


「モンセル、セシメルの薬草も手中に収めている」


「レジドルナとムファスタの薬草調達も終えています」


 俺とリサがそれぞれ報告する。それを聞いたザルツは言った。


「西のラスカルト王国、南のディルスデニア王国。いずれも疫病が蔓延し解毒剤の需要が高まる一方。その原材料である毒消し草を大いに欲しております」


 皆が頷く。ザルツは続けだ。


「ですが、モノを欲しているのはラスカルトやディルスデニアだけではありません。我がノルデン王国でも必要なモノがございます」


「小麦ですな!」


 若旦那ファーナスが声を上げた。ザルツは黙って頷く。


「そうです。向こうが毒消し草を欲するように、こちらも小麦を欲する状況が生まれております。そこで両国と我々で、お互いの必要なものを交換する協定を結んで参りました」


「おおっ!」


 アルフォード家以外の面々がどよめく。


「アルフォードさん。最初から小麦不足に陥ることをご存知で毒消し草の話を・・・・・」


「はい。今まで隠す形となって申し訳ない。こちらの事情はグレンから説明させます」


 ジェドラ父に答えるザルツのアイコンタクトに俺は素早く反応した。


「不作。いや近年にない凶作の兆候は既に三ヶ月以上前からあり、私が所用でクラウディス地方に訪れた際に明らかになったものです」


「クラウディス地方! では宰相も?」


「存じております」


 シアールの問いに答えるとジェドラ親子もファーナスもどよめいた。


「宰相閣下は無用な買い占めの発生を恐れ、事が明らかになるまで秘匿することと、小麦不足の対応策を我が方に求めてまいりました」


「それで言えなかったのか」


「アルフォード商会は難しい仕事を求められたのだな」


 若旦那ファーナスとジェドラ父も俺の説明に納得したようである。


「ですがこちらが小麦不足だと相手側が分かれば値を上げてきます。それを防ぐため、相手の必要なモノと小麦の交換取引を持ちかけたのです」


「つまり、こちらが相手の必要なもの、つまり毒消し草を持っていかないと小麦が手に入らないと・・・・・」


 ザルツの説明に若旦那ファーナスが驚きつつ、何度も頷いている。


「他の業者に入る余地はないということだ」


「実によく考えた取引ですな」


 ジェドラ父もシアールも感心している。


「宰相閣下の要望を受け入れつつ、我々が利を得るようにするための地ならしに時間がかかりました」


「アルフォードさん。よくやってくれた!」


「これで我が方が独占的に商いができる!」


 ジェドラ父と若旦那ファーナスが興奮して立ち上がった。ザルツは続ける。


「毒消し草を貨車で国境に運び、その帰り便で小麦を積み込む。この小麦を各商会で売りさばいてもらう。額は・・・・・」


 皆が息を潜める。


「七五ラント。七五ラントで引き取ってもらい売り捌いてもらおう」


「おお、相場の六掛けではないか!」


 ジェドラ父は拳を作って握りしめた。七〇ラントだった小麦相場は今、一三〇ラントに値上がりしている。今から爆益、更に値が上がるので、更に爆益。爆益の未来しか無いのだ。ジェドラ父の興奮が収まらないのも無理はない。


「グレン。だからアルフォードさんの帰還を待ってからと言ったのだな」


 若旦那ファーナスの方は俺を見てそう言った。嬉しそうな顔をしている。ファーナスは毒消し草と小麦という往復で爆益が約束されているのだ。爆益なのか、より爆益なのかは自らの腕次第である。


「私の話は以上だ。次はグレン、お前の番だ」


 ザルツから振られた。俺はジェドラ父と若旦那ファーナスが着席するのを待ってから話を始める。


「実は貴族間で『貴族ファンド』創設の噂が立っております」


「『貴族ファンド』だと!」


 シアーズの目が鋭くなった。皆、色めき立つ。


「しかし、焦げ付くリスクが高いファンドを今更作ろうという意図はなんだろうか?」


「やはり『金融ギルド』への対抗か? 誰が作るのか」


 訝しがるジェドラ父と若旦那ファーナス。シアーズが口を開く。


「フェレット商会。あそこしかない」


 シアーズの言葉に場が固まった。さすがガリバー。フェレットの存在感は大きい。


「しかしカジノで稼げなくなったからといって、方向転換で貴族って対応できるのか?」


 ジェドラ父が疑問を呈する。そうなのだ。俺も同じことを思っていた。だからシアーズに話を聞いてもらっている。そのとき若旦那ファーナスが思わぬことを口走った。


「そういえば最近、フェレットが倒れたという噂が流れているな」


 なんだと! フェレットが倒れただと。それでフェレットの動きが鈍かったのか?


「代わりに娘が仕切っているという話もあるが本当か?」


 シアーズが真剣な面持ちで話す。娘とな。一体、フェレットで何が起こっている!


「フェレットの娘とは? よくそれで『領導家』が黙っておるな」


 若旦那ファーナスが珍しく顔をしかめた。ファーナス曰く、フェレット商会の当主は『領導』と呼ばれ、フェレットの名を持つ一族のことを『領導家』と称するそうだ。さすがガリバー、呼称から違う。ファーナスが言いたかったのは「女が実質トップに立っているのに誰も文句が出なかったのか?」といった辺りか。


「フェレットの娘といえば、ウィルゴットよ。お前の同級生だったな」


 はぁ????? そんなに若いのか! ジェドラ父に振られたウィルゴットは露骨に嫌そうな顔をしている。俺は聞いた。


「名前は? どんな奴なんだ?」


「ミルケナージ・フェレット。顔はいいが、頭脳明晰、文武両道のイヤな奴さ」


 ミルケナージか。どんな奴かは知らんが、口調から察するに相当デキそうだ。このミルケナージ、おそらく俺、いや俺達と確実に対峙するだろう。俺は外れることがない予感がした。

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