160 『絶縁』
「絶縁。絶縁ならコルレッツ家は差し押さえを回避できる。だが・・・・・」
絶縁。現実世界では家族間の言い争いにしか過ぎない言葉だが、こちらの世界は違う。エレノ世界における絶縁は法に基づくもの。仮に絶縁が成立すると、血縁的には家族であっても完全な他人として扱われることになる。その絶縁の手続きをするのは他ならぬ教会。
「まだ学生のジャンヌ・コルレッツに巨額の借金を背負わせるには・・・・・」
俺の意図を察したデビッドソン司祭は「絶縁」という手段に躊躇しているようである。教会の手続者というだけではなく、子を持つ親としての躊躇であろう。だがデビッドソン司祭は見たところ合理主義者。情よりも理でモノを考えるタイプの人。だから俺は本当の事を説明した。
「その点に関しては大丈夫ですよ。あいつは長期休学中、一〇〇万ラント以上稼いでいましたから」
「なんと!」
デビッドソン司祭は唖然としている。フレディもリディアも驚きのあまり声が出ない。
「是非ウチで働いて欲しいと探している人もいるくらいなので、六〇〇万ラント程度、半年ぐらいで返せますよ、あいつは。但し・・・・・」
俺は一呼吸置いた。
「学園を辞めないと稼げませんが」
「そういうことか。これで話が繋がったよ」
デビッドソン司祭が絶縁を実現するために行うべき手続きを示した。まずコルレッツ家がジャンヌ・コルレッツを「絶縁」すること。貸金業者が借主をコルレッツ家の当主からジャンヌ・コルレッツに変えること。教会側で「絶縁」を受理し、大聖堂で承認を得ること。そして大聖堂からの承認を得た「絶縁」を学園に届け出ること。
「どうして絶縁を学園に届け出るのですか?」
「届け出た時点で生徒の資格要件を喪失するからだよ」
俺の疑問にデビッドソン司祭は答えてくれた。王立付属サルンアフィア学園の入学要件には保護者規定があって、保護者がいないと入学も在学もできないらしい。これをコルレッツに当てはめると、絶縁された時点で保護者が不在となり在学要件そのものを失ってしまう。よって退学以外に道はなくなるというのである。流石は合理主義者。ソツがない。
(実質的な抹殺だよな、これは)
我ながら法というか、規則というか、デビッドソン司祭のようにその道に長けた人がスマートに物事をつなぎ合わせると、悪意がなくとも、かくも恐ろしい事が出来てしまうことに驚きを禁じえない。人間は日頃より自制する心が必要である。
「一つ、問題がある。コルレッツ家の人々が「絶縁」に応じるかだ。何があろうと家族は家族。いくら膨大な借金があるとはいえ、そのまま応じるとは・・・・・」
「確かに・・・・・ 親としての情がありますから」
全くその通りだ。デビッドソン司祭の言う通りである。デビッドソン司祭も俺も親だからな。むしろコルレッツの両親が「その通りですね」と言って応じられた方が引いてしまう。俺とデビッドソン司祭が親としての立場でモノを考えていると、息子の立場であるフレディが口を開いた。
「父さん。それをやらなきゃ誰も救えないよ。親だ子だという前に、これはやらなきゃいけないんだ」
フレディは若いな。子供を持ったらなかなかそうはいかないんだよ、これが。それが子にとっていいことなのか、悪いことなのか、選択に迷いが出るからな。事実、フレディの言葉に目を瞑って腕組みするデビッドソン司祭だってそうなんだ。考えるのは易しであっても、実際の行動となるとそうはいかん。
「まずはやらないと話が進まないよ!」
「なるほどな。確かにそうだ。よし、すべきことは決まったな。今からコルレッツ家に行こう」
息子の言葉で目を開いたデビッドソン司祭の言葉に、俺たちは皆頷いた。
――俺とフレディとリディア、そしてフレディの父親であるデビッドソン司祭を乗せた高速馬車はスティーナ地方にあるコルレッツ家に向かっていた。スティーナ地方はチャーイル教会があるアムスフェルド地方の隣にあり、しかもチャーイルが両地方の境にあるため、比較的近い場所なのだという。
デビッドソン司祭は初めて乗る高速馬車の乗り心地に驚いている。速さといい、居住空間といい、馬車とは思えないと感心していた。俺はそのデビッドソン司祭に、どうしても聞きたいことがあった。『召喚』についてである。俺が『召喚』について口にするとビックリした感じであったが、デビッドソン司祭は快く話してくれた。
「『召喚』とは神様をお呼びする儀式とされているが、本当は新たなる魂を招き入れる儀式なのだ」
「新たなる魂とは・・・・・」
「この世の他に存在する魂の事を言う」
え! エレノ世界以外からの魂とな。ええと、それってもしかして俺のことか?
「その魂を呼んでどうするのですか?」
「お住みいただく。お住み頂いてこの世界の空気を入れ替えていただく」
・・・・・なんだその理由は。外圧で世界を変えようと言うのか?
「それが出来ているのかどうかについて、いかなる方法で確認されているのですか?」
「確認する方法なんてないんだ。だから分からないんだよ・・・・・」
なにぃ! なんていい加減なんだ! 流石安定のエレノ世界。教会もご多分に漏れずエレノパターンやんか。
「『召喚』の儀式を行う感覚は決まっているのですか?」
「いや。それは毎年の占いで決まる。この前儀式をしたのが六年前。そのとき私も参加したのだが、誰も儀式をやったことがなかったので大変だったよ」
「どうして誰も?」
「いや、前の儀式が三百年以上前に行われて以来、一度も行われていなかったものだから誰も儀式の方法を知らなかったのだ。私も貴重な体験をさせてもらった」
信じられん・・・・・ 三百年間も儀式が行われなかったなんて・・・・・ しかしどうして急に『召喚』せよ、と占いが出たのだろうか? 聞けば聞くほど謎すぎる。俺はこの『召喚』の儀式で呼ばれたのかどうかすら分からない。何ともスッキリしない話である。俺とデビッドソン司祭が『召喚』の話をしていると、馬車はコルレッツ家に到着した。
コルレッツ家はなかなか立派な家だった。造りからして典型的な地方地主の家である。普通に暮らしていくのには十分な資産を持つ家だというのは一目瞭然。アイツはこの家の何が不満だったのか。俺たちとデビッドソン司祭はコルレッツ家の玄関に立った。ノックして出てきたのは俺と同じくらいの少年、というか青年だった。もしかしてジャックか?
デビッドソン司祭が名乗りを上げ、現在コルレッツ家が抱える借金について話があると伝えると、青年は慌てて家の廊下を引き返し、主人と思しき中年の男を連れてきた。
「ベイジル・コルレッツです」
頭を下げた中年の男に、まずデビッドソン司祭が話をする。例の『神の巫女』についての話だ。頷いて聞くコルレッツ家の主人。ただ借金総額に話が及んだ際、顔色が変わった。
「そ、そんな額に・・・・・ とても、とても・・・・・」
コルレッツ家の主人は頭を振った。青年の方は肩を落とし目線を下に向けている。もしかしてコルレッツ家の面々は全容を知らなかったのか? デビッドソン司祭が、商人服を纏った俺を紹介した。
「こちらにいますアルフォード商会の者が借金について相談に乗ると申しております」
「グレン・アルフォードと申します」
「大手商会の・・・・・」
どうやらアルフォードの名は、この辺りにも届いているらしい。王都ギルドの加盟というのは凄いことなのだ、と改めて思った。話を聞いたコルレッツ家の主人は納得したようで俺たちを家の中に招き入れ、応接間に通してくれた。そしてコルレッツ家の主人の妻を交えて我々との話し合いが始まった。
コルレッツ家側からは主人のベイジル、母のセシリー、長兄のジャックの三人。一番初めに俺たちを応対したのはやはりジャックだった。ベイジルとセシリーはジャンヌ・コルレッツの両親で間違いない。こちらはデビッドソン司祭と俺。その後ろにはフレディとリディアが座る形となった。話をするのは司祭と俺である。
「確かに我が家は今、返済にも困るような有様で、差し押さえに怯えておる日々。そこに更なる借財と来ては・・・・・ どうにもなりません」
主人ベイジルは肩を落とした。妻も長兄も俯いたままで何も言わない。デビッドソン司祭が主人と話を始め、事情が分かってきた。コルレッツ家が通うナニキッシュ教会のサルモン司祭という人物が、ジャンヌ・コルレッツのことを『神の巫女』であると告げに来たことから話が始まった。
『神の巫女』にはそれにふさわしい教育が必要だとサルモン司祭に指摘され、サルンアフィア学園への進学を勧められた。ただその為には相応の費用がかかるが、ジャンヌ・コルレッツの強い願いと家の誉れだからと受容する事にしたというのである。
「ジャンヌは王都に出たら『神の巫女』になって借金ぐらいすく返せるようになるから、と・・・・・」
母親のセシリーが事情を話してくれた。あいつ、口だけは本当にうまい。家族も言いくるめてやがる。
「『神の巫女』は金銭で動かすような役職ではございません」
デビッドソン司祭は指摘した。神官が言うのだから間違いない。俺は口を開いた。
「『神の巫女』の代金が、六〇〇万ラントということですか・・・・・」
話を聞いた俺が呟くと、コルレッツ家の面々は絶句した。
「・・・・・そんなにも・・・・・」
絶句するジャック。俺は話を続ける。
「カネは借りた瞬間から金利がつく。今の状態では一ヶ月放置するだけで一五万ラント増える。一年放置したら二〇〇万ラント。合わせて八〇〇万ラントになる。だから今ここで、手を打つしかない」
「・・・・・我が家にはもはや払える財はございません・・・・・」
「家と借金を切り離すのです。それで回避できます」
「そのような方法があるのですか!」
デビッドソン司祭の言葉に主人は取り縋った。
「はい、方法はあります。ジャンヌ・コルレッツを「絶縁」することで回避できます」
デビッドソン司祭の言葉に全員が顔を上げた。
「今回の借金の原因は全てジャンヌ・コルレッツにあります。ですのでジャンヌ・コルレッツが負うことで、コルレッツ家の借金は回避できます」
「そ、それは・・・・・」
デビッドソン司祭の話に主人ベイジルは躊躇している。当たり前か、家族だからな。情もあるだろう。が、相手にはそれはない。
「分かってはおりますが、そこまでは・・・・・ とても・・・・・」
母セシリーも母性だろうか、良心が咎めているようである。
「今、選べる選択はこれしかありません」
ハッキリと言い切るデビッドソン司祭。この人は、こうやって懺悔とか説教とかで相手の逃げ道を無くしてしまうのだろうなぁ、と思った。ハッキリ言ったらやり手司祭だ。
「ですが家を追い詰めたとはいえ、我が子・・・・・」
主人ベイジルはジャンヌを庇う。多額の借金があるとはいえ、いきなりの「絶縁」はやはりハードルが高いか。借金苦で明日をも知れぬ身であろうと、家族の情を断ち切るなんて簡単な話ではない。たとえ娘が悪いと分かっていても。ましていきなり押しかけてきた俺たちに迫られてなら尚更か。「絶縁」話は俺やデビッドソン司祭の危惧通り、難航した。
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