146 再建計画

 バーガー信用のバーガーが応接室を後にしたことで、近隣の貸金業者との全交渉が終わった。九業者中八業者がこちらの提示した条件に応じ、計一億一二〇〇万ラントの追加融資を受けることに成功した。後は王都の十四業者に同意して貰えば話が纏まる。


「グレンはいつもあんな交渉しているの?」


 リディアが邪念なく聞いてくる。交渉ってのは纏まる、纏めるもんであって、決裂したものを指すんじゃない。


「あそこまであからさまに決裂したことはないな」


「だから激しかったんだ」


 フレディは納得したように頷いている。ロシア帽ウシャンカのチョンオンとの交渉を見てのことだろう。確かに目先に拘りすぎるチョンオンとは激突したことは事実。しかし、ただ感情的になって衝突しただけではない。思惑があっての事なのだが、それについては説明しなかった。


「バーガーに組合を勧めておったが、あれは」


「こちらの地方にも貸金業界の秩序があった方がいいと思いまして」


「「ロシア帽ウシャンカは抜きとして」か?」


 ボルトン伯の説明に俺は首を縦に振った。


「そこまでしなければならない事か?」


「ならない事です」


「何故・・・・・」


ロシア帽ウシャンカを抜きとしなければ、同意した他の業者に示しがつきませんから」


「!!!」


 ボルトン伯は固まった。


ロシア帽ウシャンカを許せば、他の業者が手の平を返しかねない。他の業者が「手の平を返そう」と考えない程度の措置を取らなければなりません」


 考えない程度、とはすなわち廃業一択。誰も潰されるリスクは取りたくはない。応じぬ業者が飛び跳ねるようでは、ボルトン伯爵家の財政再建など不可能。一旦は応じた業者が、いつ手の平を返して資金の引き上げに入るか知れたものではない。大切なことは業者にそういった類の発想をさせないことだ。


「確かに手の平を返されれば困るが・・・・・」


 ボルトン伯はイマイチ気が進まないようである。ボルトン伯からしてみれば「敵には死を!」とやっているようにしか見えないだろうからな。だがしかし、これは商人界の掟。王都ギルドではフェレット=トゥーリッド枢軸と三商会が角を突き合わせているし、レジドルナではレジ派とドルナ派が睨み合っているのだ。


「まぁ、後は近隣の業者達が判断することで、我々がするわけではありませんから」


「商人の世界というのは、我々貴族の世界とはまた違うものが渦巻いておるのだな」


 俺の見なかったことにしろという暗喩にボルトン伯はそう答えた。ボルトン伯は争いや策略を好まぬ人物であるようだ。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では中間派貴族を纏め上げ、宰相ノルト=クラウディス公に止めを刺して失脚に追い込んだと描写されるボルトン伯。そのボルトン伯と同一人物であるようには、とてもではないが思えない。


 何かある。いや、ゲームの方のシナリオで何かがあった。そう見るべきだろう。というのも名門貴族としての矜持や、一族に対する憐憫の情であるのを見る限り、ボルトン伯には中間派貴族を纏め上げるだけの度量を持っているからだ。しかし、人のトドメを刺しに行くという野心家であるとか、策略家であるという面は全く感じられない。


 ちょうどそのとき、応接室のドアが開いた。見ると鉱山代官キコイン男爵とアーサー。晴れやかな顔のキコインと、グロッキーなアーサー。昨日からキコインより領内の鉱山事情についてレクチャーされていたアーサーの様子を見ると、その内容はどうやら魂を抜かれるレベルのものであったようだ。


「嫡嗣様には、領内の鉱山について最低限・・・ではございますが、お伝え致しました」


「・・・・・・・・・・」


 キコインの言う「最低限」は、アーサーにとって異世界レベルのお話だったのは、ポカーンとなったアーサーを見れば分かる。何れにせよキコインのテンションを見る限り、いきなりマックス状態で教示されたのは間違いない。


「サイモンよ。時間がない中、よく息子に教えてくれた」


「未来の主様にお教え出来ましたこと、光栄でございます」


 ボルトン伯の言葉にキコインは感激しているようだ。高揚しているキコインと無表情のアーサー、陰陽のコントラストが激しい。主を見ていたキコインは、こちらの方を向いた。


「アルフォード殿、昨日のご無礼の数々お許し頂きたい。僭越ながら、嫡嗣様をお助けし、主家の窮状をお救い下さい」


 キコインが俺に向かって非礼を詫び、深々と頭を下げた。どのような心境の変化か俺には測りかねるが、主家であるボルトン家の事を思っての事であることは間違いない。


「アルフォード殿。サイモンの非礼は主の責任。お許しくだされ」


 ボルトン伯は俺に頭を下げた。キコインはただただ恐縮している。本当に堪えているようだ。

 

「どうかお気になさらずに。キコイン男爵が部外の者である私に嫌悪感を示すのは、むしろ当然こと」


 ボルトン伯に向かってそう述べることで、俺にキコインへの敵意がないことを示す。もちろんそうさせるためにボルトン伯が言っている訳で、その辺り、阿吽の呼吸の三文芝居と表現しても良いだろう。


「もし主家が危機を脱すれば、銀鉱に手が出せるやも知れませぬ」


「銀鉱とは?」


 キコインの言葉に思わず反応した。


「実は未開発の山があるのです。もし山を拓く資金ができれば主家の財政を支える山にあるはず」


 なんと! まだそんなところがあるのか。これはワロスと話し合い、良き方法を考えても良いかも知れぬ。


「サイモンよ。そのような山があったのか」


「はい、ございます。今の銀鉱以上に掘り出せるのではと。というのも、少し掘るだけで出てきます故。これまでは資金がかかると諦めておりましたが、もし出せるとあらば・・・・・」


「おおっ・・・・・」


 キコインの説明にボルトン伯も驚いている。まさか未開発の鉱山があるなんて、想定なんかできないよな。普通、調査をして有無が分かるというもの。ボルトン伯爵領は本当に恵まれた土地だ。


「その山に関しては一度『投資ギルド』の方に話を回してみましょう。条件が合えば開発を始めるということで」


 キコインは宜しくおねがいします、と頭を下げると応接室を下がった。ボルトン伯は俺に改めて頭を下げた。


「債務処理から領国開発、何から何まで世話になってすまない」


「全ては領国に関わるもの。ですので一体のものとして行わなければならないのです」


 俺はボルトン伯にそう説明すると、抜け殻となっているアーサーに聞いてみた。


「どうだったアーサー。鉱山の話は?」


「・・・・・死んだ・・・・・」


 さまようヨロイとなっていたアーサーは、昨日キコインと共に応接室から出た後のことを話し始める。キコインは所領内にある鉱山の位置から、開発経緯や鉱山の変遷、産出量や労働者数など、怒涛のようなレクチャーが行われたらしい。昨日は深夜まで、今日は早朝から今までそれを受けて白く燃え尽きたと、アーサーはため息交じりに語った。


「で、どう思った?」


「当主というものは大変な仕事なのだと思った」


 アーサーは真顔で言った。そりゃそうだよな。自分で全て把握して指揮を執ろうと思ったら身体や頭がいくつあっても足りない。まぁ、アーサーが当主の仕事と向き合う機会になったと思えばいいだろう。


「アーサーよ。いきなりの話だったが、よく学んでくれた。アルフォード殿と共に交渉の方、頼むぞ」


 ボルトン伯は力強く言うと、アーサーはうなだれるように頭を下げた。それを見て俺は「最大の勝者はボルトン伯じゃん」と確信する。だって、本人は立ち会って話を聞いているだけで、みんなに動いてもらっているのだから。しかし、人に動いてもらえるというのが人望というもの。ボルトン伯の強みとは、この人望を持っている点なのである。


「グレン。お前の方はどうだった」


「ああ、こちらの方は終わったよ。後は王都に戻るだけだ」


 それを聞いたアーサーは安堵の表情を浮かべた。アーサーにとっては所領で家臣にしごかれるより、王都の学園に居たほうが気が楽か。俺はアーサーに今日の交渉について、より詳細に説明した。


「今日、近隣の貸金業者が合わせて一億一二〇〇万ラントの新規融資に応じてくれた。各業者からのこれまでの融資と合わせて一本化すること、金利を二八%とすること、元本返済三年据置という条件にも同意してくれたよ」


「そんな額をそんな条件で!」


「後は王都の十四の貸金業者に同じ条件に同意してもらうだけだ」


 驚くアーサーにそう話すと、ボルトン伯が訊ねてきた。


「王都の業者からも融資を貰うのかね」


「はい。合計一億五八〇〇万ラント程を調達する予定です。合わせて二億七〇〇〇万ラントが手元に入る予定となります」


「え!」

「なんと!」


 アーサーもボルトン伯も唖然としている。明日返済するカネにも事欠いていたところに、いきなりボルトン伯爵家の歳入の七割相当に当たる資金が突如として現れたのだから当然の反応か。


「もちろんその中から、当方に対する成功報酬一三五〇万ラントをお支払いしていただかねばなりませんが、それでも二億五六五〇万ラントございます」


「不可能な事を可能にしておるのだから、報酬を支払うのは当然のこと。が・・・・・」


 ボルトン伯の言葉が止まった。


「それだけでは足りぬ」


「いえ、私めは商人故、契約の履行で十分でございます」


「いや、それはあくまで資金調達の話。領国開発の助言は別だ」


 まぁ、それはそうなのだが債務処理を行うには、債務額に応じた領国の歳入を増やさないと本質的な問題は解決しない訳で、そこに手を入れていかなければならないのは当然の成り行き。一体のものだ。


「私はこれまで学園内でアーサー、ボルトン卿より再三再四、助勢をいただきました。それをこのような形でお返しすることができましたので、私は満足しております」


「そうか・・・・・ ならばアルフォード殿、我が家と誼を結ぼう。万が一、君に何かがあるとき、我がボルトン家は微力ながら一門を上げて尽くそうぞ」


「は、光栄にございます」


 ボルトン伯からの言葉に俺は素直に頭を下げた。

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