129 五振りの商人刀
アルフォードの衛星商会アルトネラを使って、ドルナ側の商会に毒消し草の買付依頼の飛び込み営業を掛ける。飛び込み営業は現実世界でも成功率は低いとされる営業方法。いわゆる「仲立ち」や「紹介」等、仲介者を間に入れて営業を掛けるのが一般的。ましてギルド社会であるエレノ世界では、その傾向はより強い。本当に大丈夫なのか。
「正確には掛ける
リサはそう付け加えた。トゥーリッドに対し特に反発の強そうな零細商会をドラフィルがピックアップし、そこにアルトネラが買い付け依頼をする。アルトネラが買い付け依頼する際には「ドラフィルに運ばせる」と名前を出し、相手の信用を得ると言う。
「だったらドラフィルが買い付ければいいじゃないか、とならないのか」
「それを聞かれた場合、ドラフィルはムファスタギルドにも加盟しているから
『直接買付』とは商会が、縁もゆかりもない地で直接品物を買い付けすることである。その場合、現地の商会と手を組み品物の買付を行う事が多い。一方、自分が属するギルドの商会と組んで買い付けする場合、直接買付にはならない。余所者からの襲撃蹂躙と見做され、商人界では忌み嫌われる、エレノ世界の不文律の一つ。
ドラフィルは体裁上、アルトネラと同じムファスタギルドのメンバー。たとえドラフィルがレジドルナギルドに加盟していようと、それは重要ではない。振出元のアルトネラが余所者である以上、ムファスタギルドにも加わっているドラフィルが加われば直接買付ではなくなってしまうからである。
つまりドラフィルは、ムファスタギルドのアルトネラと手を組んだ時点で、レジドルナギルドの所属であっても「ムファスタ者」という扱いをされる訳だ。アルトネラが直接買付を行うには、ドラフィルが相手ではいけないのである。現実世界で言えば、製造元が卸でやっているのに、直販をやったら問題となるのと全く同じ構造。
「しかしどうしてドラフィルは運搬を担当する事になったんだ」
買い付けに参加しないドラフィルにどうして運搬させるのかが疑問だった。
「ドラフィル商会をトゥーリッドの目から逸らす為よ。全く顔を出さなかったら逆に疑われるわ。あともう一つは大量の毒消し草を運び出せるドルナ側の業者はドラフィル商会以外、二、三しかないから」
「そんなにドルナ側の商会は貧弱なのか!」
確かドラフィルもドルナ側のギルドメンバーは群雄割拠で纏まりに欠けると言っていたが、予想以上の惨状だ。これはドルナ商人の気質のせいなのか、トゥーリッド商会の統治術のせいなのか。
「それに
他所から入られたくないトゥーリッド商会。毒消し草を直接買付をしたいムファスタ商人アルトネラ。その窓口となるのは零細ドルナ商人。自力で運べぬ零細商人の手助けをするのは、ムファスタにも窓口があるドラフィル商会。それぞれの思惑は完全一致、全て辻褄が合う。なんと都合の良いシナリオだ。こんなものをよく考えたな、リサ。
「だってムキになっている人を引っ掛けるの、面白いじゃない」
・・・・・悪魔だ。このリサの腹黒さはガチだ。こんなヤツを相手にしたくはない。ウィルゴットは興味があるようだが、これだけはハッキリと言える。悪いことは言わぬ、止めておけ、と。
「三人で
ニコニコ顔で恐ろしいことを話すリサ。リサ、ホイスナー、ドラフィル、これからは『ムファスタ三悪』とでも呼ぼう。
「ドラフィルさんが「これで一泡吹かせられる」って話すから言ってあげたの。「一泡じゃなくて
テヘッと悪びれる様子もないリサ。いやぁ、ヤバい。本当にヤバい。トゥーリッドは厄介な相手と戦うことになったな。内心、少しばかり同情した。
「リサ、少し食べよう」
リサが馬車から降りてそこそこの時間が過ぎたので、給仕に頼んで軽い食事とワインを出してもらった。いくらサスペンションが良くなったからといっても馬車は馬車だし、未舗装は未舗装。たとえ馬車酔いしていなくても身体への影響は強い。だから食事を摂るのは馬車を降りてから二時間以上経ってからとなるのである。
「ドラフィルさんはなかなかの人物よ」
「わざわざレティを介して俺に会いに来てくれたくらいだからな」
そうなのだ。ドラフィルには深謀遠慮がある。年端も行かぬレティや俺に対しても「使える」と思えば、躊躇なく頭を下げ、事に従いながら機を窺う事ができる人物。人生経験を積んでもなかなか出来るものではない。
「グレンと顔を合わせて大正解だったと喜んでいたわよ」
晴れてムファスタギルドに加入したドラフィルは、金融ギルドの優先融資保証を武器として急速に商いを拡大しているのだという。やはり商才がある男だっだな。レジドルナにいながら、アルフォード商会に接近するなんてリスクをわざわざ取りに来ただけの事はある。俺はグラスに残っていたワインを飲み干すと、リサに今日の本題を切り出した。
「リサ。今、帰ってきたところで申し訳ないんだが、リッチェル子爵領に行って欲しいんだ」
「えっ!」
リサはワイングラスを持ったまま固まっている。ニコニコ顔もない。素のリサだ。
「レティと同行して欲しいんだ」
「いつ!」
「馬車の用意が出来次第」
「えええええええええええ!!!!!」
この人でなし! とリサに罵られてしまった。
「どうして私なの?」
「レティからの要望だ」
「子爵領はどこにあるの?」
「レジドルナの近くらしい」
リサはいくつかの質問をして、俺が答えた後、沈黙した。考え事をしているのだろう。俺は考えさせないようにするため、今度はこちらから話した。
「レティがな、リサにリッチェル子爵家の帳簿を見て欲しいとの希望だ。陪臣のダンチェアード男爵の分も合わせて見て欲しいらしい。レティの弟ミカエル襲爵の為だ。受けてくれ」
リサはなおも考えている。俺は言った。
「費用は全て俺が出す。存分に使え」
「条件があるわ」
リサが珍しく真顔になった。どういう風の吹き回しだろう。
「レジドルナへの視察を認めてくれるなら」
・・・・・視察。なるほど。近くに行くんだ、無駄はない。大変結構な話ではないか。よほどドラフィルと気が合ったと見える。「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」という。アルフォード家中ではまだ無名のリサが行くことに障害は少ないだろう。
「よし分かった、交渉成立だ」
リサに詳細はレティと詰めるようにと伝えると、俺は自分のグラスにワインを注いだ。ようやく一仕事終わったような気になった俺は、ワインを呷るとリサに言った。
「リサ、ありがとう。レティを頼む」
食事を終えてロタスティでリサと別れた俺は、その足で女子寮に向かいレティ宛の封書を受付に言付けた。リサの了解を得たので打ち合わせの期日を至急知らせて欲しい旨の手紙だ。こんなものメッセンジャーならすぐに終わるのにな、とエレノ世界の不便さを思いながら女子寮を後にした。
――翌日、ロタスティで早めの昼食を摂った俺とアイリは馬車で街に繰り出した。目的は出来上がった商人刀を取りに行くことと、ケルメス宗派の総本山、ケルメス大聖堂を見に行くことの二つ。しかしホントの事を言ったら俺とアイリのデートだ。デートスポットがあまりないエレノ世界だが、それでも楽しそうにしてくれるアイリの振る舞いが嬉しい。
俺たちが最初に向かったのは鍛冶ギルド。前にアイリと一緒に来たとき、『
二人で鍛冶ギルドの中に入って行くと、以前から応対してくれた男が今回も対応してくれた。男は俺を見るなり「はい、これだよ」と五振りの刀を机の上に広げ、俺たちに見せる。
「
鞘や持ち手である
俺がイメージする日本刀とは少し違うが、刀を抜いて刃先を見ると、まさしく日本刀。俺がやっている商人剣術と合っているのか、非常に握りやすい。時に柄頭に手がしっかりグリップできる。エレノ製作者はゲーム上では出てくることがない日本刀の設定を、無意味にもゲームの中にしっかりと練り込んでいたのだ。
「反ってますね」
俺が抜いた刀をマジマジと見るアイリ。日本刀は湾曲している。この反りを使い、少ない力で相手を斬るように作られているのだ。アイリはじっと見ながら、刀に浮かんだ「しましま」は一体何なにかと聞いてきたので「
俺は一本一本鞘から抜いて刀を確認した。それぞれ反りや刃文に微妙な違いがある。
「
縁頭って何かと聞いたら、柄の両端、鍔の縁と柄の頭の部分に付ける金属製の「押さえ」のことで、ここに様々な装飾を施すのだという。なるほど、それはいいと思い、図案を考え、後日彫金師の元に訪れる事とした。俺は五振りの刀を【収納】すると、男に礼を言って、アイリとともに鍛冶ギルドを後にした。
「前に行った個室カフェに寄ろうか」
俺はアイリを誘った。するとアイリは「やったぁ~♪」と両手で俺の腕を掴んできた。
(む、胸が当たる・・・・・)
今日のアイリはいつも以上にテンションが高い。こんなボディタッチも今日が初めてだ。アイリの胸も中々の大きさがあるというのは確認できたが、そんなものは重要じゃない。嬉しくない訳がないのだが、何があったんだ、アイリ。
アイリは俺と腕を組んで、一緒に個室カフェに向かう。すごく嬉しそうなアイリ。何というか、距離感が一気に縮まっているような気がする。アイリのテンションは個室カフェに入っても変わらなかった。店に入るなり一番大きなショコラパフェを注文すると、巨大なパフェを俺とアイリの間に置き、なんと俺にパフェを食べさせようとしてきたのである。
「はい、あ~んとして♪」
アイリの言葉に思わず口を開けてしまった俺。アイリが持ったスプーンが俺の口の中に入ってくる。こ、これは。まるで付き合っているような感じじゃないか!
「今度はグレンが食べさせて」
アイリがスプーンを回してきたのでパフェをすくって、アイリの口の中にスプーンを持っていくとパクリと食べた。またこの仕草が可愛い。すると今度はまたアイリがスプーンでパフェをすくって、俺の口の中に入れてきた。そして今度は俺がスプーンでパフェをすくってアイリの口の中に。何か大変な事をやってないか、俺たち。
(こ、これじゃ俺たち、まるでバカップルだ・・・・・)
俺は何とも言えない嬉しさと、何とも言えない戸惑いと、何とも言えない喜びと、何とも言えない不安がかき混ぜられた、今まで味わったことがない感覚に包まれた。
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