100 二重ダンジョン

 トーマスとシャロンが家からクリスの元に出仕してきたのは翌日の夕方の事だった。自宅で二日間家族水入らずで過ごした二人にとっては価値有る帰省だったようである。俺は戻ってきた二人が不在の間にあった『女神ヴェスタの指輪』の顛末を話した。


「お嬢様、これではいくらなんでも分かりませんよ」


「もしグレンがいなければどうされたおつもりで・・・・・」


 トーマスとシャロンはそれぞれクリスに問いかけた。クリスの方は不機嫌になるかと思えば、神妙な顔をして「二人が言うことはもっともだと思います」と答え、その上で今後気をつけますと言いながら頭を下げた。この主君の素直な態度に二人の従者は何も言えるような状況にはなく、半ば受け入れるしかなかった。


「明日の予定を申し上げます」


 クリスはしおらしかった先程までとは打って変わって、堂々とした立ち振る舞いで従者に予定を告げた。明日の早朝、警備の衛士と共に馬車二台に分乗し、目的のダンジョンが近くにあるシャダールに向けて出発することと、衛士らを外に置き、俺と従者二人でダンジョン内を入ることを告げた。


(トーマスとシャロンにはあれを言わないのか?)


 俺はそう思ったが、クリスに任せることを同意した手前、言えることは何もない。クリスの言うことを俺は黙って聞いた。クリスが話を終えるとシャロンが口を開いた。


「お嬢様、お約束下さい。くれぐれも危険なことは・・・・・」


「グレンにも約束させられました」


 シャロンの言葉を途中で遮った。有無を言わせぬクリスの口調にシャロンは言葉を呑み込むしかなかったようである。何か言いたそうだったトーマスも黙ってしまった。


「ですので明日に向けての準備をお願いします。皆さん宜しく」


 クリスは話を打ち切るようにそう告げた。二人の従者は黙って下がる以外の選択肢を持ち得なかったのである。


 翌日、俺とクリス、二人の従者に衛士フィーゼラーを中心に若い五名の衛士、二名の御者の総勢十二名でシャダールのダンジョンへと向かった。


 車中で俺は二人の従者に侍女メアリーについて聞いてみた。二人は自分たちの暇の間にメアリーが出てきた事を驚いていたが、メアリーの存在について改めて正すとシャロンが答えてくれた。


「パートリッジ様が公爵閣下の従者として学園に通われておられましたので、私も従者としての指導を受けました」


「ということは、トーマスとシャロンがクリスの従者であったように、フィーゼラーの父親とメアリーが公爵閣下の従者だったんだな」


「ええ。メアリーは独身を通して私たちに仕えてくれているの」


 クリスがそう教えてくれた。メアリーは閣下、亡くなった公爵夫人、そしてクリスの三人に仕えた、文字通りノルト=クラウディス公爵家に尽くしている人物だということが分かった。まさに従者の鑑というヤツだ。そんなことを思いながら、ふと外を見る。道の両脇には黄金こがねに輝く麦畑が広がる。一見何どこにでもある、のどかな田園光景。


 エレノ世界の小麦は『春小麦』である。春に撒いて秋に収穫する。秋に撒いて初夏に収穫する『秋小麦』は栽培されていない。どうしてなのかは分からないが、エレノ世界で小麦と言えば『春小麦』を指す。その麦が黄金色に変わるということは収穫期が近いのだが、その割に穂先が膨らんでいない。


(何か穂先がおかしい)


 馬車の速度が遅いので、十分目視できる。実が膨らんでいないのが分かるのだ。こういう場合、収穫量が少ない。昔、農作物の買い付けについての研修で、作物の出来不出来について学んだことがある。身が膨らんでいない小麦は出来が悪いと。高速馬車に乗っている時には気付かなかった。速くてそこまで見えなかったのだ。これで本当に大丈夫なのか?


 クラウディス城を出て三時間余り、シャダールのダンジョン近くに到着した。ここからは徒歩での移動となる。馬車を逗留できる場所を確保し、御者と衛士二名を置いて、俺たちとフィーゼラー他三名の衛士と共に目的のダンジョンに向かった。


 ダンジョンは地図のおかげもあって比較的容易に見つかった。馬車との距離は三十分程度、結構近い。クラウディス地方に限らず、ノルデンは基本的になだらかな地形だ。だから歩くと言っても、そこまでの高低差がなく、息が上がるということもない。


「これよりダンジョンに入ります。フィーゼラー、貴方は他の衛士と共にここで警備をお願いします」


「し、しかしお嬢様・・・・・」


「フィーゼラー! これは命令です」


 有無を言わせぬ悪役令嬢モードでクリスは言い放った。フィーゼラー以下同行の衛士はクリスの意に従うしかなかった。俺は【収納】で椅子を四脚出して、座りながら待っていてくれとフィーゼラーに声を掛けた。


「なんだ今のは?」


「商人特殊技能【収納】だ。ああやって道具を取り出せる」


 便利な能力だな、とフィーゼラーは感心している。俺は万が一、呼び出しがあれば直ぐに動いてくれと伝えた。


「行きましょう」


 クリスの声に従い、俺と二人の従者はダンジョンを進んだ。するとしばらくして、従者トーマスが歩きながら言った。


「モンスターはいませんね」


「ああ、商人特殊能力【威嚇】で出てこない」


「そんな能力もあるのですか?」


 もう一人の従者シャロンが驚きの声を上げたので、最近取得したことを説明しておいた。そしてモンスターと全く遭遇しないまま、俺たちは外に出た。冒険者ギルドのビリケン男が言っていた『中庭』だ。


「うわぁ、明るいなぁ」


「ここが最終地点ですか?」


 トーマスとシャロンが周りをキョロキョロと見渡す。周りを崖に囲まれた窪みの中にいるような、木漏れ日が差す奇妙で幻想的な光景。二人の従者はその光景に気を取られていた。その二人の名をクリスは呼んだ。


「トーマス、シャロン」


「はいお嬢様」


 二人は全く同時に発声した。男女混声の返事は見事に調和している。


「二人にはここに残ってもらいます」


「!!!!!」


 従者たちは主君のいきなりの言葉に絶句して声が出ない。


「『女神ヴェスタの指輪』を守るドラゴンが強くて、貴方達のレベルでは一撃で死に至ります。ですからここに残って下さい」


「何を言っているのですか!」

「お嬢様! でしたらおやめ下さい!」


 トーマスとシャロンはクリスに詰め寄った。だがそんなことで動じるようなクリスではない。


「私はグレンと一緒に『女神ヴェスタの指輪』を取りに行きます。二人は残って待っていて下さい」


「トーマス、シャロン。済まないが待っていてくれ。危険なら直ぐ引き返す」


「ですが・・・・・」


「私が約束します。ですので二人共待っていて下さい」


 有無を言わさぬ悪役令嬢モードで迫るクリスに二人の従者は無言にならざる得なかった。俺は【収納】で椅子を出して、トーマスとシャロンに待ってもらうように頼んだ。


「何もできなくて済まない。頼む!」

「グレン、お嬢様をお守り下さい」


 二人は俺に頼んできた。俺は頷くとクリスと共に、次のダンジョンに向かって二人の従者のいる『中庭』を立ち去った。


「けっこう下に降りるのね」


 クリスは呟いた。確かにそうだ。これで五層目。先程のダンジョンは三層だったことを考えると深い。今まで幾つかのダンジョンに入ったが、奥深いダンジョンはあっても、このように下に深いダンジョンは初めてだ。そして今度は螺旋階段。


「どこまでいくんだろうな」


「そうね」


 俺たちは螺旋階段をゆっくり下りた。下りた先にはそこまで広くないがホールのようなスペースが広がっている。


「この場所はなに?」


 クリスの疑問に俺は答えることができなかった。というのもこのダンジョン自体、ゲームには出てきていないモノ。大体『女神ヴェスタの指輪』を取りに行くイベントそのものがないのだから、俺にとっても未知の世界だ。ホールを抜け、奥に続く通路に差し掛かったとき、突然激しい揺れが俺たちを襲った。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺の後ろで地べたをしゃがみ込むクリスの元に、とっさに駆けつけ片膝をつけた。


(な、なんだこれは???)


 地震? いやエレノ世界に来てから一度も地震に合ったことはない。クリスは恐怖からか、体をガタガタと震えている。よく考えたらクリスは地震の体験がない筈。そりゃ怖がるのも無理はない。


(これは引き返した方がいいか)


 そう思っていると揺れが収まっていく。そして揺れは止まった。


「お、お、終わったの・・・・・」


「そのようだな」


 震えるクリスを俺は引き上げ、そのまま立たせる。


「あれは・・・・・ なに?」


 その時、クリスが呟いた。俺はとっさに振り返った。


「あれは一体・・・・・」


 クリスの視線の先を見ると、ダンジョンの壁面の隙間から強い光が発されている。あれは何だ!


「・・・・・ちょっと見てくる」 


 クリスにはこの場にいるように伝え、壁面に近づき、強い光を発している隙間を覗き込んだ。


「ああああああああああああああああああ!!!!!」


 強い光の先には『東京スカイツリー』が見えていた。

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