099 冒険者ギルド
サルスディアの冒険者ギルドの内ドアが開くと、そこにはビリケン頭の短躯の男が立っていた。なんでビリケン! 俺はあまりのことに唖然とした。まさに安定のエレノ。これぞエレノ設定だ。どこからこんな知識を持ってきたのか。昔、大阪の通天閣というところに連れて行かれて見たことがある像。あの
そのビリケン頭はそそくさとドアの鍵を閉めると、俺を奥の部屋に通し、椅子に腰掛けるよう促してきた。これは取引内容を聞くという合図で、まずは第一関門突破という事である。こういうところに来る場合、大体において「紹介文」を持ってくるのは普通で、今回のような「飛び込み」は警戒されるのでやらない。ただ今回は出先だから仕方がない。
「アルフォード商会の御曹司がいきなりこんな場所に何用だ?」
ビリケン頭が俺を品定めするような目で見てきた。俺はその視線を完全無視で言う。
「『
「『
短躯の男の顔色が変わった。コイツ、知っているな。
「サルスのどこかにあるよな。どこなんだ?」
「・・・・・」
ビリケン頭は沈黙する。要は「出せよカネを!」なのである。これがエレノ世界の冒険者ギルドの流儀。
「もちろん出すぞ、対価は。アルフォードだからな」
ビリケン頭がピクリと動く。よし、具体的な金額だ。
「五万ラントでどうだ。お前には別口で更に出す」
「・・・・・別口って・・・・・」
「三万ラントだ」
「よし分かった!」
男は勢いよく立ち上がった。一旦部屋を出てしばらくすると、何やら紙を持ってきている。あれは地図だ。
「サルスディアよりアルムスメラに向かう道の途中にシャダールという町がある。その近くにあるダンジョンだ」
ビリケン頭は地図を広げて俺に説明してくれた。アルムスメラは知っている。モンセル近くにある街だからな。あそこからノルト=クラウディス領に入るんだ。俺は初めてそれを知った。
「シャダールには宿はあるのか?」
「シケた宿しかねぇ」
それじゃ、クリスやシャロンを泊められないな。
「ここからシャダールまでの距離は」
「馬車で大体四時間だ」
そうか。約三十キロ先か。日帰り強行軍で行ったほうが良さそうだな。そんなことを考えているとビリケン頭が何か言いたそうだ。コイツ・・・・・
「よし、別口で二万ラント出そう」
「そう来なくっちゃ!」
ビリケン頭はよっしゃ! と拳を握りしめた。これだから商人気質は・・・・・
「あのダンジョンは二重構造になっている。途中、一回外に出るんだ。みんな中庭と言っている。そこまでは簡単にいける。だがその後が・・・・・」
ビリケン頭の口が止まった。何かあるようだな。
「次のダンジョン奥にはやたら強いドラゴンがいる。レベルの低い奴だったら装備を持っていてもイチコロだ。レベル二十以下は即死する」
「・・・・・」
乙女ゲーム『エレノオーレ!』で描かれていた守護獣とはドラゴンの事だった。リアルエレノにおいて、確かにいるとは聞いていたがこんなところにいるなんて。『
「今まで倒した奴はいねぇ。みんな倒すまでにそれなりのお宝を手に入れてオサラバするからな。わざわざ死ぬリスクを抱えてまで戦わない」
「だろうな」
普通はそうだ。銭儲けの金儲けだけならば。
「で、そのドラゴン。どれぐらい強いんだ?」
「分からねえ。そもそも退治するような相手でもないからな。害はないのだし」
そうなのだ。このエレノ世界の上級モンスターは人間生活を害することはない。問題なのは下級モンスターで、これが人を襲ったり作物を荒らしたりするだけなのだ。だから騎士団は解散するし、駐屯兵もいない。整備されていると思われるノルト、クラウディス両騎士団だって、各々百人程度。衛士は乗り物酔いしているし、平和なものなのである。
だから冒険者ギルドといっても、冒険業務自体がないので、冒険者はいない。太古の昔にいたらしいが今はいないのだ。いるとすれば冒険者は冒険者でも「自称・冒険者」のみ。冒険者ギルドは専ら、情報売買と探偵業務を主な稼業として成立しているのだ。だから扱うカネの量も仕事量も少ない。だから商人世界の中でも地位が低いのである。
「ありがとよ」
俺はそう言って、約束の三万ラントと別口の五万ラントを置いて出ようとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アンタ若いのに。ホント化け物だな」
「何がだ?」
「【値切る】だよ。四割の人間なんざ初めて遭遇したぜ。いいもの見させてもらったよ」
そうなのだ。俺は五万ラントの地図を四割引きの三万ラントに値切ったのである。但し個人に渡す別口は値切ることができないので五万ラントのままだ。これが商人特殊技能【値切る】である。
「オレはペルナ、このギルドの責任者だ。もしアルフォードが俺らを使ってくれる、ってのなら喜んで働くよ。仕事がねえんだよ、平和だから」
なんで最後になって自己紹介なんかするんだ、このビリケン頭は? 言うなら最初にしておけよ。まぁいい、ネタはくれたんだ。俺はペルナと名乗る短躯の男に手を上げ、冒険者ギルドを立ち去った。
「大丈夫だったのか」
「もちろん。商人だからな。必要な品と情報は手に入れたぞ。よし、次は取引ギルドだ」
フィーゼラーに頼んで、サルスディアの取引ギルドを案内してもらった。理由はもちろん『
「『玉鋼』ならトスにあるアビルダという村に行けばいい。あそこにはあるはずだ」
なるほど、生産者から直接買えと。だが、どうして金属ギルドに置いていないのかを問うと意外な答えが返ってきた。ズバリ「需要がない」と。長きにわたる平和によって、片刃用の金属である『玉鋼』の需要そのものがなくなっている。だから金属ギルドでも扱わないのだ、と。俺は礼を言うと、馬車に飛び乗り、クラウディス城への帰途についた。
夕焼けに照らされているクラウディス城へ向かう馬車で、フィーゼラーと俺は色々な話をした。特にシャダールの情報が有益だった。サルスディアを通らずシャダールに向かうルートが存在する事で、そのルートならば三時間内でシャダールに到達するそうだ。
またフィーゼラー自身の話も聞けた。フィーゼラーの父親もノルト=クラウディス家に出仕しており、現在騎士隊長であることや、侍女メアリーとフィーゼラーの父親が学園の同級生であることなどである。フィーゼラー自身も学園卒業生で、在学中はノルト=クラウディス公の次男で今は宰相補佐官であるアルフォンス卿の従者を務めていたのだという。
俺たちを乗せた二人乗り馬車がクラウディス城に到着した頃には、既に日は沈んでいた。俺はフィーゼラーを別れ、出迎えた執事と共にクリスが待つ部屋に向かう。部屋にはクリスが一人、俺を待っていてくれた。
「グレン、おかえりなさい。どうでしたか?」
半分期待、不安半分の顔でこちらを見てくる。
「ああ、詳細な地図を手に入れたぞ。色々な事情も聞いてきた」
「さすがグレンですわ!」
座っていたクリスは立ち上がり、非常に嬉しそうにこちらに駆け寄ってきた。俺はクリスに地図を見せ、ビリケン頭やフィーゼラーから仕入れた情報を話した。クリスが目を輝かせ、俺の話を一生懸命聞いている。俺からの一通りの話を聞くと、クリスがソファーに座って話しましょうというので、着座した。
出発時刻等のスケジュールや警護の人員、馬車の選定等をクリスと話し合う。俺がメモを取ってクリスが判断する。クリスが優秀なので次々決まって行く。あの全国地図の大ボケぶりは一体なんだったのか? あのボケっぷりとバリバリ決断している姿が同じ人物だとはとても思えない。本当に面白いよな、クリスは。
「警護はフィーゼラーを中心にしたほうがいい。彼は事情を知っている」
「分かりました。そちらの方は私が手配致しましょう」
「クリス・・・・・」
クリスがこちらを凝視する。俺は一瞬躊躇した。が、今更隠してもしょうがないので、正直にドラゴンの件を伝えることにした。
「守護獣はドラゴンだそうだ。レベル20クラスだと即死らしい」
「・・・・・」
「トーマスもシャロンも無理だ」
クリスが目を瞑った。考えているのだろう。しばらくしてクリスは目を開け、俺に言った。
「でしたら私とグレンで行きましょう」
「しかし二人は納得するのか?」
「グレンは一緒に行ってくれますね」
クリスは俺に迫ってきた。指輪を手に入れるという決意は全く揺らいでいないようだ。こちらもわざわざクラウディス地方まで来ている以上、断ることなんて出来まい。
「当然だ。だが、二人は・・・・・」
「私にお任せ下さい。二人の方は私が対処します。できなければ・・・・・」
全力で止めにかかるだろうな、二人とも。言わなくても分かる。俺は言った。
「無理はするな。ダメなら即撤収だ。約束できるか?」
「はい。お約束しますわ」
「この前のようなことは許されないぞ」
「はい。心します」
クリスは神妙な顔になった。『実技対抗戦』のような無茶は許されないということは分かっている筈。俺からクリスに言えるのはここまでだ。クリスの決意が固いのなら、これ以上言いようがない。だが乗りかかった船、出来得る限りのことはしよう。そう思っていたら、給仕が食事を持ってきた。
「グレン。一緒にお食事をしましょう」
俺はクリスに誘われて席に座り、二人で語らいながら食事を摂った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます