094 『常在戦場』

 登校日が終わって、学園は再び長期休学に突入する。その長期休学初日の朝、俺はフレディを見送るため学園の馬車溜まりにいた。この日の馬車溜まりは当たり前の話だが、家に帰る生徒を載せる馬車で混雑していた。


「フレディ。休み中に済まんが宜しく頼む」


「ああ、期待に添えるように頑張るよ」


 俺は馬車に乗り込むフレディに声を掛けた。フレディには例のコルレッツ調査のために三〇万ラントを渡しておいた。自由に使うように言ったのだが、そこそこの金額なので貸切馬車をチャーターし、それで実家に帰るように手配したのだ。


「待ってぇ~」


 そう言いながら赤毛のショートヘアーの女子生徒。リディアが荷物を抱え、俺たちの元へ駆け寄ってきた。俺はやぁ、と声を掛け、リディアの持っていた鞄を手にすると、馬車の中に入れた。


「ありがとう、グレン」


「いいよいいよ、リディア」


 リディアも馬車に乗り込んだ。実は昨日フレディと打ち合わせをしていると、リディアが私だけのけ者にして、とヘソを曲げてしまったのだ。俺は事情を話し、フレディと一緒にリディアの家まで馬車に乗って帰ったらいいよ、というと機嫌を直して喜んだのだ。


「じゃあ、二人共休学期間中も元気でな」


 出発する二人に声を掛け、旅立つ馬車に手を振った。


「グ・レ・ン・♪」


 馬車が見えなくなった頃、馴染みの声が背中から聞こえてきたので振り返ると輝くようなプラチナブロンドの髪と大きな青い瞳を持つ、アイリが荷物を抱えて立っていた。


「おお、アイリ。実家に帰るんだね」


 アイリの返事を待つまでもなく、俺はアイリが持っていた鞄を手にした。アイリは今回も貸切馬車で実家に帰るようにしたとの事で、暫くするとチャーターした貸切馬車が馬車溜まりにやってきた。


「じゃ、アイリ元気でな」


 俺は鞄を馬車に載せるとアイリに声をかけた。


「グレンもね」


 ああ、と俺は応じ、お互い一ヶ月後の学園での再会を約束した。アイリが乗り込んだ馬車を見送ると、今度は俺を乗せる馬車がやってきた。俺は【装着】で商人服を身に纏うと馬車に乗り込んで、まずはグレックナーがいる屯所へと向かった。


 グレックナーが結成した警備団の屯所は、繁華街から少し離れた場所に置かれている。近くにはラムセスタ・シアールが責任者である『金融ギルド』の事務所や、王都ギルド二位のジェドラ商会の商館があり、現実世界で言うならビジネス街といった感じの場所の一角に屯所あるようなものだ。


 手紙に書かれていた所に到着すると、事務所らしい二階建ての建物と複数の馬車が出入りする事ができる程の敷地を持つ、中々立派な場所だった。出迎えてくれたグレックナーに「よくこんな場所を見つけたな」と声を掛けたぐらいだ。


「ああ、ここは元々騎士団の駐留所だったんだ」


 そうだったのか。それで異様に整備されているのか。というかそれだったら屯所に最適だ。


「シアーズがジェドラ商会を通じて確保してくれたんだ。駐留所なんて他に使い道がないしな」


 騎士団の再編に伴い、駐留所にあった騎士団そのものがなくなってしまったのだという。どうして廃止されたのかと聞くと、グレックナーは言った。


「平和だからな。必要ないということで潰されたんだろう」


 諦めたような感じの口調だった。クレックナーは能力が高い反面、なぜか受け身である事が多い。俺が知っている限り能動的だったのは、俺との手合わせと嫁選びぐらいのもの。あれ? よく考えたら俺と似てるな。まぁ、グレックナーのように卓越したものがある訳ではないが。


 敷地内を案内される。鍛錬場、食堂、寮、風呂、講堂、会議室、事務室等々。屯所として必要な機能は全て備わっている。また驚きの施設としては厩舎きゅうしゃもある。さすが元騎士団の駐留所。実に充実した施設だ。


 ただ、現段階では馬を飼う予定はないらしい。まず馬が必要な行動範囲ではないこと、次に馬を管理するには熟練した調教師が必要だということで、無理に飼わなくてもいいというのがグレックナーの方針だという。俺は建物の中にある応接室に通され、ソファーに座ると二人の人物が入ってきた。


 一人はいかにも鍛えていますというようなガッチリした体系の男でフォーブス・フレミングと名乗り、もう一人の眼鏡をかけた痩躯の男はタロン・ディーキンと名乗った。双方、年は壮年の様に見える。俺も名乗りを上げた。


「グレン・アルフォードです」


 俺は簡潔に自己紹介をしたのだが、両人とも戸惑いがあるようだ。そりゃ学生に雇われていると思えば不安にもなろうものだ。グレックナーからフレミングは警備隊長、ディーキンは事務長と紹介された。現在雇人は調理や用務の者を含めて二十人程いるとの事。


「警備団はシアール傘下の『金融ギルド』から費用が支払われる。その原資は俺が『金融ギルド』へ出資したカネの運用益。雇用に関する心配は無用だ」


 俺の話に二人は驚いているようだった。実際に賃金に関する話を十五歳の学生からいきなり聞かされるとは思っていなかったようだからだ。事務長と紹介されたディーキンが口を開いた。


「差し支えなければ『金融ギルド』に出資された額は」


「三五〇億ラント」


 二人共驚愕している。俺は更に言った。


「実家のアルフォード商会は三〇〇億ラントを別に出資している。だから俺のカネは実家のカネじゃない」


 その説明にディーキンは観念したようで「分かりました」と言って引き下がった。横にいるグレックナーはニヤリとしている。俺に直接引き合わせて、二人を納得させたかったのだろう。今度は警備隊長のフレミングが聞いてきた。


「警備団の規模は」


「当面四十人程度を目指す形で良いのではないか? 事務員や用務員等支える人員も別に必要だろうし、誰も慣れや経験がいるだろうから」


 俺の答えにフレミングは頷く。おそらくフレミングが考えていた事と似たようなことを俺が話したのだろう。それ以上フレミングは言葉を発しなかった。代わりにグレックナーが言う。


「俺達の『名前』を考えてくれたか?」


 遂に来たか。俺は【収納】で一枚の紙を取り出し、机の前に差し出した。


「こ、これは・・・・・ なんと書いてあるんだ?」


 グレックナーが困惑しながら聞いてきた。他の二人も紙を覗き込んで首を傾げている。筆で書かれた漢字四文字をエレノ世界の住民が読めるわけがない。


「古語で『常在戦場』と読む。どうだグレックナー」


「常在戦場か。言葉だけじゃなく、古語の文字も格好がよかったんだな!」


 グレックナーは気に入ったようだ。フレミングやディーキンも盛んに頷き、口々に「いいじゃないか」「これでいこう」と言っている。これならば大丈夫と思った俺は【収納】で大きな木の板、立て看板を取り出した。


「こ、これは・・・・・」


 この立て看板には俺が筆で書いた『常在戦場』をコレットに【転写】してもらった。これを屯所の門扉に飾り、「表札」として使ってもらおうと思ったからだ。こんなときに役に立つ魔法は本当に凄い。


「実に素晴らしい!」


 フレミングは歓声を上げた。グレックナーやディーキンも興奮している。みんな『常在戦場』という名前を気に入ったらしい。


「よし、これから俺たちは『常在戦場』だ!」


 グレックナーは力強く宣言すると、フレミングやディーキンも拳を振り上げ、気勢を上げる。今後、この私設警備団は『常在戦場』と名乗る事となった。


 俺は立て看板をグレックナーに渡すと『常在戦場』の屯所を離れ、次の目的地『信用のワロス』に向かった。途中馬車を下り、以前にも来たことがある小さな川に架けられた橋の対岸にある『信用のワロス』が入っている建物にやって来た。橋のたもとには前にもあった立て札がまだ立っていたが、どうでもいいので無視する。


 中に入ると二十代前半と思われる女性が待ち構えていた。前回と同じ二十代の美人だ。そしてこれまた前回と同じ様に案内されると応接セットには既にワロスが座っていた。


「アルフォードさん、どうぞ」


 立ち上がって俺に着座を促すと、ワロスと女性が一緒に座る。


「娘のマーチです」


 心のなかで思わず俺は仰け反った。あまりにも似ていなかったことと、ワロス親子がその気配を出さなかった事である。と、同時に俺の脳内には、例の淫欲坊主が閃いたときに流れるエレクトーンと木琴の曲が何故か響く。


「これからはシアーズの事務所で『投資ギルド』の責任者として働くので、貸金業務は娘に」」


「今後は私が引き継ぎますので、学園の生徒会関係の話も当然ながら私の方となります。ですので今後、よろしくお願いします」


 ワロス親子は手紙の内容と同一の説明をしてくれた。俺は娘の方に聞いた。


「今、生徒会の方はどうなっている」


「貸出総額が九三〇〇万ラント。うち四六〇〇万ラントが返済済みです」


 娘のマーチ・ワロスは非常に優秀な返済状態です、と付け加えてくれた。こっちの方は順調だ。俺は続いて父親のワロスに尋ねた。


「『投資ギルド』の状態は?」


「出だしは好調ですよ。『金融ギルド』からの資金もあるし、出資も予想以上に集まってますから。ただ・・・・・」


「どうした?」


「はぁ。予想以上に財務状態の良くない貴族の方が多くて、出資する鉱山の運営に不安が残るような状況が・・・・・」


「だったら、所有自体も考えなくてはならんということだよな、それ」


「まさにその通りで・・・・・」


 これは想定外の話だ。鉱山の多くは貴族の所有。その貴族が財務状態が悪く、鉱山の運営そのものに悪影響が出ているとは。本当にどこまでも救いがない話である。ワロス対し、シアーズとよく相談し、俺が動ける事があればいつでも動くと伝えた。


(全く困った連中だ)


 この国には使えない貴族が多すぎる。俺はワロスの話を聞いて心底呆れ果てた。

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