086 学園懇親会
朝五時四十五分。いつものように朝食を取ろうと学食「ロタスティ」に向かっていた。すると入口に人影があった。いつもなら俺が一番乗りなのに誰だと思っていたら、なんとリサだった。
「おはよう!」
元気よく挨拶してくるリサ。俺と同じく長袖Tシャツにパンツ姿というラフな格好をしている。現実世界では普通なのだが、しかしエレノ世界では女子生徒がこれをすると「はしたない」とされ、そのような格好をする者はいない。だが、今のリサは躊躇なくその姿、髪は束ねてポニーテールにしている。
「いいじゃない、私学園の生徒じゃ、ないんだから」
俺が指摘すると容赦なく開き直るリサ。
「大体、なんでこんなに朝が早いんだ?」
「グレンだって早いじゃない」
いや、俺とリサは違うだろ。
「学園って便利よねぇ。こんなに朝早くから食べられるんだから。しかも用意不要、片付け不要でしょ。無駄がないわ。合理的よ」
俺と一緒に食べながらリサは言う。リサは俺がこっちに来たときから合理主義者だった。だから普段仲が良いニーナと衝突することもあったのだが。情緒を許さないところがあって、それが喧嘩の原因だった。
「じゃ、俺もそろそろ行くから」
一服した俺はグラウンドを走るため、席を立った。するとなぜかリサも席を立ち、俺についてきた。
「どうするんだ、リサ」
「いや、一緒に走ろうと思って」
何がなんだかよく分からないまま、リサと一緒にランニングをするハメになった俺。邪魔にはならないし、まぁいいかと思って一緒に走った後、いざ鍛錬場に向かおうとすると、リサが後ろからついてくる。何を考えているのだ、リサは?
「おい、リサ。どこまでついてくるんだ?」
「ちょっとね」
鍛錬場に着くと、立て木がどういう訳か二本立っている。あれ?
「昨日は一本しかなかったはずなのに、なんで・・・・・」
「あ、これ私の」
リサは俺が打ち込んでない立て木を指差した。
「はぁ? 何するの?」
「打ち込みに決まっているじゃない」
当たり前の事のように言うリサ。いやいやいや、ちょっと待て。
「学園の生徒じゃないじゃないか!」
「大丈夫よ。スクロード男爵夫人が言ってくれたから」
「なにぃ!」
「校舎外の学園施設なら使ってもいいんだって」
俺に向かってニコリと笑うリサ。交渉力では俺なんかリサの足元にも及ばない。スクロード男爵夫人を使って学園に圧力をかけたのか。なんてことをするんだ、リサ!
「いいじゃない、誰の迷惑になる訳でもないんだから」
そう言うと打ち込みを見て欲しいと言い出したので、姿勢を見ながらアドバイスをした。
「やっぱり教えて貰わないといけなかったのね」
リサは呟いた。どうやらその為に俺のスケジュールに合わせたようだ。
「これでやってみるわ。グレンもやりましょう!」
リサはそう言うと甲高い奇声を発しながら打ち込みを始めた。俺も負けじと打ち込みを始める。鍛錬場には俺ら姉弟が発する、奇声の不協和音が響き渡った。後から鍛錬場に入ってきた連中は、俺たちを異様なものを見る視線を送って来る。もちろんそんな事を気にする俺たちではないので、ひたすらに打ち込み続けた。
次の日の朝、リサは前の日と同じように俺と一緒に食事を摂り、一緒にグラウンドを走り、一緒に鍛錬場で打ち込みを行った。その次の日も一緒に食事を摂り、一緒にグラウンドを走り、一緒に鍛錬場で打ち込みに勤しんだ。これは一体どういう事だ! と思いながらも終始リサのペースで事が動いているのが分かる。何を企んでいるのだ、リサ。
「私、レベル上げたくて」
俺が打ち込みを切り上げて風呂に行こうとした時、リサは言った。今まで家にいたからそこまで考えたことはなかったけど、商人としてレベルを上げたいと思ったから打ち込みを始めたと言うのである。
「だったら最初からそう言えばいいじゃないか!」
「だってぇ・・・・・」
子供のように駄々をこねるリサ。まぁ、こういうところがまだ子供なんだろうが。もしかすると女だからと俺が教えるのを拒否することを恐れたのかもしれない。だから言ってやった。
「リサ。心配するな。俺は止めたりしないから、好きなだけやれ!」
「ええ!」
リサはポニーテールを揺らし、大きく頷いた。リサはこれから『学園懇親会』の準備をするからと、俺と一緒に風呂場に向かった。
学園内は『学園懇親会』の準備で慌ただしくなっていた。グラウンドや中庭といったスペースでは屋台の準備が、空き教室や講堂、闘技場では何やら設営が行われているようである。クラスでもこの『学園懇親会』の話題で持ちきりだった。
「明日の『学園懇親会』楽しみだわぁ」
前の席のリディアは後ろを振り向いてそう言った。リディアによると、王都の繁華街の店が大挙して出店を出すとのことで、複数の有名飲食店が出してくるというスイーツが楽しみなのだという。隣のフレディも負けじと言う。
「闘技場で当たると豪華懸賞がもらえるゲームをやるらしいよ」
「どんなゲームなんだ?」
「事前に選んだ紙に書かれた数字と発表された数字がいくつか一緒だったらもらえるんだって」
はぁ? それビンゴゲームじゃん。エレノ世界にもあったんだ。
「フレディ。何が当たるの」
「鎧とか剣とか杖って言ってたよ」
「そうなんだ。つまんない」
ガックリするリディア。その時、リディアの隣席から声がした。
「ドレスも出品されるっていう話もありますわよ」
俺たちの会話に突然割って入ってきたのは、俺の斜め前の席に座る、黒髪のロングヘアーの女子生徒、クリスの従者シャロン・クローラルだった。
「ええっ、ホントなの!」
「はい。貴金属も出品されるとか。こちらは講堂でという話です」
「ありがとう、クローラルさん」
リディアに礼を言われるとシャロンはかすかに微笑んでいつもの姿勢に戻った。フレディは入学以来、初めて見る光景ビックリしている。俺は無言でフレディの肩を叩いた。しかし『学園懇親会』、想像以上に盛り上がっていると実感できた。
俺は三限目が終わると、器楽室に行くという当初の予定を変え、グラウンドに向かった。屋台の設営状況を見るためである。そこにはジェドラ商会のウィルゴットが顔を出していた。
「まいど!」
商人式挨拶を交わすとウィルゴットから『学園懇親会』の詳しい内容を教えてもらった。最初、お前ホントに知らないのかと問われたのだが、ホントに知らないので、事実を言うとビックリされた。
「リサさんから何も聞いていないなんて!」
いや、姉弟だろうとお互いの仕事には不干渉だから。リサがこっちに来てウィルゴットとどう取引しているのか知らないし、俺が最近大量のハイエリクサーをストロングホールドしているなんて話をリサは知らない。良くも悪くも商人気質なんだよ、俺たちは。
「こっちの屋台は繁華街の飲食店のものだ。有名所がズラリだ。出店費用も材料も全て生徒会持ち、っていうのだから学園は凄いよ。学院なんかとは比べ物になんねぇよ!」
ウィルゴットは興奮気味に捲し立ててきた。出店する店は費用がかかるどころか、金が貰えて宣伝できるとみんな喜んで出店しているのだという。懸賞を出品することになっている武器、宝飾、木工、美術、服飾などのギルドは相当なものを納入しているそうだ。
「それだけじゃないんだ」
ウィルゴットは続ける。フェレットとの関係から『金融ギルド』に参加しなかった武器ギルドと美術ギルドはこれを機に、ジェドラ商会を通じて誼を結びたいとの動きをしているらしい。ウィルゴットは喜々として語っているが、あまりやりすぎると、フェレットからの一撃が怖い。俺はウィルゴットの仕事の邪魔をしてはいけないので話を切り上げた。
俺は『学園懇親会』に一切関わっていないが、リサとウィルゴットをコレットに推薦したことによって、これさえも商人間闘争の道具になってしまっている事に軽い恐怖を覚えた。おそらく現実世界でも俺たちの上ではこういう戦いが行われていたのだろう。社畜生活一筋だった俺の知らない世界。
(今の俺は逃げることができないんだろうな)
人生にやり直しなんて効かないことを知っている俺は、過去の経験から今の自身の立場を確認する事しかできなかった。
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