第八章 学園懇親会

085 登校日

 じっくりと孤独な寮生活を堪能できた長期休学の前半も最終日。生徒らが明日からの登園日に備えて続々と寮に帰ってきた事で、休み前のあの喧騒が蘇ってきた。俺のタイムスケジュールも明日から暫くの間、授業モードに変えていかなければならなくなる。俺が学食「ロタスティ」で早めの夕食を食っていると、二人の男子生徒が声を掛けてきた。


 一人はジェムズ・フランダール・ドーベルウィン、もう一人はその従兄弟マーロン・デルーサ・スクロード。二人共神妙な面持ちで、俺の向かいに座った。


「アルフォード。今日は改めて礼を言いたい」


 ドーベルウィンは頭を下げた。


「俺は家の内情を全く知らなかった。お前の姉上様から直接話を聞き、我が家の置かれた状況を初めて知った。家の窮地を救ってくれて感謝する」


「我が家の深刻な状況が打開できる見込みが立ったと父上も母上も言っていた。グレン、礼を言うぞ!」


 二人は改めて頭を下げる。リサが両家の帳簿を精査した結果、実は家計が火の車だった現実が把握できたのだろう。俺は二人にこちらはしっかり報酬を貰ってやっている。その上で改善できたのだから良かったではないかと伝えた。二人は今後ともよろしく頼むと言って、席を立った。


(二人共、親から相当言われたんだろうなぁ)


 おそらくリサと両親の話に立ち会わせられたのだろう。その上でウチとはしっかりと付き合えと言い含められたのは間違いない。15、6の子供に言う事ではないだろう、とは思うが嫡嗣だから早い方がいいとの判断が働いた事は容易に想像できる。俺がもしその立場だったら、一体どうしていただろうか。愛羅と祐介、二人の子供の顔が浮かぶ。


(ダメだな、きっと)


 俺はかぶりを振った。そういう振る舞いをする自分がまず想像できない。そして子供が言うことを聞く光景も浮かばない。そういった点、子供にきつく諭すドーベルウィン伯爵夫妻やスクロード男爵夫妻には遠く及ばないよなぁ、と思った。俺はロタスティを後にして、屋敷にピアノを弾くために向かった。


 登校日初日。クラスの中はいつも以上の喧騒に包まれていた。みんな久々の対面で、積もる話も多いのだろう。俺はトーマスとは一声掛け合い、シャロンとは目を合わせて席につくと、前の席のリディアが休み中どうだったの? と声をかけてきた。


「もちろん寮生活を堪能していたよ」


 ええっ! と返してくるリディア。隣席のフレディがずっとか? と訊いてきたのでそうだよ、と返すと、二人共驚いていた。まぁ、俺の場合、相場や仕事、鍛錬にピアノ、調査とやることが多いから、家に帰るなんて発想はないんだよなぁ。聞けば二人とも実家に戻って羽を伸ばしてきたらしい。俺はある疑問をフレディにぶつけてみた。


「ところで男が女に変わることなんてあるのか、教会的に?


 唐突だったからだろう。フレディがポカーンとした顔になっている。リディアが首を突っ込むように聞いてきた。


「なんなの、それ?」


 俺は事情を説明した。俺が知っている奴は「ジャック・コルレッツ」という男の筈なのに、代わりになぜか「ジャンヌ・コルレッツ」という女がいる、と。


「あるかもしれない・・・・・」


「はぁ!?」


 そんなことがあるのか! フレディの呟きに今度は俺が仰け反った。


「いや。大っぴらに言えることじゃないんだけどさ、お金を積んで・・・・・」


 フレディは小声で話した。教会への性別変更の願い出はままあるらしい。普通ならそんなものは当然ながら却下されるのだが、中には寄付を受け取って秘密裏に行われるケースもあるらしい。それが発覚して問題になることもあるそうだ。


「ということは、カネを積んで化けることもあり得ると」


「そういうことだな」


 ため息交じりにフレディが言った。話を聞いてリディアは呆れ返っている。このエレノ世界、出生や死亡、婚姻といった戸籍を管理するのは国ではなくて教会だ。だから教会には仕事の需要がある。ただどんな宗教なのかは俺は知らない。この国の人々には信仰心とかそういったものは全くなく、同じくニーズもないのだ。だから俺はなにも知らない。


 戸籍を弄ったジャンヌ・コルレッツの中身は本当に男かもしれない。これはまだ想像上での話だが、事実であるならば中々手強い。話的にも人間的にもである。この話で俺のコルレッツに対する警戒心がまた一つ上がった。


 昼、ロタスティでメシを食べていると向かいにアーサーが座った。プレートには例の厚切りステーキだ。お互い挨拶を交わし、話しながらメシを食べる。以前と変わらぬ光景。だが、何かが違う。


「どうかしたのか?」


「ん? 何がだ」


 どうしたと聞いてくるアーサー。逆に質問を振ってきた。


「週末『学園懇親会』というのがあるらしいぞ」


「ああ。懇親会か」


 俺は事情を説明した。生徒会の件で集まった際に話があったクリスの学園内の企画話にコレットが声を上げて、生徒会とクリスが共同で行う事になったイベントだと。


「ああ、あれか! まさかそんな話に」


 アーサーは快諾してくれた。その時、アーサーの後ろをなじみ・・・のある顔が涼しい顔をして、あり得ない格好で横切った。俺は思わず立ち上がった。


「おいリサ! なんだその服は!」


「あらグレンじゃない」


 何事もないように平然と振る舞うリサ。ちょっと待て。ロタスティでメシを食べるのはいいとして、どうして学生服なんかを着ているのだ!


「似合うでしょ、これ」


「違う! ここの生徒じゃないだろ!」


 ええそうよ、と答えるリサ。全く悪びれていない。


「だって私がどんな服を着るのも自由でしょ。一度着てみたかったのよね」


「学園に入っていないのに、そんなもの着たらダメじゃないか!」


「法律や勅令に背いていないわよ。そんな決まり事があった?」


「そういう問題じゃ・・・・・」


「大丈夫だから、安心してグレン」


 俺とリサとのやり取りにアーサーは唖然としている。リサは微笑みながら我関せずと立ち去ってしまった。また一つ悩みのタネが生まれたことを俺は確信した。


 相変わらず授業で【仮眠】を取る。以前と全く変わっていないように見える学園生活。しかしリサの、まさかの学生服での登場を見ると、何かが変わろうとしている可能性は否定できない。だが俺は面倒なので生活のリズムを変えたくない。だから今日も三限目が終わると、器楽室に向かってピアノを弾き、いつものように図書館に行くパターンで動く。


「御連枝かぁ」


 グレックナーの妻室ハンナの手紙に書かれていた単語の意味を調べるために、柄にもないのに貴族関連の本を読み漁る。大体で歴史の本自体があまり好きじゃないのに、こういった系統の本を読むのは得意じゃないのは当たり前。とはいえ、単語の意味を知らないと謎が読み解けないので仕方がない。我慢して読み進めた。


(王統貴族ヨリ別レシ家・・・・・)


 なんじゃこの読みにくさは! こんなもの知ったって現実世界では役には立たんのに。ただ分かったのは、王家アルービオ=ノルデン家より分家した王族系貴族の中で授爵じゅしゃくし、独立した家の事を「御連枝」と言うようだ。要は分家の分家で、かつ男系で王家の血を引くから同格の貴族よりは上、みたいな扱いのようだな、これは。


「グレン。お久しぶりです」


 図書室で所定の机、所定の椅子に座って貴族本を読んでいると、輝くようなプラチナブロンドの髪と大きな青い瞳が特徴のアイリス・エレノオーレ・ローランが俺の向かいに座った。


「おおアイリ。会いたかったよ」


「まぁ」


 アイリは嬉しそうにニッコリ微笑む。変わらないこの笑顔も嬉しいのだが、それ以上に素直に気持ちを言えたのがもっと嬉しい。こんなに自然に言葉が出るなんて思っても見なかった。


「どうだった帰省は?」


「良かったですよ」


 アイリは楽しげに帰省の模様を話してくれた。ローラン夫妻が自分を待ち焦がれていてくれたことや近所の人らの話など、生き生きと喋った。やっぱりこういうところがアイリの良さなんだよなぁ、と思っていると意外なことを言い出した。


「頂いた報酬、全部渡してきました」


「えっ?」


「今までの感謝の気持ちだって」


「ご夫妻はビックリされただろう」


「はいっ!」


 満面の笑みで返事をしてくるアイリ。それにしても三〇〇万ラント全額とは。話を聞くと、アイリは報酬の使い道を色々考えたそうだ。でもいい方法が思いつかない。その時思い出したのが、クリスが決戦賭博で得た勝ち金を全て学園と生徒に使いたいと言っていた事だったという。


「私もそうすればいいと思ったのです」


「それでご夫妻に」


「はいっ!」


 クリスもそうだが、アイリも思いっきりがいい。ポンと人のために使うとやれるのだから大したもんだ。取引しかできない俺とは大違いである。


「渡してスッキリしました」


 アイリはニコニコと説明してくれた。アイリはローラン夫妻にお金をいきなり渡したそうだ。当然ながら夫妻は戸惑っていたが、ドーベルウィン伯爵家からの仕事の報酬だと説明し、これも天からの思し召しだからとローラン夫妻を納得させたのだという。夫妻とも泣き崩れたそうだ。いやぁ、超越理論で説得できる女神の力、ヒロインパワーが恐ろしい。


「私も安心できましたし、いい使い方ができたと思いました」


「良かったね。アイリならではの方法だよ」


 屈託なく笑うアイリを見て、俺はローラン夫妻が涙する場面を思い浮かべた。

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