074 偵察
俺にとっての大きな課題「金利抑制策」は目処がついた。予想を超えるスピードと状況だったが、無事に片付いたのだから良しとしよう。しかしいきなりノルト=クラウディス公のところに行くなんて思いもしなかった。貴族懐柔策などといった甘えた言葉を使わなくてよかったとしみじみ思う。
クルトの父親ジェフ・ウインズとクリスの父親ノルト=クラウディス公は予想以上に有能な人物だった。特にノルト=クラウディス公は失政で失脚するような人物には見えない。ジェフ・ウインズに託した話が、一日と経たずして宰相の元に届き、そのことが頭に入っていた訳で、そういう処理能力の高い人物が容易に失政を犯すとは思えなかった。
これからノルト=クラウディス公に起こる乙女ゲーム『エレノオーレ!』の筋立てはこうだ。クリスが正嫡殿下から婚約破棄を通告されたことをきっかけに、貴族派からそれまでの失政が糾弾され、住民の暴動が発生。最終的にボルトン伯を中心とする中間派が貴族派に加勢したことで、ノルト=クラウディス公は味方を失い、失政の咎で宰相を解任されて失脚する。
更に失政の咎を責められ、最終的にノルト=クラウディス家は没落。クリスは学園から放逐され、どこぞに落ち延びる。よく考えれば「どこぞ」とはどこなのかという疑問があるが、それはゲームシナリオにとって重要な意味はなかったのだろう。
俺はこれまで、この話を自然に受け入れてきた。だが今日のノルト=クラウディス公を見る限り、そんな単純な話なのかと疑問を持ったのだ。
(何か裏があるのではないか)
よく考えれば、クリスの反応もおかしい。ゲーム上ではあれほど執着していた筈の正嫡殿下に対して、リアルのクリスは全くと言っていいほど反応を示していない。もちろん婚約話の件について詰めた際は、心が揺らいだようなのだが、それ以上の反応ではなかった。ゲームとリアルの乖離が激しいのだ。
乖離が激しいといえば、レティも同じだ。ゲームのレティは確かに快活だが、あそこまで突き抜けていた訳じゃない。しかも攻略対象者との接触が皆無。これはどういうことなのだ。おまけに剣豪騎士カインも正嫡従者フリックも、ヒロインとの交流が深まるどころか、コルレッツというよく分からない女一人に頭を痛めている有様。
(かくいう俺も人のことは言えないのだが)
そう。俺にはアイリという深刻な問題を抱えてしまっている。アイリは攻略対象者と心を通わすどころか、俺のようなモブ以下の人間と仲良くなってしまって、今や俺に対して友人以上の感情を持ってしまっている。ゲームの方向が明後日に向いてしまったのだ。これではもうゲームのシナリオどころの話ではない。
それだけではない。俺も今、アイリに対して持ってはいけない感情を持ってしまっている。アイリの事を考えたとき、他の攻略対象者と仲良くなることなんて想像すらしたくないという気持ちになるのだ。これは明らかな嫉妬。佳奈のときでさえ、拓弥に嫉妬したことはない。しかしアイリならば誰にも触らせたくないくらいに思ってしまうのだ。
アイリに対して思いを持てば持つほど帰ることができなくなる。それでは佳奈はどうなる。佳奈とは一生会えないままだ。だが俺が現実世界に帰った場合、今度はアイリと会えなくなる。俺の方はゲームでその姿を見ることができるからいいかもしれない。だが、置いていかれたアイリはずっと置いていかれたまま。それでいいのか。
(一体どうすればいいのか)
俺とアイリが諦めれば事が上手くいく。しかし「諦めよう」と言ったとして、お互い、簡単にそれを受け入れられるだろうか? 人間そんな単純な生き物ではない。アイリは覚悟を決めて聞いてきたはず。そして結果、あの反応だ。アイリがそんな話を聞くはずもないし、受け入れるはずもない。何より考えている俺自身が受け入れられなくなっている。
(なんでこんなことになってしまったのか)
アイリの事を思うとワインにすら手が伸びない。なにかとても頭が疲れたので俺はそのまま
――商人剣術の研究は週を跨いでも続いていた。俺が財務部に行った日にもアーサーとスクロードは自学室に集まって、二つの剣術の仕分けを行っていたのだという。今日も放課後に自学室に集まるということで、俺も加わった。
「お前、財務部に呼ばれたらしいな。凄いじゃないか」
アーサーよ、何が凄いのか全く理解していないだろ。
「まぁ、仕事についての説明で呼ばれたってとこだ」
「どんな仕事の説明なの」
「複数の商会で新たに作った『金融ギルド』に関する説明を求められた」
スクロードの疑問に俺は答えた。答えられる範囲でだが。するとアーサーがなんでお前なんだと言うので理由を述べる。
「商人は貴族や国に直接の繋がりがないから、お前学園に通っているだろうということで、俺が説明に上がる羽目になった」
「なんなんだ、それ!」
「商人の世界も大変なんだね」
アーサーもスクロードも半ば呆れている。いやぁそれが商人なんだよ、と軽く返しておいた。そう思ってもらって問題はない。それもまた事実なのだから。
二人は熱心に訳文を見つめ、商人剣術に隠された、二つの流派の仕分けに没頭していた。『立木打ち』流派は二の次、三の次の型という次の策があるのに、『横木打ち』の流派は「二の太刀は負け」というように一撃必殺に重きを置くなど、対比を続けることでその違いが鮮明に見えてくる。
「こうやって分けていけば『立木打ち』流派にも『横木打ち』流派にもそれぞれの魅力がハッキリと分かってくるな」
俺が感想を述べると二人も大きく頷いた。
「いやぁ、パズルを解くみたいだよな」
アーサーが感慨深げに話す。実践に重きを置くアーサーにとって文献を探るというのは中々骨の折れる作業だったのだろう。商人剣術の話に盛り上がる一方、カインとフリックから依頼されているコルレッツ対策を考えるべく、同じクラスだと言っていたスクロードから、コルレッツ話を聞き出す事にした。
「おいスクロード。あまり言いたくないだろうがコルレッツってどんな外観なんだ?」
「どうして聞くんだ?」
「どんなヤツか調べようと思ってな。一度顔を見てやろうと」
「そういうことか。金髪のセミロングで、身長はあまり高くないよ。いつも男の取り巻きがいるからすぐにわかると思う」
ありがとう、明日見に行くと言ったら
「いつも大変だな。お前は」
アーサーが呆れとも同情とも取れるような言葉をかけてきた。
――翌日の昼休み。俺は1年
すると教室から一人の女子生徒と数人の男子生徒が出てきた。真ん中にいる女子生徒に目をやると、厚化粧で金髪のセミロング。コイツがコルレッツか。確かに顔はいい。学年でも指折りだと言われても頷くしかないだろう。取り巻きの男を引き連れて歩くその姿は、人を誑かす女狐じゃないか。モブのくせにやたら野心的だ。
コルレッツの一団は窓際にいる俺の側を通り抜けて立ち去っていく。気がつけば俺はズボンのポケットに手を突っ込み、背後からその一団を睨みつけていた。
「同じ化粧をしてもレティには全く及ばないな」
そのとき、背後から来た手で目が押さえられ視界が塞がれた。
「誰だ!」
「私がなんだって?」
俺の視界を塞いだのはなんとレティだった。
「なんでレティがいるんだ?」
「グレンこそどうしてここに? 私のことがどうとか言って」
「いや、ちょっとな」
レティに事情を話した。正嫡殿下や剣豪騎士カインがコルレッツとかいう女子生徒につきまとわれて困っていると相談があったので、どんな奴なのか見ようと思って来たと。
「ああ、いつも男を引き連れている女ね」
話すトーンや口ぶりから分かる。レティはコルレッツのことが嫌いなのだと。
「貴方も大変ねぇ。色々な所から依頼があって」
レティなりの気遣いなのだろう。俺がどんな状態にいるのかを一番知っているのはレティとアイリの二人なのだから。
「それがなんで私と関係があるのよ」
「いや、アイツ必死に化粧してるけどさ。化粧をしたレティ前には、足元もにも及ばないなって」
「な、な、なによそれ!」
レティが急に慌てだした。見ると顔どころか耳たぶまで真っ赤にしている。
「本当のことだろ。百人いたら百人ともレティが綺麗って言うに決まっている」
「や、やめてよ、グレン。からかわないで!」
レティは相当恥ずかしそうだ。悪気はなかったのだが、あまりに恥ずかしそうにしているので、それ以上は言わないようにした。するとレティの方が話を変えてくる。
「それより、アイリスと何かあったの?」
よりによって一番悪い話題で来たか。
「いや、別に・・・・・」
レティはため息をついた。
「アイリス。凄く落ち込んでいたわよ。貴方の方からもフォローを入れてあげて」
そう言うと、授業があるからとレティは自分の教室に向かっていった。本当はアイリの事でレティに相談したいぐらいなのだが・・・・・
(もし相談したら絶対に自分勝手な奴だと怒るだろうな)
レティの後ろ姿を見ながら、確実な未来予想をする俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます