073 宰相府

 教官が告げた「財務部から馬車が来ている」という言葉に、剣豪騎士カインも正嫡従者フリックも一瞬何が起こったのか分からず、お互いの顔を見合わせた。


「グレン、君は一体・・・・・」


「いや、仕事の話で・・・・・」


(早いな。というか早過ぎるぞ)


 そう思いつつ、戸惑っているカインとフリックに別れを告げて、【装着】で濃紺の商人服に着替えた俺は馬車溜まりに向かう。馬車溜まりにはウィードと名乗る若い官吏が俺を待っていた。


「ウインズ財務卿補佐官より、財務部にご案内するよう申し付けられました」


 ウィードの案内で馬車に乗り込み一路、財務部に向かう。この国の行政は八部と呼ばれる財務、司法、民部、外務、官吏、兵務、宗務、内務の八つの部署が宰相府の中に設置されている。大きな国家的な事業を行っている訳でもなく、民政に力を注いでいる訳でもないノルデン王国なので、行政機構も至って簡素。


 一番大きい部署が財務部だと言われているのも対外事情もなく、内政問題もないノルデンならではかもしれない。その財務部自体は宮殿に程近い場所にあった。周辺には幾つかの官庁らしき建物があり、この一帯はさしずめ「ノルデンの霞が関」といったところか。俺は馬車を降りると、ウィードに建物内を案内された。


「グレン・アルフォード殿をお連れいたしました」


 部屋の中に入ると、二人の人物がいた。大きな机にデンと構える白髪交じりの人物とその前に立っている壮年の男ジェフ・ウインズ。ということは座っているのは財務卿グローズ子爵だろう。


「急な呼び立てをして申し訳ない、アルフォード君」


 そう言いながらウインズは俺に歩み寄ってきた。俺とウインズは握手を交わすと、初老の椅子の人物を紹介された。


「財務卿のグローズ子爵だ」


「コーネリアス・ベラスルート・グローズだ。よろしく」


 白髪交じりの初老の人物は俺を応接椅子に座るよう促すと、その向かいに座った。この国の官庁の責任者は大臣ではなく「卿」である。部署の規模が大きくないことが原因だろう。だから財務部の責任者は財務卿だ。その財務卿であるグローズ子爵が口を開いた。


「ウインズ補佐官から話を聞かせてもらった。その上で聞こう。我々にはいかなる利益があろうか?」


 この人物、他の意図を隠すため、敢えて違う質問をぶつけてきている。戦争も内戦もなく、外交も皆無なこの国の財務卿は宰相に次ぐ力があるという。その人物の放つ謎掛けに対し、他の意図が何かを探るべきか、それとも最短の説明を行うか。俺は瞬間的に、その場の気持ちで後者を選んだ。


「手間は紙切れ一枚。出す費用はゼロ。これ自体が利益なのでは」


 二人ともハッとした顔になった。こちらの言わんとすることを理解したのだろう。


「普通、なにがしかの施策を用いる場合、必ず予算というものが付き纏います。ですがこの施策はそれがない上に、不利益も被らない。上策であると思いますが」


「君の言うことはもっともだ」


 グローズ財務卿は大きく頷いた。


「確かにカネも手間もかからない。その上で、この施策の益について聞きたい」


 なるほど。俺にこれは貴族懐柔策であると言わせたいのだな。俺が言えば何らかの不具合があった場合、全て俺のせいにして言い逃れができる。しかしそれでは行政権者としての責任を果たしたとはならない。だから俺はそれを言わない事にした。


「金利が抑えられることで借り手の負担が少なくなり、結果破綻が減ります。これによって踏み倒しが減り、経済活動が円滑に進みます。そうすれば税収も増えるはず」


「ふむ。全くその通りだ」


 意図を外されたグローズ財務卿は頷きながらも少し複雑そうな顔をしている。多分、貴族懐柔策と言って欲しかったのだろう。だがそれは行政側が責任を以て捉えるべきことであって、部外者の俺が指し示すことではない。グローズの後ろに立つウインズが少し微笑んでいる。おそらく謎掛け対決を見て面白がっているのだろう。


「君はこの施策を実行するにあたって、まず金利抑制を掲示し、次に踏み倒し規制を行うべきとウインズ補佐官に献策したそうだが、これはどうしてなのかね」


 なおも貴族懐柔策であると言わせようと俺に食らいついてくるグローズ財務卿。こうなったら意地でも言ってやらない。


「人間は先に不利益となると思ってしまったら、後でどんなに利益があるものを見せてもそれを拒み、不利益だと思い込む習性があります」

「よって最初、大々的に利益のあると見なされる策を喧伝し、後で密やかに不利益だと思われる策を忍ばせるのが、行政にとっては上策なのでは?」


「私に異論はない。その通りだ」


 グローズ財務卿は沈黙した。三度目の仕掛けに失敗し、さすがに諦めたのだろう。後ろに立つウインズ補佐官の微笑みが大きくなったのを見ると、おそらく俺が財務卿の意図を挫いたのは確実のようだ。


「閣下、そろそろお時間が」


「うむ、そうだな」


 今日のところはこれで終わりのようだ。グローズ財務卿とウインズ補佐官が二、三言葉を返しやり取りをしている。後は商人側を代表し、改めて施策の実現をお願いして暇をしなければと思った。


「ところでアルフォード殿。すまぬが我々と帯同していただけないか」


 は? どういうことだ。しかし場の空気を見るに断るという選択肢はなさそうだ。俺は同意すると、財務卿の執務室を出て、グローズ財務卿に帯同した。


 幾つかの渡り廊下を経て向かった先は、財務部の建物よりも凝った内装の建物だった。警備する衛士の数も多い。今、グローズ卿が高い身分にある人物のところに向かっているということは俺でも分かる。一体誰の元になのか。


 グローズ財務卿とウインズ補佐官が足を止めた。その先には左右に衛士が警備している、立派な両開きの扉があった。


「財務卿グローズである。お目通りをお願いしたい」


 グローズ財務卿は衛兵に伝えると、衛兵の一人が中に入っていく。衛兵が扉を開けると、財務卿を先頭にウインズ補佐官、そして俺の順で通された。その先で俺が見たものは『エレノオーレ!」のスチルそのものだった。


(宰相ノルト=クラウディス公・・・・・)


 そうゲーム中に出てくる執務室の机に座る宰相と、その背後に立つ息子で補佐官のアルフォンス卿が収まった一枚絵。あれがそっくりそのまま目の前に広がっていたのである。この世界にやって来て、はや六年。大概のことには慣れたが、さすがにスチル絵そのままの光景には初めて出くわしたのでビックリした。


「どうしたのかね?」


 地を這うような低いバスの音程を響かせながら、琥珀色の目で鋭い視線を投げかけ、俺に質問してきたのは宰相ノルト=クラウディス公本人。


「いえ。突然のお目通りに驚きましたもので・・・・・」


 気を取り直して名を名乗ることにした。


「私はグレン・アルフォード。モンセルに拠を置くアルフォード商会の次男。現在は学園に身を置いております」


「我が娘も学園に通っておる」


「令嬢とは同じ学年でございます」


 恭しく頭を下げて俺は答えた。下げる直前に宰相補佐官の口元に反応があったのが見えた。


「このアルフォード殿より献策があった金利抑制案についてご説明に上がりました」


 グローズ財務卿は案について説明を行った。宰相の手元をよく見ると書類があり、宰相はそれに目を通しながら財務卿の話を聞いている。


(知っているな、これは)


 既に案の内容は宰相に伝わっており、その上で財務卿を呼び出した。つまり宰相自体がこの案に興味がある、あるいは採用したいという考えである事を示している。だがこれで安心してはいけない。なにが飛んでくるか分からない。油断は禁物だ。


「・・・・・このような事情で政治判断が必要であるという結論に達し、具申を行っている次第でございます」


 ようやくグローズ財務卿の説明が終わった。すると話を聞いていたノルト=クラウディス公は俺の方に視線を向けてくる。


「して、そこにいるアルフォードに問う。金利抑制と踏み倒し規制、どのようにして進めれば良いと思っておるのか?」


「朝三暮四の精神でよろしいかと」


「朝三暮四?」


「故事にございます」


 俺は謂われを話した。むかし猿を飼っていた者がいた。しかし猿が増えてしまったため、一匹当たりの餌を減らそうと、猿に向かって「どんぐりを朝に3つ、暮れに4つやる」と言ったが猿は「少ない」と大いに怒った。そこで飼い主は「朝に4つ、夕に3つやる」と言い改めると猿は大いに喜び、その話を受け入れた。


 俺が話終わると場が硬直していた。チラリと脇をみると財務卿も補佐官も顔が引きつっている。向かいに立つ宰相補佐官も顔が険しくなっていた。貴族を猿に見立てる論法だけに、少し言い過ぎたか。目の前の宰相は目を瞑った。


「ハッハッハハ! これはまさに極意ではないか」


 ノルト=クラウディス公は立ち上がった。


「財務卿。明日宮中に参内さんだいし、陛下に金利抑制案を上奏じょうそうする。よいな」


 ははっ、とグローズ財務卿は恭しく頭を下げた。


「ところでアルフォードよ。良い案と良くない案、どの様に扱えば良い」


「良い案は華やかに、良くない案は密やかに、がよろしいかと」


「時期は?」


「木を隠すには森の中という言葉もございます」


 俺の言葉にノルト=クラウディス公はニヤリとした。


「シーズン半ば、か・・・・・ 踏み倒し規制は財務部より政令で出すように」


 我が意を得たりという顔をしている宰相を見ると、最初からこの方針でやると決めていたように思われる。俺を使った確認方法が首尾よくいったということで、機嫌が良いのだと思われる。こうしてシアーズからの宿題『国からの金利抑制』はなんとか実現する目処がつき、俺は安堵した。

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