第六章 商人と剣術

067 二つの流派

 昼、学食「ロタスティ」で食事を取ろうとミートソースの大盛りを持って椅子に座る。すると俺の向かいに金髪碧眼のガタイのいい生徒、例によってアーサーが例によって厚切りステーキを抱えて座った。ただいつもと違うのは、その隣に普通のステーキを持つスクロードが座ったことだ。


「どうしたんだ、二人で」


 珍しい光景に俺は思わず聞いてしまった。ていうか、この前のトーリス顛末会の時もそうだが、最近何かつるんでいないか、この二人。


「実はスクロードとお前の商人剣術について話していたんだが」


 アーサーは話を止めて、切った厚切り肉を口に放り込んだ。テーブルマナーを守り、上品に食べているスクロードとは対照的だ。


「二つの剣術が混じり合っているんじゃないか、という話になったんだよ」


 ん? どういうことだ? そう思っていると、スクロードが口を開いた。


「商人剣術の鍛錬に『立木打ち』と『横木打ち』の二つがあるよね。あれがそれぞれ別の流派ではないかと思う」


「つまり、『立木打ち』流と『横木打ち』流、二つの流派があるということか?」


「そういうことだな」


 俺の疑問をアーサーが肯定した。話によるとアーサーが何気なく商人剣術の書について話したところ、スクロードが興味を持って「ぜひ読みたい」と言い出し、一緒に読んでいる中で微妙な違いに気付いたのだという。


「剣術的に言うなら『立木打ち』の方は体系的に整っているが、『横木打ち』の方はシンプルに纏まっているという感じだよね」


 スクロードが説明してくれた。二人がまとめた紙に目を通すと、他にも『構え』に違いがあり、『立木打ち』の概念がそれぞれ違っているなど、俺が知り得ない内容が書かれていた。


「これは仮定の話なんだけど、二つの流派を体系的に分けて、どちらかを習得したほうが剣技が上がると思うんだ」


 剣術の技倆が上がる。それは重要な話だ。先週の『実技対抗戦』の対カイン戦で、その実力の差をまざまざと見せつけられ、単にレベル上げでは越えられない壁を感じていた俺にとって、今の話、聞き逃すわけにはいかない。


「で、どちらの方が強いんだ?」


「個人的には『横木打ち』の流派の方が攻撃力は大きそうに思うけど、『立木打ち』の流派の方はバランスが取れているように思う。優劣はつけられないな」


「なるほど。スクロードは詳しいんだな」


 アーサーが剣術好きなのは知っていたが、スクロードも剣術好きなのか?


「父上の本職だからね、剣術は」


 話によると、スクロード男爵は騎士団において剣術支配という役に就く、剣の専門家らしい。だからスクロードも剣術体系や剣術理論には詳しいという。


「しかし剣術自体が強いかどうかは別なんだ。残念だけど」


 スクロードは自嘲しながら話してくれた。理論は強いが現場はイマイチ、というタイプなのかもしれない。アーサーが珍しく真顔になっている。


「そこでだ、『商人秘術大全』の原本を見せて欲しいんだ」


「原本をか? 写本だけどいいのか?」


 君たち読めるのか? あれに書かれている日本語を。


「ああ構わない。グレンと一緒に見たい。読めるのがグレンしかいないだろうし」


「対訳を見たいんだ。何か分かる部分があるかも知れない」


 顔を崩さないアーサーと目を輝かせているスクローズ。俺は快諾した。隠すつもりもないし、出し惜しみするつもりもなかったからである。


「明後日の放課後ならどうだ」


「ああ、構わないぞ。自学室で見せてもらおう」


 自学室? そんな部屋あったのか。聞くと自分で研究したりする際に使える小部屋らしい。そんなの初めて聞いたぞ。学園に通っていながら、いかに学園生活と乖離した生活を送っているのか、を気付いた。じゃ明後日にということで、二人と別れた。


 ――放課後、俺は濃紺の商人服を身に纏い、学園の馬車溜まりでリサとウィルゴットの二人と待ち合わせた。レグニアーレ候から購入した、学園に隣接している屋敷の内覧をする為である。まずリサを載せた馬車が到着する。リサは空色の商人服という男装姿で現れた。


「お、リサ。今日はそれで」


「ええ、ジェドラ商会の方と会うのでしょ」


 リサはリサなりに気を使っているようだ。丁度リサを乗せた馬車が帰っていくタイミングでウィルゴットを載せた馬車が到着した。ウィルゴットは上機嫌で降りてきた。


「まいど!」


 商人式儀礼でお互いに返すと、俺は早速リサを紹介した。するとウィルゴットは暫し硬直してしまって、反応がない。


「どうした?」


「いや、女の人だよな、と思って・・・・・」


 女が線入りのスラックスを穿き、商人服を着ているから戸惑っているようだ。俺は全く気にならないのだが、エレノ世界の感覚はかなり古臭いものなので、リサの格好は衝撃的なのだろう。


「ああそうだ。何か問題でも?」


「あ、いや、初めて見るもんでな」


 戸惑うウィルゴットに、リサは俺よりできるからアルフォード商会の連絡事を一手にやってもらおうと思っていると伝えたら、尚更驚く。女にやらせるのか、そんな感じだ。


「ウチは実力主義だからな」


「なるほど・・・・・そういうことか」


 以前、俺とロバートとの力関係を間近で見たこともあるのだろう。ウィルゴットは頷いた。俺は話題を変え、ところで君の上機嫌の理由はなんだと聞いた。理由は言うまでもないが。


「親父がな。「よくやった」と言ってくれたんだよ。グレンのおかげさ」


 やはりな。まぁこれでジェドラ父にも顔が立った。それにウィルゴットの交渉で当初の半値になったんだ。これはウィルゴット本人の力によるもの。胸を張っていい。俺たちは購入した屋敷に移動し、早速中に入った。


 ウィルゴットが両手開きのドアを開けると、両手開きのドアがもう一つあり、これを開けると大きなエントランスが広がっていた。


「うわぁぁぁ」


 リサがため息交じりの声を上げた。エントランスは吹き抜け構造になっており、天井が高い。どこぞの劇場かと思わせるような重厚な両階段が上の階に繋がっており、そこに多くの部屋がある。よく見れば両階段の下にも部屋があったりと、相当気合いの入った造り。見ると屋敷内部は相当手入れされている。予想以上に良好な状態だ。


 俺たちは屋敷内を見て回った。部屋の数が予想以上に多く、調度品もそのまま。寝室はもちろん、応接室、執務室、貴賓室、会議室、食堂、使用人の部屋、控えの間、調理室、倉庫。いやはや想像を大きく超える大きさだ。


「いやぁ、グレン。これは凄いぞ! とても商人の家とは思えない」


 いや、ここ貴族の家だから、ウィルゴット。その言葉からも分かるが、明らかに興奮している。一方リサは目を輝かせキョロキョロとあちこちの部屋を見回して、俺のことなど眼中にもない様子。一通り内覧を済ませると、リサの口が開いた。


「ウィルゴットさん。清掃業者を回していただけますか」


「お安いご用だ」


 リサとウィルゴットが打ち合わせを始めた。一通りの打ち合わせが終わると、ウィルゴットに今後、この屋敷の事はリサに任せるからと言っておいた。そうすることで、今後は二人の間で直接やり取りしてもらったらいい。屋敷を離れ、ウィルゴットと別れた後、俺はリサを学食「ロタスティ」に連れて行った。


「え? 入ることができるの?」


「ああ。ここは入園許可証をもらった一般人も使っていいんだ」


 驚くリサを伴って個室に入り、コース料理とワインを注文した。


「ちょ、ちょっと待って、学食でワインが頼めるの?」


「そうだよ。何かおかしいのか?」


「そ、そうなんだ・・・・・」


 リサは明らかに戸惑っている。そうだよな。常識的には考えられない。が、ここはエレノ世界の中心、サルンアフィア学園だ。そういう非常識も常識としてまかり通る。俺とリサは出てきたコース料理を食べながら例の宮廷工作、貸金業者の金利上限規制案について打ち合わせた。


「罰則規定はどうするの?」


「それは入れないほうがいいな。今は・・


 リサが首を傾げている。訝しがっているようだ。俺はワインを口に含め、懐疑を解く。


「いや、今それを書けば通るものも潰されると思ってな」


「フッ。なるほどね」


 リサはワインを口に含めると、要は先に金利上限規制だけを作って、後で違法金利の処罰規定と踏み倒しの処罰規定を設ければいいと言うことね、と解説した。


「そういうことだ。忘れた頃にやればいい。一月程度あればいいだろう」


「レティシアさんじゃないけど、悪い人ね。グレンは」


「人聞きが悪いぞ、リサ!」


 フフッと笑いながら、あら美味しい、とワインを飲み干すリサ。早速レティに冒されたか。俺はリサのグラスにワインをいだ。


「ドーベルウィン伯には今日、早馬を送った。近々返事があるだろうから、よろしく頼む」


「分かったわ」


「あと、金利上限規制案は今週中にな。屋敷の工程については決まったら知らせてくれ」


 俺は伝えるべきことを言うとワインをあおった。リサがワインを口に含ませながら「他に希望は」というので伝えておく。


「グランドピアノが置けるように防音室を作って欲しい」


 ピアノと言えばグランドピアノなのである。できればコンサート仕様のグランドピアノ、フルコンが置きたい。正直俺のレベルに合ったピアノじゃないが、いいじゃないか。人間一度ぐらい夢を見たって。そのためにあの屋敷を買ったのだから。

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