020 モブ対モブ以下
最低装備でリングに立つという俺のドーベルウィンへの挑発方法は、予想以上に上手く行ったようである。というのも先程から仁王立ちして、威勢よく吠えていたドーベルウィンが硬直していたのだから。
「き、き、き貴様! その無様な姿はなんだ! この神聖なるリングに上がるに相応しくないその姿! これはまさに決闘への侮辱!」
「このドーベルウィン、誇り高き貴族の血にかけて、この不逞者を討ち果たしてくれる!」
よくもまぁ、そんなアホなセリフを吐けるもんだ。その文言どこから拾ってきたんだ、お前は。俺はドーベルウィンの自己陶酔に呆れ果てた。すると、締まらぬ闘技場の雰囲気に業を煮やしたのか、進行役である教官が決闘の開始を宣言する。
「両者、前に進み決闘の誓いを!」
「要らぬ! いくさは
そもそも役にも立たん教官の出番なぞ、最初から存在しない。この「
「これより開始だ。かかってこい!」
俺は声のトーンを最大限落とし、腹式呼吸を使った野太い声で闘技場全体に響き渡らせた。
戦いが始まると、俺は間髪入れず体に纏った全防備に対して、炎の付加魔法をかけた。次に素早さ上げる制御魔法【機敏】を唱え、俺の動きを早める。ドーベルウィンの方を見るとまだ戦闘態勢に入っていない。そこで制御魔法【遅延】をかけて動きを遅める。
俺の動きを早め、相手の動きを遅くすれば、必然的に俺の攻撃機会が増え、相手の攻撃機会が減る。戦闘能力や魔術能力が劣る者が勝つには、こうしたチマチマした組み立てを駆使しながら、勝利の陣形を組み立てていくのが一番。
するとようやく剣が抜けたドーベルウィンは剣を大上段に構え、一気に振り下ろしてきた。
「フレア波!」
その出現に闘技場には悲鳴に近い無形の声が響いた。
「おおおおお! あれが!」
俺の耳にリング外に立つアーサーの太い嘆声が届く。文字通り、剣先から半円形の形をした炎が、俺を目掛けて真正面から飛んできた。疾風が如く飛んできた炎は、俺の体全体を包みこみ、やがて炎の気が体の後ろに抜けていった。
「どうだ! これで終わりだ!」
ドーベルウィンの勝ち誇った声が聞こえてきたが、俺はダメージを全く感じなかった。
(付加魔法バンザイだぜ!)
しかしダメージがないのを見せつければ、ドーベルウィンが戦い方を改めて、俺の戦闘戦略に狂いが生じる可能性がある。そのため、肩を
「なにぃ!」
ダメージを受けているが、一撃で仕留められていないという感じの俺を見て、ドーベルウィンは驚きの奇声を発した。実際にはダメージはゼロなのだが。というか、俺の大根演技に驚くことができちゃう、君の神経の方に驚いてしまう。しかし闘技場の観客席がどよめいていることを見ると、エレノ世界ではこの反応の方が常識のようだ。実に奇怪なおめでたい世界である。
こんな連中を見て戦ったって仕方がない。俺はドーベルウィンとの距離を取りながら、間髪入れず制御魔法【機敏】と【遅延】を交互に唱えつつ、脇に差していた木の枝、イスの木の枝を抜いて、天を衝くかのように大上段に構えた。
「なんだその枝は! アルフォード! 貴様、ふざけているのか!」
侮辱されたと思ったのか、ドーベルウィンは狂犬のように喚いた。闘技場内もざわめいている。脇に付いているスクロードが自制を呼びかけているが、全く耳に届いていないようだ。
「あれで戦うつもりなのか」
「木の枝なんかで勝てるの?」
「戦うフリなんじゃない」
誰が見たって木の枝。その木の枝で魔剣と戦おうというのか。狂っているぜアイツ、と言ったところか。冷ややかな視線が俺に向けられているのがわかる。しかしこっちには、木の枝で戦わないといけない事情があるのだ。もちろんドーベルウィンを嘲笑する意図があることは否定はしないが。
「うぬぬぬぬ、アルフォード! 今度こそ終わりだ!」
「これを喰らえ!!」
ドーベルウィンは大上段から剣を大かぶりに振った。大きなフレア波が俺の真正面に襲いかかってくる。そして飛んできた炎は俺の体全体を包みこみながら、先程と同じように炎の気が体の後ろに抜けていく。だが俺にはダメージが全くない。
しかしここはダメージがあるかのように振る舞わなければいけない。大上段に構えていた枝を地面につけて必死に体を支えるような仕草をする。その傍ら【機敏】と【遅延】を交互に唱え、苦し紛れに歯を食いしばりながら大上段に構えて打ち込みに行くという下手くそな演技をする。俺は定型業務は得意だが、演技のような、その場に合わせた不定形業務は本当に苦手だ。
「おのれぇ!」
しかしドーベルウィンは俺の演技に全く気付いていないようである。中々倒れない俺を倒さねばと、『エレクトラの剣』を大上段に構え、再び剣を振り下ろした。またもや大きなフレア波が俺の真正面に襲いかかってくる。そして飛んできた炎は俺の体全体を包みこみながら、先程と同じように炎の気が体の後ろに抜けていった。
俺は必死に演技をした。身悶えたフリをし、体をよろめかせ、枝を杖のように使いつつ、懸命に苦戦を演出する。演技はルーチンなんかじゃない、アドリブだ。俺が苦手とする領域。下手くそなのはわかっている。だが闘技場の歓声を聞くに、一応は演技できているのだろう。
「グレン、大丈夫?」
「しっかりしろ! グレン」
リング外にいるクルトとアーサーが、フレア波を受けた俺に声をかけてくる。クルトの顔を見ると本当に心配してくれている。こちらを見る真剣な眼差しが痛いぐらいだ。ところがアーサーときたら、言葉とは裏腹に口元がニヤついてやがる。君、この決闘、間近で見て楽しんでいるだろ。
俺は下らない演技に集中しつつ、【機敏】と【遅延】を交互に唱え、歯を食いしばりながら大上段に構えて打ち込みに行くというルーチンワークを続けた。
「な、なぜだ! なぜ炎で体が焼かれないのだ!」
何かおかしいと思ったのか、ドーベルウィンが喚き出した。これで『聖戦士』だというのだから目も当てられない。決闘開始後、試しに鑑定してみたらコイツはなんと聖戦士だったのだ。もっと清らかな心を持てよ。それを知った時、余りにも想定外過ぎて、思わず噴き出してしまった。
闘技場の雰囲気も少し変わり始めていた。一部の観客達もおかしいと思い始めたようで、ヒソヒソ話をしている。俺が何度フレア波を食らっても倒れないのだから無理もない。
しかし俺はそんな空気は完全無視。あいも変わらず枝を杖のように使いながらよろめいて、ダメージを受けているように演じながら【機敏】と【遅延】を交互に唱え、歯を食いしばりつつ大上段に構えて打ち込みに行く、という一連のルーチンワークを続ける。ルーチンワーカーの戦いとはいかなる場合でも、一度決めた方針を揺るがさない。
「く、くそう!」
ドーベルウィンは剣を振り下ろし、フレア波を何度も俺に投げつけてきた。しかし全て結果は同じ。しかもドーベルウィンは時間と共に動きが緩慢となっていった。俺の制御魔法【遅延】が効いてきたのである。かくして【機敏】と【遅延】を交互に唱え続けた結果、俺の潤沢な魔力はついに尽きてしまった。これで俺の戦いの地ならしは終わり、戦いが始まる。
今後の戦闘戦略は、引き続きフレア波にやられたフリをしながら『立木打ち』の要領でドーベルウィンを打ち込んでいく単純な戦法となる。ここからが社畜式ルーチンワーカーの本領だ。
「もうあいつヘロヘロだぜ!」
「手加減してもらったからここまで持ったんだろ」
「次のフレア波でジ・エンドさ」
観客席からそういった声が聞こえてくる。これまでの戦いを見て、よくそんな事が言えると思う。見ているようで全く見る気がない。どこまでもダメなヤツはダメだ。フレア波が効かないっていう時点で察しろと思うのだが、俺の大根演技のおかげかフレア波は効いていると見えているようだ。ここの連中はどこまでもおめでたい。
(さぁ、やろうか)
動きが鈍くなったドーベルウィンを尻目に俺は地面に付けていた枝を大上段に構え、打ち込み体制に入った。
(ん! なんだ!?)
攻勢に出ようとした瞬間、2つの視線が俺に突き刺さった。普通の視線じゃない。俺の中を探りに来る視線。これは【鑑定】の視線だ。一体誰だ。
俺はドーベルウィンとの間合いを計りながら体を動かし、視線の先を確認した。
(オルスワード!)
現実世界で一部存在しているおばさんがやっているような紫の髪を持つ、眼鏡をかけた青年教師。「エレオノーレ!」の隠しキャラで最終攻略対象者。
(ほう、オルスワードが、ねぇ)
基本、俺はこの学園の教官の存在自体を無視してきた。ゲームにおいて教官の存在は限りなく透明だったからだ。しかし今後、教官であるオルスワードについては監視をしておいた方がいいかもしれない。今、俺の脳内リストに要注意人物としてオルスワードの名が刻まれた。
「く、喰らえ!」
俺が仕掛けていない間にドーベルウィンが再び剣を振り下ろした。動作は最初に比べてずっと遅くなっているが、それでも体が動くのは仕方がない。発生したフレア波は俺にぶち当たって、気が後ろに抜けるが、俺は無傷なのは当たり前。この攻撃に乗じつつ、俺はもう一つの視線の向きの真反対に陣取って、真正面からその人物を見据える。するとそこには以外な人物がいた。
(クリスか!)
正面にいたのはクリスティーナ・セイラ・メルシーヌ・ノルト=クラウディス公爵令嬢。乙女ゲーム『エレノオーレ!』の悪役令嬢だった。
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