017 「ロタスティ」での約束

 俺が金貸し屋に狙われている。エッペル親爺が洩らしたおかげで、俺とアイリとレティがいる学食「ロタスティ」の個室は寒々とした空気が漂ってしまっていた。


「アイリスの悪い予感が当たったようね」


 レティがため息交じりに呟いた。曰く、普段予定を変えない俺が、二日も図書館に来ないのはおかしい。絶対に何かある、とアイリスが断言していたらしい。俺はいつの間にかアイリスに観察されていたようだ。アイリはこちらを見たまま動かない。しかしわずかに肩を震わせているのは分かった。


 誰もテーブルに置かれた紅茶に手を付けていない。これは誤魔化したり取り繕ったりしたらダメな合図だ。俺は他に手はないかと考えてみたが、アイリの大きな青い瞳から放たれる怒気に押され、結局は観念した。


「実は・・・・・」


 二人に事の詳細を説明した。俺が扱っている相場取引で大損をした人間がいる事、その人間が借りたカネを踏み倒した事、カネを踏み倒された金貸し屋が怒って俺を逆恨みしている事である。但し、取引の金額については触れなかった。


「だから殺し屋まで。アンタ一体、どれぐらいのカネを動かしているの」


 言わなきゃいけないのか、レティ。と思いながらも、黙って真正面に見据えるアイリの視線が痛いので、間接的に伝えることにした。


「ビートを五八五万個ほど・・・・・」


 俺の表現に二人は硬直している。


「それって・・・・・ 買い占めじゃん!」


 思わず声を上げるレティ。声が裏返ってしまっている。レティの予想を遥かに超える答えだったのだろう。


 察しろ、それ以上考えるな。俺はレティに目で念力を送った。一方、アイリの方は固まったままだ。


「そう言えばウチの出入りが、モンセルのアルフォード商会は息子が加わってから急速に伸びたって」


「ロバートが加わったからね」


 電波をキャッチしたのか、話題を変えたレティの問いにサラリと返した。というか、レティ。君は若いのに出入りともやり取りしていたのか。十四、五歳の貴族の娘の仕事じゃないから、それ。


「その人、殺し屋に追われるような人なの?」


 俺は思わず首を振った。


「違うでしょ。アルフォード商会がモンセルギルドを牛耳るようになったのは、貴方のおかげでしょ、絶対!」


 断言されてしまった。レティの追及に返す言葉もない。俺が押し黙っていると、アイリが口を開いた。


「私、思うんですけど、さっきの殺し屋の人の話、きっと大丈夫だと思います」


 え? 俺は思わずアイリを二度見した。レティもアイリの方を見てキョトンとしている。


「だってグレンは強いですから」


 そう言ってダンジョンでの俺の戦い方をレティに説明しだした。更に俺がいつでも道具を出せるので、むしろ雇われた殺し屋の方がやられてしまうだろうと力説しだした。


俺にはその発想はなかった。何気に凄いぞアイリ。なにかアイリの話を聞いてたら、毎日このことで頭を痛めていた事がバカバカしくなってきた。この子は人に希望を持たせたり、明るい気持ちにさせたりすることができる。まさしく女神様だ。


「バッサリなんですよ、バッサリ。一瞬でバッサリ。奥義なんです!」


 レティに俺の抜即斬の話を一生懸命話をしているアイリを見ていると、微笑ましいし頼もしい。幸せな気持ちになれる。


「ありがとうアイリ。気を強く持てるよ。ありがとう」


 ううん、と首を振りながら、アイリは俺にニッコリ微笑んでくれた。アイリの背後に後光が差している。神々しい。さすがヒロイン。メロメロやん、俺。


「でも、悩みごとがあったら私やレティシアにキチンと言ってくださいね!」


 まるで子供に言い聞かせるように、アイリは俺に言った。それを見てレティが吹き出している。


「隠し事をされるのは嫌なんです、私。だから次からは本当に言ってください」


 さっきとは一転して真顔で迫ってきた。この子に嘘はつけない。これも主人公補正なのか。


「はい、わかりました。これからそうします」


 俺は約束するしかなかった。なんでこうなるのか俺にはわからないが、勝てないことだけはわかる。アイリは俺の言葉を聞くと改めて微笑んでくれた。


「グレンは素直ね」


 レティがニヤッと笑いながら言った。明らかに皮肉だ。ここはそのままスルーする。


「ちょっと早いけれど、食事にしましょうよ。飲むでしょ」


 飲むということはワインだな。レティの物言いから、有無を言わせない意志が感じられたので、素直に「飲むよ」と返した。こっちも主人公補正なのか。アイリも「少しだけなら」と応じていた。俺と二人のときは遠慮していたのかもしれない。


 モブですらないキャラである俺と『エレノオーレ!』のダブルヒロインとのディナーというのは、傍目から見ると禁断のコラボなのかもしれない。が、当事者としては至って自然な成り行きのように感じられた。それぐらい普通に語らい、普通に飲んだ。


 話を聞くと、レティとアイリは昨日も一緒に食べていたらしい。ダンジョン攻略の時、俺が「テーブルマナーならレティに聞くのがいい」と言った事がきっかけになったそうだ。見るとレティのテーブルマナーは当たり前だがしっかりしており、流石は貴族の娘という感じだった。


 またその際、レティはアイリにワインを勧め、アイリは初めてワインを飲んだらしい。感想は「口当たりが熱い」だったそうで、レティのアドバイスによって、当面の間はグラスに軽く一杯を飲む程度に抑えるとのことである。レティの方はと言えば、普通にバンバン飲んでいる。こっちは明らかな呑助だ。


 現実世界ではありえないことだが、学園の学食「ロタスティ」では普通にワインが提供されている。但し十六時以降だが。そのため生徒も「ロタスティ」で普通にワインを飲んでいるし、俺たちも普通に飲む。これもエレノ世界では飲酒の年齢制限が存在しない事によるもので、誰も酒に対して抵抗感も罪悪感も持っていない。


「グレンは朝何時に起きてるの?」


 アイリが唐突に尋ねてきた。いつもは透き通るような白い頬も、ワインのせいか少し紅潮している。


「へ? 五時前くらいだけど」


「えええええっ」


 二人はお互い顔を見合わせていた。


「そこから?それから?」


 今度はレティが聞いてきた。目を移すとアイリも聞きたそうな顔をしている。キミら、そんなに俺の生体に興味があるのか!


「そこから軽い運動をして、六時前に学食「ロタスティ」で朝を食べて、六時半からグラウンドで走り込んで、七時前から鍛錬場で打ち込みって感じ」


「だから朝、ロタスティでグレンを見なかったんだ」


 アイリが妙に感心している。というか、俺の動きをいちいち観察しとったのか、君。すると一人頷くアイリの横にいるレティが俺に投げかけてきた。


「ところで打ち込みって、どれぐらいするの?」


「ええと、三千回から四千回くらいかな。少ないけど」


「少ないって・・・・・」


 半ば呆れたようにレティが嘆息した。


「学園に来る前は一万回から一万二千回してたから。それに比べりゃずっと少ないんだよなぁ」


「そっちの方がおかしいから!」


 本当の事を言ったのだが、レティにとってはあり得なかったようだ。レティは「あなた凄いわ」と、よく分からない事を言いながらグラスをあおった。先ほどから見ているが、レティのピッチがやたら速い。とうとうボトル一本が空いてしまっていた。


「だからグレンは強いんですね」


 アイリは一人頷いている。さっきからずっと一人で納得している。少量しか飲んでないが、ワインが回ってこの反応なのか、今の段階ではちょっとわからない。


「ところでさぁ、ドーベルウィンの事なんだけどさぁ」


 歓談が盛り上がり、ワインが進んだのか、レティがドーベルウィンの事を話し始めた。

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