007 学食「ロタスティ」

 王室付属サルンアフィア学園は、王都トラニアスの中心街より少し離れた丘陵地の一角にある。周辺は木々に覆われ、閑静そのもの。正確には貴族の館と思わしき立派な黒屋根の屋敷が一軒あるのだが人影がない。おそらく、学園隣地という場所で騒がしいと敬遠したのだろう。そういう事情で学園のキャンパス環境は非常に恵まれている。


 ただ、周辺の素晴らしい環境とは裏腹に、学内には激しいカーストと限りなく退屈な授業しか存在しない。実に勿体ないことなのだが、一方で設備や施設、各種サービスはそこいらの一流ホテル以上に充実している。


 図書館、鍛錬場、浴場、器楽室、馬車溜まり。この素晴らしい施設を存分に使い倒せる

なんて現実世界の学校ではあり得ない話。そのことを考えれば、尚更偏狭なカーストをもう少しなんとかして欲しい。


 そんなヘンテコな学園の中で、特に充実しているのが学食だ。現実世界で学食と言えば、どちらかと言えば餌に近いものがある。選べるメニューもさしてなく、人気メニューは取り合い。少しでも遅れれば注文を待たされる。ロクなイメージがなかったが、この学園の学食「ロタスティ」は違う。


 まず食堂のスペースが優雅。外から光が差し込む大きな窓。シャンデリアが飾られ、高そうな調度品が置かれている。何よりグランドピアノ、しかもフルコン仕様がでんと置かれているのだ。ただ、気になるのは「HEAZENDOLGER」という謎メーカーのピアノであるという部分なのだが、それを抜きにしても試奏してみたいところではある。


 フルコンがあるレストランなぞ現実世界でもそうはない。おまけに趣向を凝らした大小の個室が数室あり、空いていれば会食や歓談も可能である。もちろん貴族優先であることは言うまでもないのだが、そういう点を含めて学校の食堂だとはとても思えない。これはもう洒落た高級レストランだ。


 料理のメニューは非常に多く、注文してもそれほど待たされない。ラーメンやうどんなどといった日本版学食メニューはないが、ハンバーグやスパゲティー、ピザなどといった欧風料理は存在し、ステーキやコース料理まである。何よりもうまくて割安なのがありがたい。


 この学食は朝六時から夜二十一時まで空いており、モーニング、ランチ、ティータイム、ディナーと、どの時間も全て利用できるようになっている。学園内、歩いてすぐの場所で、これだけ充実した営業をしてくれていたらコンビニも不要レベル。現実世界にあったら感涙ものだ。


 で、今日の昼は「シーフードプラッター」を注文した。まぁ言ってみれば海鮮盛り合わせと言ったところか。できた料理を載せたトレイを受け取って俺がテーブルにつくと、それに合わせるかのように、「よっ!」と軽妙に声をかけてきた奴がトレイを持って向かいに座った。相手のトレイには厚切りのステーキがデンと鎮座している。


「これはこれはボルトン卿」


 俺が大仰に応じると、「おいおい、勘弁してくれよ」と座った金髪碧眼のガタイのいい青年は苦笑交じりに答えた。アーサー・レジエール・ボルトン。ボルトン伯爵家の嫡男。クラスは違うが俺がこの学園に来て初めて会話を交わした同級生だ。場所は鍛錬場。まだ入学式も行われていない中、俺が一人で稽古していたところに声をかけてきたのがアーサーだった。


「随分変わった剣法だな」


 それがアーサーが俺にかけてきた最初の言葉だった。それはそうで重い木の枝を上段に構え、立てた丸太に奇声を発しながら左右に連続して打ち続ける、そんな鍛錬をする剣術なぞこの世界には存在しない。現実世界でも存在するのか疑わしいぐらいだ。「商人秘術大全」という本に書かれている通りにやっているだけなのだが、やっている俺自身ですら気が触れていると思うような鍛錬法なのだから。


「いやぁ、世の中は広い。この学園に入るのは気が進まなかったのだが、入ってよかったのかもな」


 アーサーは俺のやっていた商人剣術についての説明を聞くと、そう言って自分の事について語りだした。貧乏貴族なので騎士で稼ごうと剣術学科がある王立学院に進むつもりだったが、父親のボルトン伯の説得で渋々この学園に入ることになったというものである。


「俺の方も似たようなもんだ」


 商人属性なので学園で学べる魔法術も剣術も知識も身に付かないことや、貴族じゃないため王宮図書館に出入りできず、学園図書館を利用する為に入学したことをアーサーに告げたのである。するとアーサーが手を差し出してきた。


「いいじゃないか。似た者同士、今日から友人だ。よろしく」


 俺はアーサーが差し出した手をガッチリ握って握手した。このアーサーという男、タイプは違うが俺の親友・相沢拓弥たくやと同じ気質の人間だ。こういうヤツは信用できる。親友にもなれるだろう。損得抜きに付き合いたいと思った。


 それからアーサーと俺は色々な所で色々な話を語り合った。クラスが別々というのは残念だったが、昼の食堂ではよく顔を合わせ、気がつけばこうやって一緒に食事を摂る仲となっていたのである。


「おいグレン、聞いたぞ。普通に勝つとして、どうやって勝つ?」


 手許のステーキを豪快に切りながら、こちらをニヤッと見やってきた。


「アーサー。少しぐらい友人の心配をしろよ」


「そんなもの、勝つに決まっているものをどう心配しろと」


 アーサーはそう言うと、口にパクリとステーキ肉を放り込む。周囲の視線が痛い。おそらく俺たちの会話が気に食わないのだろう。が、そんなことを気にするようなアーサーではない。気にする人間であれば、出会って間なしの平民階級の俺に対して、これからお互い名前で呼ぼうぜなんて言ってこない。


 これでゲームに登場することがないモブキャラなのだから、ゲーム制作陣も見る目がない。ただアーサーの父、ボルトン伯はゲーム終盤に名前だけだが登場する。ボルトン伯は貴族の中間派をまとめて反宰相側につき、それが宰相ノルト=クラウディス公チャールズの失脚に繋がるというもの。これを機としてノルト=クラウディス家は没落し、令嬢は放校されて落ち延びるという流れだ。もっともこの話は親の話であって、アーサー自身には無関係だろうが。


「ロクに鍛錬していないぐうたら・・・・貴族が勝てるわけがないんだわ」

「問題はどう勝つかだよな、これ」


 他人事なのをいいことに、アーサーは好き放題に言いながらバクバク食べる。ステーキ肉は最初500グラムはありそうだったが、あっという間に半分以上なくなっている。それに負けじと、俺は持ってきたシーフードプラッターをアーサーの負けないペースで口に突っ込んだ。


 この一ヶ月見ていて思うが、アーサーはよく食うし、食べるのも早い。それでも品が悪くないように見えるのは、貴族の家の躾なのだろう。この辺り、平民風情の俺とは違うな、と感じる部分だ。


「ヤツは魔法剣を持っているそうだ」


 シーフードプラッターを食べ終わった俺がそう告げると、これまで忙しかったアーサーの手がピタリと止まった。


「公爵令嬢からの情報だ。間違いないのだろう」


俺が小声で言うと、アーサーは眉をひそめた。


「ノルト=クラウディス公爵令嬢か。エライ大物が味方になってんだな、お前。何をやった?」


 アーサーは勘違いしているようだ。公爵令嬢が俺を支援するために積極的に動いていると。貴族社会の縮図のようなこの学園では、王族や公爵侯爵といった「大物」の一挙手一投足によって学園内の勢力図が塗り替わる。いくら距離を置いているとはいえ、貴族の構成員であるアーサーにとって、公爵令嬢の動きは自分の立ち位置と無縁の話ではない。


「何もしてねえよ。大体、話を洩らしてきたのは令嬢の従者だ」


「なんだ従者か。公爵令嬢がこのタイミングで決闘に本格的に乗り出してきた。面白いことになりそうだと思ったのに」


「このタイミング?」


「ああ、令嬢の周辺は色々騒がしいようだからな。ま、この決闘に関しては敵ではないって事は確かのようだが・・・・・ もちろん、この決闘では、だろうが」


 俺は頷いた。公爵令嬢の周辺がどう騒がしいのか見当がつかないが、アーサーの敵ではないという読みは正しいだろう。もっともこれから先、公爵令嬢が俺、あるいは俺らにとって、どういう立ち位置になるかはわからないが。俺はアーサーに令嬢の従者クローラルからもたらされた情報を伝えた。


「『エレクトラの剣』らしい」


 アーサーの顔色が変わった。騎士志望だったアーサーは長年剣の鍛錬を重ね、剣術にも精通している。俺が持っていた「商人秘術大全」の中にあった商人剣術の章を読み解き、アドバイスしてくれるぐらい高い能力の持ち主だ。エレクトラの剣がどういったものかぐらい知っているのは当然のこと。


「バカな。鍛錬していないアイツが使ったら、剣そのものが暴走しかねんぞ」


 剣を振り回すのではなく、剣に振り回される。魔剣でもあるエレクトラの剣は人を切ると血で暴走すると言われる代物。高いレベルと高い剣術スキルを持つ人間であればその魔力を抑え込めても、そうでない人間が持てば勝手に暴れかねない。


「だから切らせないようにしなきゃな。切らせないように」


「そりゃそうだが、どうやって切らせないようにする? 相手はあの馬鹿だ。剣の本当の力を知ってるわけないだろうし」


「まぁ振らせないようにするしかないな。ヤツの為にも」


「お前の為にもな。ドーベルウィンってのは本当に迷惑な奴だ。で、どうする」


 俺はうんうん、と頷いた。


「なるほど、策はあるわけだ。まぁいい。セコンドには俺がつかせてもらう。いいな」


「おお、それは力強い。是非ともお願いしたい」


 ドーベルウィンも伯爵家ならボルトンも伯爵家。共に嫡男。バランスは取れる。それどころかボルトン家は、八家しかない上位伯爵家『ルボターナ』。『ルボターナ』とは現王朝アルービオ朝にいち早く参じた名門とされる伯爵家のこと。格ではドーベルウィン家よりも上。貴族至上のこの世界でそうしたバランスは重要なので、貴族ではない俺にとって、アーサーのこの助勢は非常にありがたい。


「ところで・・・・・ さっきの公爵令嬢の件だが」


「ん?」


「正嫡殿下との婚約が決まったらしい・・・・・」

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