社畜リーマンが乙女ゲームに異世界転生した件 ~嫁がいるので意地でも現実世界に帰ります~

琥珀あひる

第一章 決闘

001 挑戦状

「サルンアフィア学園の規則に則り、我がジェムズ・フランダール・ドーベルウィンはドーベルウィン伯爵家の名を賭けて、貴様グレン・アルフォードに決闘を申し込む!」


(はぁ? 何いってんだコイツ)


 右手を胸に当て、左手で俺に指差す男ドーベルウィンの戯言たわけに呆れ返った。やだやだ。だからゲーム世界は度し難い。だいたい学校で決闘が合法なんていう、こんな不条理な世界に俺がいること自体おかしいのだ。こっちはこんなフザけた所からとっととおいとましようと、ゲームの舞台であるこの学園にわざわざ入ってるのに、たかがモブ風情になんで喧嘩を売られなきゃならないのか。


「分かっているのか、グレン・アルフォード! すぐさま決闘を受けよ!」


 確かにグレン・アルフォードとは俺のことだ。だが俺の本当の名前は剣崎浩一。何故か知らぬがこの馬鹿げた世界、『エレノオーレ!』という乙女ゲームの世界に迷い込んで早五年。未だにグレン・アルフォードと呼ばれることに違和感がある。


「平民にこの世界の秩序と貴族の誇りをしっかりと教えてやる!」


 知るかいな。文句だったらこのゲームを作った『エレノオーレ!』制作陣に言えよ。俺は好きでこんなバカ学園サルンアフィアに通ってんじゃない。俺の世界に帰るため仕方なく来ているだけだ、このアホ貴族!


「たかが商人の倅風情の貴様如きが、このサルンアフィア学園に入学していることそのものが間違っておるのだ!」


 まぁその辺り、アホ貴族=ドーベルウィンの言っている事は間違いじゃない。そもそも貴族学校であるサルンアフィア学園に平民、しかも過去半世入学例がない商人階級の人間、すなわち俺が潜り込んでいる。ドーベルウィンがモブだとすれば俺はモブ以下。本来ならばグレン・アルフォードなぞ、ゲーム中の学園内に存在すらしていないのだから。


「よって私ドーベルウィンはその間違いを正し、世界と学園の秩序を守るため、貴様に決闘を申し込んだ!」


 自分に酔いながらいちいち格好をつけて激昂する。鼻が尖っているのは貴族の証みたいな顔をして、俺の見下しに全力を捧げている。このアホ貴族を相手にするのもバカバカしいが、言われっぱなしもかなわないので言葉を返す。


「お言葉ですが、私はギルドの推薦を受け、正当な手続きを踏まえ、この学園に入学しております。それを誤りと言われますは、恐れ多くも此れ王室への糾弾でありましょうか?」


 サルンアフィア学園は王室付属の学園。学園の手続きが間違いと言うなら、まさに王室批判ではないか。そう指摘すると、ドーベルウィンは赤かった顔を更に赤くしてヒートアップした。


「黙れ黙れ黙れ! 平民如きが恐れ多くも王室の名を出すとは不届至極ふとどきしごく藩屏はんペいたるこのドーベルウィン自らが不遜ふそん賤民せんみんを成敗してやる! 無条件に決闘を受けろ!」


 難解表現に酔っとるバカにつける薬なし。全く救いがない。


「そこまで闘いたいとおっしゃるならばお受けしましょう。『ドーベルウィン伯爵家をかけて』ね」


「なにぃ! 『ドーベルウィン伯爵家を』だと! 賤民のくせにどこまでも無礼な奴だ!」


「いやいや、ドーベルウィン卿が『ドーベルウィン伯爵家の名を賭けて』と仰れてましたので。そういうことでしたらこの勝負、このグレン・アルフォード謹んでお受け致します」


「うぬぬぬぬ・・・・・」


「つきましては日取り等々、学園当局の判断に委ねることでよろしいでしょうなぁ、ドーベルウィン卿。まさか異論などございませんよね」


「異論など元よりないわ!」


 ドーベルウィンは居心地が悪くなったのか、そそくさと背中を向けて歩き始める。


「ではこちらより当局に申し入れますので、よしなに」


 立ち去るドーベルウィンに向かってそう投げかけると、覚えていろよ! という、お決まりの捨て台詞を吐いて立ち去っていった。


(やれやれ、ホントにバカ貴族は)


 横柄に立ち去ったバカ貴族にゲンナリしていると、周りからの視線が痛い。嫌な視線が全身に突き刺さってくる。いずれも俺に向けられたものであるのは明らか。哀れみと蔑みで構成された冷たい視線。俺の世界だったら同情なのだろうが、この世界、ゲームの世界であるからエレノ世界と言おうか。このエレノ世界ではそうはいかない。


 このエレノ世界は王族を頂点とする厳然たる貴族社会。俺の世界とは意識が根底から違うのだ。黒いものでも白くなるという身分絶対のカーストの世界。高貴な身分と角を交えようとする行為自体が悪であり、蔑みの対象となる。


(決闘も面倒だが、この視線も面倒だ)


 俺は舌打ちした。こいつら。この視線を浴びせ付けてくる奴らも黙らせないと、俺の学園での安全は確保できんな。ああ、やだやだ。こっちは俺の世界に帰りたいだけなのに、なんでここまで面倒なんだ。


「アルフォード君!!!」


 叫びながら俺に走り寄ってきたのは、この騒動の因となった同級生のクルト・ウインズだった。華奢な身体に茶髪のショートボブという中性的な雰囲気を持つ小柄な少年は、心配そうに俺を見つめてきた。


「ごめんアルフォード君。僕のことなのにこんなことに巻き込んでしまって」


「ウインズ、君は何も悪くないよ。あの狂犬が見境なく噛みつきまくっているだけだから」


 今回の決闘騒動、直接の原因はドーベルウィンがウインズに絡んだ事である。もちろんウインズは何もやっていない。ドーベルウィンがウインズに難癖をつけてきただけのこと。誰にでもわかる話だ。


 ドーベルウィンはこれまでも貴族であることを笠に着て、何人もの平民出身の生徒をいびっていた。特にウインズは童顔であることも災いしてか、ドーベルウィンからターゲットにされていたのである。そして今日もウインズは絡まれていたのだが、寮の隣室の誼で間に入ったら、ドーベルウィンが発狂してこの事態となったという次第。


「けど、僕のせいで・・・・・ 話はどうなったの?」


 仲裁に発狂したドーベルウィンは俺と二人だけで話をするのだとウインズを引き離したため、どんな話がされたのか全く知らない。


「決闘を申し込まれた」


「ア、アルフォード君!!!」


 結果を簡潔に言うとウインズは俺の名を叫んでうなだれた。


「僕のためにこれ以上、アルフォード君を犠牲にできないよ」


「いや。相手は腐っているとはいえ貴族だ。あいつが決闘と言えば受けるしかない。君は何も悪くない」


「でも・・・・・」


「今回、君が我慢したとしても別の平民がターゲットにされるだけの話。早かれ遅かれこうなることは決まっていたんだよ」


 なんとかするから心配するな、とウインズの肩を叩いた。


「それより決闘に至る事情を学園側に話さなきゃならない。俺と一緒に説明してくれないか」


「僕にできることなら・・・・・」


 俺は元気のないウインズを連れて教員室に向かった。もちろんドーベルウィンとの決闘の件の報告の為だ。結論から言うと教官に報告するために昼からの授業、三限目が飛んでしまった。俺たちを聴取した教官は面倒くさそうな顔を隠そうともせず、淡々と報告書を書くだけに終始している。コイツラにとっては所詮、その程度のものなのだ。


 この学園は結局は貴族学園。貴族がいくら理不尽な物言いをしようと、無理が通れば道理は引っ込む。貴族子弟の不条理を正さんとするマトモな教官なんぞ皆無。ドーベルウィンの馬鹿げた要求は正当なものとして受理されるだけの話だ。


「実にくだらん」


 馬鹿な話だと思って思わず呟いた俺の言葉に、聴取していた教官はピクリと反応した。


「君、言葉遣いには気をつけたほうがいい」


「本当の事を言ったまでだ。後は学園側に対処を一任しますんで宜しく」


「そうか・・・・・ 後で泣き言を言うなよ」


 これ以上、こんな淀んだ空気の場にいても意味がない。教官とのやり取りを不安そうに見てくるウインズに目配せし、二人で一礼して職員室を出た。

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