緩やかな騎士たちの決闘

デッドコピーたこはち

第1話 セイレーン

 無線からシーラの鼻歌が聞こえる。戦いのさなかには不釣り合いだが、人類最強の古強者を咎めるものはいない。シーラは今日すでに五匹のADAMを仕留めていた。

「さらに来るぞ」

 シーラはADAMの胸からコンバットスピアをゆっくりと引き抜いていった。甲冑めいた強化装甲服パワードアーマーに身を包み、長槍を持つ彼女の立ち姿は、本物の騎士のようだ。

 数秒後、レーダーに三つの赤点が表示された。木々に阻まれて肉眼では見えないが、三つの赤点は猛烈な勢いで迫ってくる。

「ニナ、ヘレン、接敵準備。密集陣形ファランクス!」

 ロゼが叫ぶ。いま動けるのは隊長のシーラ、副隊長のロゼ、通信兵のニナ、それと私だけだ。パメラは足を負傷しているし、ペニーはADAMのぶちかましをモロに食らって、バイタルがフラットラインのまま戻ってこない。強化装甲服パワードアーマーが蘇生を試みているが望みは薄そうだ。

 シーラを除いた三人がパメラとペニーの前に移動し、盾を構えて密集陣形ファランクスをつくった。副脚を展開し、ADAMとの衝突にそなえて四つ足で踏ん張る。最も負担が大きい中央はロゼ、右はニナ、左は私だ。密集陣形ファランクスというにはあまりにも頼りないが、やるしかない。

 ADAMのぶよぶよとした外皮は、非常に熱に強く、水に溶いたコーンスターチみたいに、強い衝撃を加えると硬化する。硬化したADAMの外皮は戦車砲の直撃を防ぐほど強靭だ。もちろん、個人携行できる銃器など効きはしない。だが、逆にゆっくりと刃先を突き入れたなら、果物ナイフでもADAMの外皮を突き破ることができる。だから、私たちは、銃の代わりにコンバットスピアと盾を持っている。盾でADAMの突進を受け止め、コンバットスピアで心臓を一突きにするのだ。

 高度に洗練された人類の殺しの技は、ADAMの出現によって、中世レベルにまで後退した。しかし、だからこそ、一騎当千の英雄が生まれる余地がある。

「敵、来ます!」

 ニナがいった。私は盾を構える左手に力を込めた。ADAMの外皮をリバースエンジニアリングしてつくられたゲル装甲タワーシールドは時速70キロメートルで突っ込んでくるADAMの突進を受け止めることができる。だが、盾で受けるのをしくじれば、ペニーのようになる。

 シーラは跳んだ。彼女は盾を持たない。代わりに、長さの異なるコンバットスピアを一本ずつ持つ。

 ADAMが三匹、茂みの中から飛び出してきた。人型、ではある。体長は2mほどだが個体によってまちまちだ。白い外皮はたるんでいて毛が無く、腕がやたらとながい。ゴリラのようなナックルウォークで、叫び声をあげながら突っ込んでくる。

 シーラは一番おおきなADAMの肩に着地した。コンバットスピアの穂先がゆっくりとADAMのうなじあたりにめり込んでいき、のどぼとけから突き出た。シーラが長い方のコンバットスピアを残したまま、二匹目のADAMへ飛びかかっていくのが見えたあたりで、三匹目のADAMが盾に『着弾』した。

 凄まじい衝撃。副脚が地面にめり込み、押し込まれる。強化装甲服パワードアーマーのAR-HUDが警告表示で真っ赤になる。

「突け!」

 ロゼが言った。同時に、コンバットスピアを突き出す。焦ってはいけない。がむしゃらに突きたくなるのを我慢する。『遅いは速い、速いは遅い』だ。教本通りに、ゆっくりと、ねじ込むように、コンバットスピアを押し出す。

 ねっとりとした感触が手に伝わってくる。盾の上でADAMが暴れるが、焦らない。肋骨を避け、心臓めがけて穂先が突き進んでいくイメージを保つ。

 弾力のある膜が破れる感触。まだ、動いている。

 ADAMが叫び声をあげ、後ろへと跳ねた。たまらず、コンバットスピアを離す。三本のコンバットスピアが突き刺さったADAMはめちゃくちゃに走り回った末、倒れこみ、動かなくなった。

 私は初めてADAMを仕留めた興奮と虚脱感でしばらく呆けたあと、一人で戦っているであろう隊長のことを思い出した。

「シーラは」

 まだ、鼻歌が聞こえる。腑抜けた腰に力をいれて立ち上がり、予備のコンバットナイフを握った頃には、すべてが終わっていた。

 シーラは短いコンバットスピアをADAMの胸に深々と突き刺していた。ADAMの体が力を失くし、ずるりと崩れ落ちる。シーラはそれを受け止め、光を失っていくADAMの黒い瞳をじっと見つめていた。

 背筋に電流が走った。ああ、私もあんな風に殺されたい。そう思った。

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