精神不調
三浦航
精神不調
私は今幸せの真っ只中にいる。小説作家としてある程度の地位に立つことができ、さらにきれいで性格のよい素敵な女性と結婚もした。これがいわゆる勝ち組というやつなのだろう。
妻は結婚を機に私のマネージャーとなった。マネージャーといっても契約を交わしたものではなく、妻が私の身の回りの世話をしてくれているような感じだ。増えていく仕事、それに加えてスケジュール管理が苦手な私にとって、妻の存在はとても大きなものだ。
公私ともにパートナーである私たちは常に一緒にいる。文字通り常に一緒だ。ことの発端は結婚直後の妻の言葉だった。
「もし私の傍を離れたら死刑だからね。」
からかうような笑みを含んではいたが、割と本気だったようで、結婚してからこの半年は一緒にいる。家にいるときは部屋が違ってもいいが同じ屋根の下にいること、外出時にはトイレなどの時以外は一緒にいること、それがルールだった。
当初は新婚だったこともあって難なくルールに従えていた。仕事の打ち上げも、マネージャーが同行するという自然な理由で一緒にいられた。
しかし1年経った今、少し窮屈な気持ちになっている。旧友と遊びたいし、たまには一人になりたいと思う。
そんな気持ちになることが多くなったある日、大学時代の友人から飲みの誘いが来た。仲が良かった数人で飲もうという誘いだ。行きたいと言うと妻はついてくる気がした。そうでなくとも怒りはするだろう。幸い開始時間は夜遅かった。夜行性の私にとっては都合がいいし、妻が寝ている間に行って帰ってくれば、運が良ければお咎めなしだろう。
妻が寝てからの参加、という身勝手なことを言っても、友人たちは新婚さんは大変だな、と言ったりして同情してくれた。
当日、妻が寝ると言ったので、私は少し仕事をすると言い書斎に入った。妻は寝つきがいいので助かる。完全に寝たことを確認するとそっと家を出た。
久しぶりに会う友人との話は盛り上がった。卒業してから何年も経つが、当時のままで話ができる。つい妻とのルールのことで愚痴ったり、浴びるようにお酒を飲んだりした。酔いがまわって呂律が怪しくなる寸前でLINEが鳴った。
「私の傍を離れたら死刑って言ったよね。」
妻からのLINEにドキッとした。起きてしまったのか。でももうやってしまったことだからしょうがない。開き直ってグラスに残ったお酒を飲み干した。
結局妻に怒られるのが怖くなってほろ酔いで帰ることにした。楽しい時間を過ごした代償だし、こっぴどく怒られても我慢しよう。
ゆっくり家に入る。ただいま、と言っても返事がない。寝たのだろうか。リビングの電気を点けると、首を吊った妻がいた。微動だにしない。酔いがさめて状況を把握しようとする。妻の状態を把握しようと思ってもおそろしくて触れない。119番か、いや110番なのか、そう思っているとLINEが鳴った。
「私の傍を離れたら死刑って言ったよね。」
妻からだった。表示は現在時刻を示している。
パニックになりながら妻の方を見ると、妻の目から涙が落ちた。
精神不調 三浦航 @loy267
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます