素直になれなくて

篠岡遼佳

素直になれなくて


 秋の文化祭は終わりを迎えた。

 三日間の展示だったが、客も盛況。

 きっと3年生の食べ物屋は大もうけしていることだろう。


 だが、クライマックスはここからだ。

 生徒達だけの”後夜祭”。

 弓道部が放った火矢で点火された、本物のキャンプファイヤー。

 その回りを、僕らは踊る。

 流れてくる音楽に合わせて。


 彼女は僕よりも、大分背が低い。

 両手をつなぎ、後ろから彼女を見るけれど、その綺麗な淡い茶髪と、つむじしか見えない。うん、なんだか、かわいらしい。

 ずっと外で作業をしていた僕の体温が低いのか、彼女の手からはぬくもりを感じる。

 でも、まだ、本当のことは素直に言えない。


 音楽がループするタイミングで、本当は相手を交換するが、僕たちは何度も手をつなぎ直し、前後を入れ替えるだけ。

 輪から離れた、ふたりきりのフォークダンス。


 お互い正面を見たまま話す。

「言う気になった?」

「いやいや、まだまだ」

「頑固だ」

「約束だからね」

「そう、あなたは約束を破らない人だもんね。

 ――あの人が言っていたとおりだ」


 またループが来た。彼女はそのいっとき、僕の目を見て言う。


「もう証拠も何もかも揃ってるんだから」

 ――言いなさい。


 そう、彼女は探偵で、僕は犯人なのだ。



 ”桜の下には死体が埋まっている”。

 それを実行に移したのが、この僕。


 春もまだ来ない、真夜中の山の中。

 スコップ二種類とハンマーを持って、僕は一番大きな桜の根元を掘った。

 人が入るスペースは160cm。深さはとにかく深く、5m以上がベスト。

 当然、何日も何週間もかけた。

 最初は枯れ葉。次に腐葉土、泥に水、やっと土、かと思えば不法投棄。

 固く締まっていくそれらは、ときには岩となって僕を阻もうとする。

 だけど、これは意地だ。絶対にここにを埋める。

 手の豆は潰れ、皮膚が硬くなり、スコップも何度か変えることになった。


 完成したとき、僕は快哉の声をあげた。

 野犬の遠吠えだと思ってくれたら、いいんだけど。


 そして、僕は埋めた。

 愛したあの人を。

 それが最後の願いだったから。

 

 焼かれて灰になることを、あの人は望まなかった。

 葬られることを望んだ。

 うれしかった。そう言ってくれたことに、すべての力を注ごうと思った。

 愛していたから、涙のかわりに、僕はそのすべを選んだ。


 その年、咲いた満開の桜色は、たとえようもなく美しかった。



 ……半年が約束の期限だった。

 期限が来たら、ちゃんと公にすると。


 でも、


 ――君が来てしまった。

 君は探偵。物語の主役。僕は敵役かたきやくだ。

 知られてはならないし、約束をたがえてもならない。


 だから僕は、そんな君の手を取った。

 助手になったんだ。


 証拠? そんなの全部残ってる。どう処理しようっていうんだ。家の物置の裏でも見ればいい。

 アリバイ? 毎日のように夜中出かけていれば、誰だってなにかしら気づく。

 手が傷だらけになっているのだって知られているし、そもそも、あの人が病室からいなくなった時点で、あやしいのは僕だけだった。


 それでも探偵は探偵だった。

 聞き込みをし、周りの人間をピックアップし、考え、犯人を当てた。

 助手は不用心で不器用で、役に立たない男だったのに。

 

「ねえ、君から言ってくれたら、そんなにひどいことにはならないと思うんだよ」

 音楽の通り、右、右、左、左、と足を運びながら彼女は言う。

「未成年でしょ、同情の余地もあるし、初犯だし、君が手を下したわけじゃないし」

 右、左、右、左。

「名前もきっと出ない。新聞には載るかもしれないけど」

 かかとをつけて、彼女が回る。スカートの裾がふわりと広がる。

 つないだ片手を上げて、目線が合う。

「一緒に行こう」


 僕は黙って、彼女の手を取り、再び歩み出す。


「そうか、名前は出ないか」

「少なくとも、その努力はする」

「でも、家族には迷惑がかかるなあ」

「それを知ってて、君は選んだはず」

「そうだね、僕は女の子の言うことが断れないんだよ」

「そうだろうね」

「それもお見通しか……さすがは"探偵さん"」


 ふーっと長く、僕は息をついた。

 春からずっと呼吸をしていなかったように。

 

「あと一周しようか」

「いいや、もう時間がない。ほかの生徒に気取られる」

「……わかった。じゃあ、こっちを向いて」


 助手は、ここぞとばかりに隠していた手練を使い、探偵の額にキスをした。


「…………?」


 狐につままれたような、きょとんとした表情で、彼女は瞬きをした。

 僕は彼女を強く抱きしめて言う。


「"好きな人に捕まってね"、っていうのが、あの人との約束なんだ」

「――助手め」

「大切なものは隠しておくものだよ。

 特に大事なら、桜の木の下へ」



 ――右、右、左、左、右、左、右、左、前、後ろ、回って、あいさつ。



 僕らのフォークダンスは、もう少しだけ、続く。




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素直になれなくて 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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