第二部 Ⅹ:創世記 その1

 夜が明ける。アリス3号は沼からい上がって来て木と木の間に腰を下した。どうしよう。アニキに叱り倒されたあと、嵐にさか巻く毒沼に戻って来て、一晩中、潜りきりで一寸先も見えない泥の闇間を手探りで捜し続けたが、とうとう鍵は見つからなかった。みんなに合わせる顔がない。ひと息入れて、今度はもっと範囲を広げて捜し直してみなければ。アリス3号は体を横たえた。いつの間にか嵐が収まり、沼の表のあちこちにおとぎ話色のもやがかかりはじめている。

 アリス3号の耳に、ふと不思議な声が聞こえて来た。


 ティコ フィリ フィコ フィク ルルルル ル


 見ると頭のすぐ上のこずえで、ツグミくらいの大きさの四羽の黒い小鳥たちが、こんなうたを歌い交していた。


 ティコ フィリ フィコ フィク ルルルル ル

 恋に破れたロボットの

 乙女が鍵を投げ込んだ


 ティコ フィリ フィコ フィク ルルルル ル

 いじわる兄貴に叱られて

 二度と家には帰れない


 ティコ フィリ フィコ フィク ルルルル ル

 ぜんぶ見ていた預言者よげんしゃ

 鍵を呪文で見つけ出す


 ティコ フィリ フィコ フィク ルルルル ル

 沼のほとりの預言者よげんしゃ

 魔法の小屋に鍵がある


 ティコ フィリ ティコ フィク リリルル ル


 なぜか小鳥の言葉が分ってしまった。一晩中沼に潜っていたせいで、きっと毒の成分がアリス3号の聴覚センサーを侵してしまったに違いない。

 アリス3号は小鳥の歌を確めようと沼の周りを探索たんさくしはじめた。毒沼は広く複雑に入り組んでいて、見通しもきかず、足場といえば倒木や朽ち木でできた頼りない一本道しかなかったが、汚れた胴体のままもう一度、ボコボコと煮えたぎる泥地獄の中へ分け入って行く。浅瀬を横切り、もやのかかった岸辺に沿って渡って行くうちに、曲がりくねったマングローブの林のかげから、ふいに、戸も窓もない真っ黒なかやぶき小屋が姿を現した。どこにも支えられずに、空宙に浮かんでいる。


「前から思っていたんだけど」

 先に立って案内するアリス3号が今朝けさがたの出来事をそう話し終えると、銀河はひと言つぶやいた。

「お前って、ほんとに転んでもただでは起きない奴だな」

「ヘヘ、ソレホドデモ … 」

 皮肉で言ったのに、乙女ロボットは得意そうだ。

 いずれにしろ、一刻も早く鍵を取り戻さないと、レモたちのきょうのレッスンの時間に間に合わなくなる。預言者よげんしゃを見つけたら、いっそ手っ取り早くやっつけてしまうのが良いかもしれない。

「ホラ、アソコ!」

 向う岸の茂みに黒いかやぶき屋根がのぞいている。いかにも怪し気な邪悪さが漂っていた。

「アニジャ、トツニュウシヨウ?」

 アリス3号が顔をのぞく。

「もう少し様子を見てみよう」

 気はくがあせりは禁物だ。この星に来てから、どう少なく見積っても三度は命を落しかけた。

 その場にかがみ込んで、ふたりが朽ち木の足場から様子をうかがいはじめた時、小屋の黒壁からにじみ出るように、何者かがふいに姿を現した。ちっぽけな、チラチラ瞬く生き物だ。まっすぐこちらに向って来る。まずい。ここに隠れていることがばれてしまっているらしい。妖精だ。が、いよいよ迫って来た相手を見た瞬間、ふたりは思わず立ち上って顔を見合わせ、大声で叫んでいた。

「アレグレットダ!」

「アレグレット・アレグラメンテ!!」

 ポカンと口をあけた銀河の鼻の頭に止まるのかと思うほど、ぎりぎりの距離まで来ると、アレグレットはホバリングして空中にあぐらをかいた。

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