事故った果ての錬魂術士〜科学と魂の解放録〜

十四布都 伊太郎

第一話 嬉し恥ずかし

 時は、西暦20XX 年。日本。


 人類の科学分野の進歩は留まることを知らず、AIやロボット技術の発展により人類は合法的に奴隷を手に入れることとなった。大多数の人類が労働から解放され、各々が自由な時間の使い方を確立し、豊かな人生を謳歌することを実現していた。

 もちろん、日本でも例外ではない。


 まぁ、そんな時代に生を受けたのだけど、大学一年生の俺は学費を稼ぐために絶賛アルバイト中なわけで。


 労働からの開放? 確かにAIやそれを搭載したロボットのおかげで人類は娯楽に時間を費やすことが増えた。しかし、そんなものは結局のところ中流階級以上の家庭の話である。


 そうは言ったけれど、別に働くことは嫌いじゃない。


 このバイト、AIドローンによるフードデリバリーサービスの運営会社……ではなく、そのフードデリバリーサービスを運営している大手企業から、下請けでデリバリーの発注を請けAIドローンの発着や整備等を担当している零細企業だ。


「よし、あとはこの部品を取り替えて終わりっと」


 この会社のドローンの機体は旧型が大半でそれはそれはよく壊れる。搭載されているAIは運営会社のものなので、最新鋭だが機体はボロだ。老人の体に頭が冴えまくってる二十代の意識が入っているような感じだ。


 このAIドローンによるデリバリーサービスは現代社会に欠かせないサービスとなっており、下請けとはいえそれなりに儲かってはいると思うんだけど。実は儲かっていないのか、それとも社長がケチなのか。


 今日の労働のフィニッシュとなる本来ならこの棚にあるはずの部品をかき分けながら探してみるも見当たらなかった。


「社長ぉぉお! ……えっと名前なんでしたっけ?あの……ここのモーターの所のちっこいネジみたいな歯車みたいなやつが見当たらないんですけど!」


 少し離れたところで作業している社長に聞いてみる。この社長、小太りで少し抜けた所があるが割と仲が良い。気の良いおっちゃんだ。


「あぁ!? あっちゃー、発注し忘れてたか」


 こんな調子である。


「鬼丸君、ちょっとひとっ走り買いに行ってきてくれんか?バイト代上乗せしとくよ〜」


 出た。これが社長の常套手段だ。この時の顔がなんとも言えないニヤニヤ顔で吹き出しそうになる。


「ははっ、いいですよ! 任してください」


 正直言うと、バイト代が少し増えるのは嬉しい。なんな毎日でも買い出しに行きたかったりする。


「じゃあ今からお金と店までの道順をスマホに送っとくから」


「あれ、いつもと違う店なんですか?」


「そうなんだよ〜、その部品は少し希少でね。いつもの店には無いんだ。特にうちのドローン達は旧式だからさ」


 珍しいこともあったもんだ。


「わっかりました〜、じゃ行ってきますね」


「おっ! 頼んだよ〜」


 作業着のまま裏口から出て、ちょっとした小道を歩いていくと大通りに出る。大通りにさえ出てしまえば、だいたい自動運転の三輪スクーターが道の脇に放置してある。


 これは、スマホ内の個人情報を読み取らせることで解錠され、エンジンが始動できるようになり乗ることができる。あとは目的地を設定し、自動運転というわけだ。支払いは到着後に引き落とされる。


「よし、今日はスクーターあるな」


 ごく稀に運が悪いとスクーターが無いこともある。

 

 スクーターのそばに立ちスマホを取り出すとちょうど聞き慣れた電子音がピピッっと鳴る。社長からの送金と地図だ。社長はいつもかわいいブタさんのスタンプも一緒に送ってくる。


 正直、何が良いのかはわからないがおそらく小太りな自分の自虐ネタだろうと思っている。うんまぁその良さはわからないけれど、別に嫌な気もしない。


 スクーターのロックをスマホで解錠させ、スクーターに跨りながら地図を見る。


「へぇ、こんな所にも部品屋があるんだ」


 この辺の街は実はよく知らない。もちろんバイトで来るのだが、それはあくまで家と大学とバイト先の一連の繰り返しで来ているのであって周辺はよく知らない。


 知っているといえば、いつも行く方の部品屋ぐらいだ。ただし、それもはっきりと覚えているか? と言われれば、自信は無い。重度の……方向音痴なのである。


 スクーターに目的地を読み込ませると、ヘルメットとシートベルトをするようにアナウンスされる。スクーターとはいっても、三輪なので座席はそれなりにゆったりとしていて簡易的な屋根もある。発進時にだけほんの少しの駆動音がして、その後は静かなものだ。フィーンと道路を滑るように動き出した。


 発進さえしてしまえば、あとはスマホでもいじっていればいいし、なんならスクーターにも映像を見ることのできるスマホより少し大きいスクリーンも備え付けられている。


「地図を見た感じだとそんなに時間はかからなさそうだったけど」


 そうボヤきながら、周囲を見渡してみるともうすでに知らない街並みであった。無理もない、元々方向音痴なうえに覚える気もないのだから。


 街というのは、ひとつだけ道が違うだけで景色は様変わりする。この歳になって知らない街や風景が怖いとは思わないが、なんだかやっぱり心の表面がざわざわする。


 心のざわざわとスマホの画面とを行ったり来たりしていると、スクーターの速度が徐々に減速していることに気がついた。再び顔を上げ周囲を見渡す頃にはスクーターは完全に停止していた。


「ここ……か?」


 シートベルトとヘルメットをはずし、おもわず店の外観をゆっくりと見渡してしまった。


 すごく古い木造の日本家屋だ。おそらく、1950年代頃に建てられたものだろう。全体的に黒く茶色く汚れてはいるが、汚いとは思わない。はっきりいって木造の家屋なんて初めて見た気がする。


 看板にはうっすらと螺子山商会ねじやましょうかいと書いてある。


「……すご、雰囲気あるな。……なるほど。きっとすんごいお年寄りが店主で頑固親父もしくは偏屈婆婆って流れだな」


 スクーターから降り、引き戸に手をかけゆっくりと力を込める。なんとなく予想はしていたが、込めた力に比例して引き戸は動いてはくれなかった。


「ふんぐっ」


 力いっぱい込めてみる。


 するとガゴッという打撃音にも似た音がした後、鈍い音を出しながらなんとか開いてくれた。

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