第20話 帰還
魔物たちは洞窟内に差し込んできた光を嫌って、出てこなかった。
二人は手を繋いで洞窟を歩いた。
封印されたサソリのところまで戻ってくる。バルクは立ち止まった。
周囲を改めて見ると、そこかしこに鎧や折れた剣などが落ちている。ここで何組のパーティーが力尽きたのだろう。
「バルク、これ、違うか?」
いつの間にか火が姿を現していて、バルクを呼んだ。
紙のように引き裂かれた鎧の胸当てには、見覚えがあった。
「デメル…」
バルクは鎧に手を触れる。
よく見ると、骨と思しき白いものが落ちているが、原型は留めていない。
胸当ての近くに、デメルのコールリングが落ちている。バルクはそれを拾った。鎧とコールリングをコンテナに収蔵する。骨も、デメルのものと思われるものは出来るだけ集める。
「あと二人いる」
デメルが前衛として先行していた。あとの二人はそれより後ろにいるはずだ。あの時の配置を思い出しながら探す。残りの二人もすぐに見つかった。
「グレイ、リアナ…」
二人は恋人同士だった。どちらかがどちらかを庇ったのだろうか、重なり合うようにして倒れている。鎧の下には二人分の骨が混ざり合って散乱していた。
割れた頭蓋骨にジェムが結合しようとしている。もう一方より一回り大きいこちらは、おそらくグレイだろう。このままにしておけば、いずれ魔物になる。
「魔物になったきみとは戦いたくないよ。すばしっこいし、タフだし」
バルクは頭蓋骨からジェムを外した。乾いた音を立てて頭蓋骨が割れる。
二人のコールリングと鎧も回収した。混ざり合ってしまった二人の遺骨を区別することはできなかったので、一緒に回収する。それでいい。
(こうしていても、まだ半分夢を見てるみたいだ。きみたちがもう、世界のどこにもいないなんて…)
リコがバルクの隣に膝をついて、そっと背中に手を回す。自分でも気づかないうちに涙が流れていた。
「ありがとう、リコ…。ジュイユ師の言うとおりだ。いい奴はみんな死んでしまった」
塔に戻ると、広間のそこここから蒸気が上がっていて、戦闘の形跡があった。
魔物たちがリコとバルクに気づいて集まってくる。
〈みんな…!〉
リコはあっという間に魔物に囲まれる。
「バルク!」
「ルー、無事だったんだね。良かった」
「バルク、戻ってきてくれて嬉しい」
バルクは石の床に膝をついて、ルーと抱き合って再会を喜んだ。
「ここにも魔物が来たんだね」
「大変だった。大騒ぎだったんだよ」
ルーはその場でぴょんぴょん跳ねた。
「ここは、聖域と地下の水脈で繋がってるんだ。神獣に煽られた魔物たちがこっちにも流れてきた」
ジュイユがやってきた。
「封印は成功したようだな。ピタッと魔物の発生が止まったんでわかったよ。泉の様子を見てくる。ドラゴンに頼んだので、間違いはないと思うが」
「僕も行きます」
「いや、いいよ。お前さんは休んでいな」
話しながら扉を出ると、ちょうどドラゴンが戻ってきた。
「よう。首尾よく行ったな」
ドラゴンはバルクを見て言った。
「泉はどうだった」
ジュイユが尋ねる。
「ああ、泉の精霊たちと森のフレイマと沸いてきた魔物の三つ巴になってたんで、水ぶっかけといたぜ。それでいいんだろ?」
「魔物が人里に流れて行かなけりゃ、なんでもいい」
(泉の精霊にドラゴンが怖がられてる理由がわかる…)
「しかし、よく闇の来訪者を追い払ったな」
ドラゴンはバルクを見た。
「僕は何もしてない。やったのはリコだ。正確には、闇の精霊かな」
「闇の精霊でも来訪者を倒すまではできなんだか」
「最後は闇の来訪者が逃げた形だったので、とことんまで戦っていたら、どうだったでしょうか。しかし…、あの、闇の精霊は、なんなんですか。見た目はリコそのものだった」
「あれは、リコの母だよ」
ジュイユが答える。
「正確には、リコの母だった女の、闇に侵されて狂い、腐った魂だ」
「母を宿した娘、と闇の来訪者が言っていたのは…」
「…リコは、母の魂を封印することを拒んだ。その代わりに、自分の中に受け入れ、自身の魂と結合させた。結果、闇の精霊はリコの母の姿を取ることになった」
「闇の来訪者は、声を与える代わりに光を奪っている、とも言っていました」
「そこまで見抜かれていたか…。いずれにせよ、リコと闇の来訪者は、もう一度会わねばならんのだろうな」
ジュイユはため息をついた。
塔の中では魔物たちが後片付けに動き始めていた。四体の精霊たちも手伝っている。
「よりによって水の配管ぶっ潰しやがった」
骸骨シェフが水に言っている。
「給排水設備がやられたのは厄介ですねぇ。これは、人間の技術者を呼んだほうがいいかもしれません。下水道との接続の関係もありますし」
「こんなとこに来てくれる水道屋、いるか?」
シェフが言う。
「待って、設備全替えとかになったら、お金が足りないんだけど!?」風が頭を抱える。「割賦って頼めるのかなー」
「無理でしょう。我々には信用ってものがありませんからね。それよりも、質に入れられそうなものを探したほうが早いと思いますよ」
「…そんなものがあるならね」
「まあ、最後の手段としては、出稼ぎですかね」
「出稼ぎ?」
「ほら、今回のことで、我々はそれなりにデキるってことがわかったじゃないですか」
「ジェムハンターになろうっての?」
「精霊使いたちと同じことをするまでですよ」
「まあ、最後の最後にはそれしかないのかな…。野菜売ってもたかが知れてるし…」
「野菜作りも悪くありませんけどね。なにせこちらは人件費がかからないという強みがありますから。ただ、すぐに先立つものがほしいとなると」
「…まず、まずは見積もり取ってもらおう。資金繰りはそれから考える。ラシルラに水道屋さんっているのかな」
「おっ、今思いついたけど、精霊使いの村経由で水道屋紹介してもらえねえかな? あそこだって時々トイレ詰まるんだろ? あそこに行けりゃ、こっちだって大丈夫だ。俺たち、隠れてるからよ」
シェフが言う。
「トイレがどれくらいの頻度で詰まるかは知らないけど、それはアリね…。ここは登記上は、精霊使いの村の共同設備ってことになってるし、村経由で水道屋さんを頼んだっておかしくはない。ついでにお金貸してもらえないかな」
「村と友好的な関係ならともかく、こんな時だけ金貸してくれって、それは面白すぎるでしょう」
「そっか、ちくしょう…。もっと愛想良くしてれば。でも、おじーちゃん嫌いなんだよね。水はその点大丈夫なんだろうけどさ」
「え? 私も嫌いですけど? 少なくとも、リコが寂しく思っているらしいことに腹を立てている程度には嫌いです」
「めっちゃ嫌いじゃん」
「ジュイユに行ってもらいましょう。彼の話なら族長も無碍にはしないでしょう」
「貸しも作ったしね」
「彼らが借りと思ってくれるかは疑問ですけど、まあ、ちょっとばかり感謝されてしかるべきですね。リコは守護者としての務めを果たしました」
「そうだよね」風は何度かうなずくと、声を張り上げた。「ジュイユ、いるー!?」
「なんだ、呼ばれてるな」
ジュイユは扉の方を振り返った。ドラゴンは去った後だった。
「ここにいるぞ。どうした?」
風がやってくる。
「乱入してきた魔物が塔の水道管壊しちゃってさ。水が送れないんだよね。応急処置はしたんだけど、水道屋さん呼んだほうがいいだろうって話になって。それで、お願いなんだけど、村に出入りしてる水道屋さんいたら、紹介してもらえないかって、おじーちゃんに頼んでもらいたいなー、なんて」
「お前さんたちはすぐそうやって苦手な仕事を私に押し付けるな」
「私たちが言っても聞いてもらえないかもだから。ね?」
「わかったよ。しかし、そんな金あるのか? 人間を動かすには金がいるぞ」
「ジェムハンターでもなんでもして稼いでくる」
「あ、それなら」
バルクはコールリングのコレクタを起動させる。自動でジェムを収集する装置だ。
「どれくらい集まるかと思ってオンにしてたんだけど、かなりあるみたいだ。足しにして」
出してみると、あっという間にジェムの小山ができる。
「うわ、思ったよりすごい。かなりの金額になるよ。もしかしたら、これで修理代が賄えるかも」
「最高!! 好き!!」
風はバルクに抱きついた。
「…ハンター協会で換金してくる。その方がレートもいいし」
さりげなく風を引きはがして、ジェムをしまう。
「ジュイユ、すぐに行ってきてよ」
「調子のいい奴だな」
ジュイユは面倒くさそうに言う。
「様子伺いだとか、言い訳はなんだっていいじゃん。行ってきてよ」
「あ、あと、聖域の天井に大穴開けちゃってすみませんって…」
「まったく、面倒な仕事は全部私に押しつけおって。どうしようもない奴らだ」
ジュイユはブツブツ言いながら姿を消した。「離脱」で村に行ったのだろう。
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