第18話 伝えた真実

「学校さぼったの? あとで親に連絡いくんじゃない? あ、赤谷は謹慎中だったか。アイス食べる?」


 一番学校に行っていないはずの美咲が、笑いながら三人を見た。そして、まるで自分の家のように、碧理の前に座布団を並べていく。


 すると、美咲は当たり前のように真ん中に陣取った。その隣に翠子が座り、翠子の隣には慎吾。必然的に美咲の反対隣は蒼太になった。

 慎吾や翠子、蒼太が緊張している中、美咲だけが呑気にアイスを配る。どうやら大量に買っていたようだ。


「これ美味しいからおススメなの。バニラとチョコレートと苺味。あ、翠子さんとは会った記憶がないから初めましてだよね? 私、白川美咲よろしく」


「高田翠子と申します。よろしくお願いします。あと、アイスもありがとうございます」


 翠子が行儀よく頭を下げる。


「気にせず食べてよ。美味しいよ、その苺味」


 自由奔放な美咲がいてくれて良かったと碧理は安堵した。

 美咲がいなかったら、部屋の中は重苦しい雰囲気だっただろう。更にギスギスしていたかも知れない。

 翠子と慎吾が美咲に促されアイスを口にする。そんな中、蒼太だけが碧理を見つめたまま口を開いた。


「……怪我は大丈夫? 倒れた時、凄い音がしたんだよ。大騒ぎになって、浜辺が大泣きしてたけど連絡した?」


 蒼太の説明を受けて、碧理は困ったような表情を浮かべた。

 瑠衣は昔から、少しだけ大げさに物事を捕える傾向がある。


 本人から連絡は来ていたが「大丈夫」だと一言伝えただけ。それ以降は返事を返していなかった。


 大量にメッセージは届いていたが、クラス中に噂が回ることが目に見えている。それも真実ではない尾ひれがついたものが。

 それを予想して、碧理は自分が学校へ行くまでは、体調不良を理由に連絡を絶つことに決めたのだ。


「うん、一回だけ。落ち着いたらゆっくり連絡するつもり」


「そう。そうしてやって。刹那も困っていたから」


 蒼太の友達の筧刹那は、彼女である瑠衣の対応に苦慮しているようだ。その姿も想像出来て、碧理は苦笑する。


「それで、聞きたいことがあるんだ。……これなんだけど」


 蒼太が鞄から出して来たのは赤いノート。あの文章が書かれている碧理のノートだ。


「あ、これ……」


 碧理は思い出す。

 蒼太と公園で会った時に忘れてしまったことを。


「中……見たんだ?」


「見た。やっぱり、花木が関わっていたんだね。ここにいる三人同様に僕も知りたい。あの三日間になにがあったのかを。教えて欲しい」


 真剣な表情の蒼太に、碧理は困ってしまう。

 言えないのは、全て蒼太のためだと喉元まで出かかった。

 だけど、皆が集まってしまった。


 碧理も覚悟を決める時なのかも知れない。でも、それを伝えなくても良いのならそうしたい。

 碧理は流れに任せることにした。

 言わなくても良いのなら、このままにしておこうと。全員が傷つかずに済むのだからと。


「……ノートを見たならわかると思うけど、ここにいる五人で『紺碧の洞窟』を目指したの。皆、叶えたい願いがあったから。森里君以外はね。森里君は、私達のことが心配で付いて来てくれた」


 碧理は語り出す。


 口にしたくない真実を言うために。

 碧理が蒼太を見ると真剣に話を聞いている。

 その姿を見ていると手が震えて、思わず布団を握り締めた。


「ちょっと待って。私にもそのノートを見せて」


 美咲がアイスを置くと、蒼太からノートを渡される。

 あの言葉が書いてあるページをじっと見つめると、碧理を見た。


「……うーん。これだけ見てもやっぱり思い出せない。これを書いたのは碧理なの?」


「ううん。洞窟の管理人さん。……私もいつ書いたのか知らないの。管理人さんから教えて貰ったのは、願いが叶うと記憶が一つ失うってことだけ」


 そう。願いは叶った。

 でも、碧理だけ記憶は残ってしまった。なぜなのか、それは碧理自身もわからない。


「……じゃあ、私達四人が記憶を失ったのは願いを叶えたから?」


 美咲の問いに、碧理は強張った顔で頷いた。

 ここで嘘を付いても皆はわからない。

 大切な人を守る嘘なら許されるのではないかと。

 でも、頭とは反対に心はそれを拒否する。すると、自然と言葉になった。


「うん、叶ったの。でもね……願いは、それぞれが思っていたのと違う願いになった。アクシデントが起きて」


「アクシデント?」


 四人が碧理を見つめる。


 碧理の視線の先には蒼太がいた。

 本当にここで真実を伝えてしまって良いのか。それは酷く残酷なことではないのかと、碧理は葛藤する。



 知らなくても良い真実があるのではないかと。でも、隠すことは出来なかった。


  

「あの時、どうしようもなくて、死んだの……死んでしまったの」



 辛くて言いたくなくて、泣いてしまった碧理の言葉に四人が衝撃を受けた。





  それぞれ顔を見合わせて困惑している。


 どうしてなのか。誰が死んだのか。聞きたくても碧理は顔を手で覆ったまま中々顔を上げない。


「花木! 誰が死んだんだよ。どうやって! 誰かに殺されたのか?」


 慎吾が興奮気味に声を荒げて立ち上がる。

 それにつられるように翠子も立ち上がり、縋るように慎吾の腕を掴んだ。その顔色は蒼白だ。


「ちょっと! 赤谷、落ち着きなさいよ。それに、今、全員生きてるじゃない!」


 美咲も立ち上がり、碧理を守るように慎吾の前で仁王立ちになった。


「それは、そうだけど……。花木、誰が死んだんだよ」


 美咲の剣幕に驚いた慎吾は、少しだけ冷静になったようで、もう一度碧理を見る。

 唇を噛みしめて涙を何度も手で拭っていると、目の前にハンカチが差し出された。


 角に小さく白い糸で描かれた猫の刺繍が見える。


それは何回も見ているハンカチで、一昨日は黒色。そして今はネイビーだ。どうやら蒼太はここのブランドが好きらしい。

 一人だけ冷静な様子の蒼太は、碧理と目が合うと悲しそうに笑った。

何かを悟ったように。

 そして、目尻を下げて口を開いた。



「……死んだのは僕でしょう? じゃなきゃ、あんなに毎日、僕のこと心配そうに見ないよね? ごめんね……花木さん一人にだけ辛い記憶が残ったままで」


 その言葉で、更に碧理の瞳から涙が零れた。

 それは碧理の、布団を握り締めている手の甲に落ちていく。


「私を庇ったの。本当は、私が死ぬはずだったのに……ごめんなさい。ごめんなさい!」


 泣きじゃくり始めた碧理に、蒼太はハンカチを優しく手渡す。


「花木さん。君が死んでいたら僕も同じことをしたよ。そして、記憶が残ったままだったのは僕だったかも知れない。だから……自分を責めるのは止めて。僕は今、生きているから大丈夫だよ」


 碧理の手の中で強く握ったハンカチは、さらにしわくちゃになった。

 蒼太は自分を責めるなという。

 だけど、あの夜を思い出すと、碧理の心は冷静ではいられない。


「……ずっと、森里君を見ていたのは、いつか消えてしまうんじゃないかと思って。その時は、今度は私が助けなきゃって……ごめんなさい」


 懺悔を繰り返す碧理に、蒼太は首を何度も振る。

そして、慰めるように頭を撫でた。

 すると美咲も傍に来ると座り込み、涙で濡れた碧理の両手を取った。


「……正直に言うと、私じゃなくて森里で良かったって思うの。そのせいで記憶がなくなったのは残念だけど、私は皆が今、生きていて嬉しい。だから記憶をなくしたこと自体は気にしない。だから泣かないで!」


 美咲の励ましのような思いがけない言葉に、思わず碧理の涙が止まる。


「……白川、それ酷くない? 死んだ本人目の前にして」


 呆れたような蒼太の言葉にも、美咲は動じない。


「あ、ごめん、ごめん。でも、森里も記憶がないのなら、それはそれで良かったって思わない? 覚えていたら精神状態絶対最悪よ。何度も自分が死ぬ瞬間思い出すなんて最悪じゃない」


 美咲の言うことも一理あった。

 蒼太が死んだ光景を覚えている碧理は、自責の念でこの二カ月間苦しんで、悪夢ばかり見てきた。

 それを思えば、記憶がないだけ幸せなのかも知れない。


「おい、お前ら。本当にそんな非常識で非科学的なことを信じるのか? あり得ないだろ? 人が死んで生きかえるとか。俺は信じない。花木の虚言かも知れないだろ」


 美咲や蒼太と違って、慎吾は信じていない様子で捲し立てる。それに応戦したのは美咲だった。


「なによ、赤谷。碧理が私達に嘘を付いて何の得があるのよ!」


 慎吾に掴みかかる勢いで立ち向う。


「あのな、現実を見ろよ。証拠も何もないんだぞ。俺達の記憶がないことは事実だけど、蒼太が死んだとかあり得ない。しかも、願いで人が生きかえるとか……。なら、大切な人が死んだ家族や恋人は、全員、洞窟で願うだろ? 花木は他に何か隠しているんだよ。それ以外の事実を」


「世の中、不思議なことだって起きてるじゃない。超常現象や心霊現象だって、どう説明するのよ。それに、この赤いノートが赤谷の家にあったことや、私が持っていた指輪だって説明がつかないわ!」


 二人がそれぞれ言ったことは全部当たっている。


 現実には信じられない奇跡のような体験。それを碧理達は経験したのだ。

 本来、願いが叶うのは、その人の努力や奇跡も含まれる。人が生き返る現実は、はっきり言ってありえない。


「――私は信じます。碧理さんを」


 美咲と慎吾の言い争いを止めたのは翠子の言葉。

 翠子は、碧理の目の前に座り込むとハンカチを自分の鞄から取り出した。


「このハンカチは森里さんの物だったのですね。これは、私の部屋にある、机の引き出しの中から出てきました」


 それは、碧理が今、持っているハンカチと同じ物。

 ネイビーのハンカチには四つ角の一角に猫の絵が描かれている。


「どうして、翠子さんが持ってるの? 二カ月前に俺が貸したとか?」


 蒼太は翠子から受け取ると、まじまじと自分のハンカチを眺めた。


「私が借りたのですか? このハンカチを」


 答えを持っていない翠子は碧理を見た。


「……正確には違う。そのハンカチは、私が森里君から借りたの。一日目の夜にカレーを作ろうとして包丁で指を少し切ったんだ。その時、貸して貰ったの。その後、翠子さんが転んで膝を擦りむいたから貸したの。もちろん、森里君から許可貰ったよ」


 懐かしそうに碧理は目を細める。

 廃校で過ごした、あの夜を。



「――花木さん。提案なんだけど、僕と一緒に当時のルートをまた最初から辿ってみない?」


 そう言い出したのは蒼太だ。

 思いもよらなかった提案に、碧理は泣きすぎて真っ赤な瞳を蒼太に向ける。




「……あの時のルートを?」


「そう。確率は少ないと思うけど、何か思い出すかも知れない。それと……」


 言葉を一旦切った蒼太は、美咲が投げ出したままの赤いノートを手に取った。


「僕はこの、洞窟の管理人さんに会ってみたい。この文字を書いた人物にも当時の状況を聞きたい。花木さんは、この人がいる場所を知っているよね?」


「うん。知っているけど……。新幹線や飛行機を使えば洞窟まではすぐ行けるよ。でも、皆で寄り道した場所を全部回るとなると、日帰りは難しいの。それに学校さぼったら、また問題になるよ。何より、管理人さんにまた会えるとは限らない。私達が会ったのも偶然だったから」



 さすがに、もう一度、青春十八切符を使って、二カ月前と同じ自分達の足跡を辿るのは時間がかかり過ぎる。


 何よりも、夏休みが終わったあとで学校が始まっている。そんな中、週末に泊まりがけで行くにしても、翠子や慎吾は両親が許可を出さないだろう。

 一度、皆、無断外泊を体験しているのだから。


「僕は大丈夫だよ。それに、今回は両親に許可を取るから。お金も借りなきゃならないしね」


 蒼太の心は固まっているようだ。

 紺碧の洞窟へ行くことが。


「あ、なら私も一緒に行く。私は引きこもりだから問題ないよ。それに、森里と同じく今回は親に許可を取ります。前の時に、兄と弟に迷惑かけたから、今回はさすがに協力してくれないしね」


 なぜか美咲までもが行くと言う。


「えっ? 待ってよ、二人共。三年のこの時期に問題起こしたら推薦取れないよ!」


 行くのを止めようと、必死に説得を試みる碧理は、二人が大学を目指していることを知っていた。しかも、二人共、有名な難関大学だ。


「私は問題ないよ。一応、学年トップだから。私の場合は出席日数足りないから最初から推薦ないから。自力で合格する自信がある」


 美咲はあっけらかんと答える。しかも、言っていることがかっこいい。


「確かに推薦はあると嬉しいけど、無くても問題ないよ。僕もそこまで成績悪くないから」


 蒼太までもが笑顔で「いらない」と言う。


「俺は最初から評判も良くないし、今回のことで謹慎処分だから気にならない」


 すると、なぜかさっきまで全てを否定していた慎吾までもが「行く」と言い出した。

 腕を組んで碧理を真っ直ぐに見つめるその眼差しは、狩りをすると決めた野生のライオンの顔つきだ。


「待って、赤谷君。また問題を起したら退学になるかも知れないよ。それに、ご両親が厳しいじゃない! また嘘をつくつもり? こんな超常現象信じていないって言ってたじゃない!」


「今も信じていない。でも、確かに蒼太の言うことも一理ある。痕跡を辿れば何か思い出す可能性があるかも知れない。親は説得する」


 慎吾もどうやら覚悟を決めたようだ。

 残る翠子だが、神妙な顔つきで何かを考えている。


「翠子……さん。ご両親が心配するから止めよう。二カ月前、発見された時、大騒ぎになったんじゃない?」


 碧理が声をかけると、翠子が困ったように頷いた。


「ええ。私と慎吾君は一緒に発見されました。私の自宅の裏庭で」


 そう言えば、慎吾と翠子があの三日間を過ごした後、どこで見つかったか聞いていなかったのを碧理は思い出した。


 碧理は十一日の朝、洞窟に近い海にいた所を警察に保護された。どうやら朝早くから一人でいた碧理を不審に思い、誰かが通報したらしい。

 美咲は十一日の朝に元家庭教師のアパートの前で。慎吾と翠子は十一日の朝、翠子の家の庭で発見された。


 蒼太は洞窟の近くにある病院の敷地内で意識不明のまま保護された。そこは、蒼太が死んだ病院だ。


「それは皆、驚いたでしょ?」


 まさかの自宅での発見に、碧理は勿論、美咲も蒼太も興味津々だ。


「ええ。私達、どうやら駆け落ちしたと思われていたみたいで」


「翠子!」


 今の時代には考えられない時代錯誤な言葉に、碧理はどう反応して良いのかわからない。それは蒼太も同じだったようで、曖昧な表情を浮かべている。


「駆け落ちとはまた古風ね。二人共、付き合っていたんだ」


「はい。でも、記憶喪失になる前に慎吾君から別れを切り出されました。そこまでは覚えているんですけど、その駆け落ち騒ぎがあったので、別れ話はなくなりました」


 嬉しそうに翠子が微笑んだ。


「いや。まだ別れないと決めた訳じゃない」


 憮然とした表情で慎吾が言い返す。


「私は別れません。だから、頑張ります!」


 美咲や蒼太は翠子が何を頑張るのかわからないだろう。でも、事情を知っている碧理にはわかった。

 二人で周りを説得したのだと。


「二人共、留学することにしたんだ? 頑張って」


 思わず碧理がそう言うと、慎吾と翠子が目を見開く。


「……花木は知っているのか。俺達が何を求めていたのか」

「うん。あの夏に二人が別々に話してくれたから。大変だったんだよ。二人の誤解を解いて繋ぐのは。私に感謝して」


 碧理は頬に流れたままの涙を拭いて笑った。

 二人が目指していた道が繋がっていることが嬉しかったから。

 もう翠子は泣かないし、慎吾は逃げないだろう。


「私も両親を説得します。そして、皆さんとあの三日間の痕跡を辿ります」


 覚悟を決めた翠子は綺麗に頭を下げた。


「えっ? 翠子さんも行くの?」 

「勿論です。慎吾君は信じていないようですが、私は碧理さんを信じています。また連絡しますね」


 すぐに五人で連絡先を交換する。

 慎吾を連れて翠子が部屋から出て行こうとした時、ふいに足が止まった。



「持ち帰る所でした……これを。貸して下さってありがとうございます」


 そう言って翠子が差し出したのは蒼太のハンカチ。

記憶がない翠子が持っていたものだ。


「……どういたしまして」


 蒼太がそう答えると、翠子がお辞儀をして慎吾と部屋を出て行く。

 翠子は、両親を説得するために動き出したらしい。

しかも納得させる自信があるようだ。


「なら、私も親から許可取ってお金貰って来るね。あ、碧理もお父さんから許可貰うんだよ? じゃあね」


 そう言うと、美咲も軽やかな足取りで出て行った。

 碧理に重い宿題を残して。

 どうやって拓真から許可を取ろうかと悶々と考え出した碧理は視線を感じた。


 残った蒼太も出て行くものだと思っていたら、なぜか碧理の目の前に座り続ける。どうやら話しがあるらしい。


「あの。どうしたの? 森里君?」


 意を決した蒼太は神妙な面持ちで切り出した。


「……花木さんと僕は、いつから付き合っていたのか教えて欲しいんだ。あの日からずっと気になっていて」


 そう言われて碧理は固まった。そして、そわそわと落ち着きがなくなった。

 碧理は思い出す。


一昨日、公園で思わず「付き合っていた」と嘘をついてしまったことを。


「あ、あの。ご、ごめんなさい。あれは嘘なの。私達、付き合っていないから……。その、安心して?」


 顔を真っ赤にさせながら、碧理は頭を下げる。

 穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。そうだったら良いと思った願望を、つい記憶がない蒼太に言ってしまい、羞恥心で死にそうだった。


「そうなんだ? 真実かと思った……」


「……ごめんなさい。つい、その、言ってしまって」


 消え入りそうな声で語尾が震え、碧理は顔を上げられない。

 これでは、自分から蒼太が好きだと言っているようなものだと気づく。

 ずっと心の中に秘めた想いは語られることなく消えるはずだった。なのに、あの時、思わず声になった。


 そのことが恥ずかしくて、碧理はたまらない。


「あのさ。二カ月前、記憶のない三日間の間に、僕は……花木さんに何か言ったりした? その……好きだとか?」


「えっ?」


 驚きすぎて碧理は顔を上げた。

 そして思い出してしまった……あの日のことを。さらに顔に熱が集まる。

 今の碧理は林檎のように真っ赤だ。


あの時のことを思い出すと、照れてしまって恥ずかしい。でも、とても嬉しかった。


「花木さん。……顔、真っ赤。僕は何か言ったんだ?」


「それは……」


「教えて欲しいな」


 挙動不審な碧理の態度が、そう言うことがあったと全てを物語っている。だが、本人は中々頷かない。


 碧理は少しでも冷静になり顔のほてりを冷まそうと、両手を頬にあてた。落ちつくようにと深く深呼吸をする。


 そして、また嘘をつく。


「――ううん。何も言ってないよ」


 そう言うと胸が少し痛い。


 でも、今の蒼太には伝えることが出来ない。蒼太が事故に合う前に、碧理に告白した事実は教えないことにした。なぜなら、あの時と状況が異なるからだ。


 一緒に過ごした三日間は、蒼太の記憶から消え去っているのだから。

 恋が叶った瞬間はあの状況だからこそ生まれた。だから、今の二人の微妙な関係では何も起こらない。


「……本当に?」


「うん。本当だよ」


 碧理がそう言うと、蒼太は少し困った様子を見せる。


「……わかった。僕もこれで帰るね。また連絡するから。身体に気を付けて。何かあったら連絡してくれて大丈夫だから」


「ありがとう。気を付けて」


「あ、見送りはいらないよ。ゆっくり休んで」


 そう言うと、蒼太が出て行く。


 それから一週間後、五人全員が保護者からの許可を貰い、秋の三連休に出掛けることが決まった。


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