第10話 逃げきれない過去

「花木碧理。話がある」


 またかと碧理は顔を顰める。しかも、今度は昼休みだ。


午前の授業が終わると、慎吾の突撃を恐れて碧理はすぐに椅子から立ち上がった。手にはお弁当を持ち、瑠衣に声をかけて出て行こうとした時、それは起こった。


 授業が終わったばかりの教室は、まだクラスメイトが全員揃っている。その視線は当たり前のように碧理と慎吾に集中する。

 連続して三日間。慎吾は碧理を訪ねて来ている。それだけでも噂の的なのに、今日は登校すると、更に新たな噂が追加されていた。


 ――花木碧理と赤谷慎吾は付き合っている。


 そのとんでもない噂に、碧理は辟易した。

 朝一からクラスメイトや瑠衣に取り囲まれ、すでに疲労困憊だ。午前の移動教室だけでも、碧理が歩くと、他クラスや別学年の生徒達が意味ありげな視線を送ってくる。


 その噂を否定しつつも、適当な言い訳は浮かばない。

 しかも、昨日の蒼太との件もあって、碧理は心底疲れていた。

 蒼太は蒼太で、碧理に話しかけるタイミングを探していたが、それを尽く碧理が避けていた。


 おかげで二人は目も合わない。

 そんな中での慎吾の来訪。碧理は逃げることに決めた。


「……瑠衣。私、早退するからよろしく。先生には適当に言っといて」


 後ろの席にいた瑠衣に声をかける。


「えっ? 碧理。えっ……大丈夫? 本当に顔色悪いけど」


「よろしく」


 暗い顔をして碧理が鞄を持って教室を出て行く。その様子をクラス全員が見送った。


「花木。……昨日の話をしたい」


 廊下に出ると、当然のように慎吾が通路を塞いだ。


「頭が痛いから帰る。どいて。もう、話したくない」


「花木!」


「……もう、お願いだからほっといてよ。赤谷君、それは思い出さなくても良い記憶だよ。……翠子に伝言頼んでも良い? 昨日は酷いこと言ってごめんなさいって伝えて。それと、諦めないでって」


 そう言うと碧理は歩き出した。


 だがそれだけで慎吾が納得するはずもない。

 三日連続で逃げようとする碧理を捕まえようと、すれ違い様に碧理の手を引っ張る。慎吾も連日の苛々が溜まり、その怒りを碧理にぶつけた。


「花木! いい加減に――」


「えっ?」


 後ろから腕を掴まれ、碧理は体勢を崩した。


 いきなりのことで受け身もとれず、そのまま思いっきり固い廊下に背中から倒れ込んだ。

 頭を打つ鈍い音が耳に届く。



後頭部に痛みが走り、碧理の意識はそこで途絶えた。

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