あれから何度か、少女の夢を見ることがあった。

 彼女の話す内容は大体いつも同じで、身の周りで起こったことや、彼女の興味を引くものについての話題が大半を占めていた。

 少女は一くさり話し終えると、最後には決まって、余に〈ニホン〉へ来ることを乞うた。気がかりなのは、彼女の父上の状況である。夢で少女の話を聞く度、父上を取り巻く環境が悪化しているように思われた。今ではもう、〈ガッカイ〉を追放されてしまったらしい。余は〈ガッカイ〉というものが何なのかは存ぜぬ。だが、追放されては困る場所である ことは、少女の声色から容易に想像できた。

 急がねばならぬ。一刻も早く、余の姿を〈ニホン〉の者たちに知らしめねばならぬ。

 ある晩、島に嵐がやって来た。いつぞやのように海は猛り、空には暗い雲が低く垂れ込めていた。

 時化た海を見て、余は本日の水泳練習の中止を決定した。こんな日に泳いで溺れ死にでもしたら元も子もない。いくら訓練を積んだとはいえ、過度な自信は禁物である。よってこの日を休息日と定め、余は一日の大半を寝床で過ごした。

 海がひっくり返ったのではと思うほど激しい雨音を聞きながら瞼を閉じると、意識は抗う間もなく眠りの中へと引きずりこまれた。

 そしていつもの〈声〉である。

「聞こえますか、怪獣さん」少女の声は、いつになく悲壮感を帯びていた。彼女は言う。「お父さんが三日前から帰ってきません」

 それきり、しばらくの間言葉が途絶えた。次第に何か聞こえてくると思ったら、それは啜り泣きであった。

「お父さんは、あなたの存在を証明しようと必死になっていました。あなたを見つけて、今まで つき呼ばわりしてきた〈ヒト〉たちを見返そうとしてたんです。家を出て行く時、お父さんはわたしに言いました。〈父さんを信じてくれてありがとう〉って……」

 声は震えながら消えた。またしばしの間が空いてから、少女が絞り出すように言った。

「お父さんは、もう帰ってこないかもしれません」

 残念ながら、同感である。父上が最後に残した言葉はどうにも遺言めいている。

 まったく馬鹿なことをしたものだ。顔を合わせたこともない他所様に不躾なようだが、言わせてもらう。娘に泣くほどの心配をさせるなど、父親の風上にも置けぬ。これは一度、直接会ってビシッと言わねばならぬ。

 余の腹は決まった。

 余は少女に向かってこう吼える。

「お父さんのことは私が何とかするから、もう泣くのはよしたまえ」

 上手く伝わったのか、「ありがとう」という返事と笑う気配が伝わってきた。瞼を上げると、息子の顔が目の前にあった。

「パパ、遊んで下さい」

 余は身を起こし、息子に構わず立ち上がる。そして無言のまま、寝床から外へ出る。

 日は落ちていた。闇の中で、横殴りの雨に頬を打たれた。

「どこへ行くのですか、パパ」

 息子が余の尻尾にすがり付く。余はそれを、音も立てずに振り払う。

「馬鹿な父親を叩きに行ってくる」

 暗がりの中で、息子が首を傾げる。

 余は大雨の中を踏み出した。

「遊ぶのは帰ってきてからだ」

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