第7話
「他の魔法の知識もほとんど無いのよね」
「ないな」
はっきり答えるとシャーロットは大きくため息をついた。だが、既にかなり難しいとされる浮遊魔法を成功させた俺にとって、魔法に関しては特に問題ないだろうという自信がある。ギルバート様々だ。
「魔法については追々教えていくことにして、今日は今後どうするのか方向性だけまとめておきましょう。
私が殿下の部屋にこれほど長く居座っていると噂になれば、恐らく勘付いて探ってくる者もいるでしょうしね」
「仲悪いとはいえ仮にも婚約者だろ。婚約者が見舞いに来て少し話してるだけなのに何を勘ぐられるんだよ」
「殿下は私を部屋に入れたことなど一度もないから、私が殿下の気を引くために記憶を消す薬を仕組んだと言われるのが一番あり得るわ」
嘘だろ、おい。仲悪いどころか明らかギルバートに拒否されてたのかよ。
なによりも周りにそんな風に噂される可能性を堂々と言えるお前が怖い。
「私は殿下に対してだけは誠実よ。そんなことするなんて絶対にあり得ない。
だけど……殿下や周りはそうは思わないから……」
言葉尻が小さくなる。
シャーロットにしては珍しく自信がなさそうに節目がちになったが、直ぐにこほんと一息つくと俺に向き直る。
「何でもないわ。とにかく、私はあなたに協力するけれど、あまり一緒にいるところを他の者に見られて噂が立ち、元に戻ったギルバート殿下にとって不都合な展開になって欲しくはないの。だから私は必要に応じて手を貸す」
「面倒だろ、そんなの。俺は嫌だ」
キッパリと断るとシャーロットは眉間に深いシワを作って睨みつける。とんでもない眼力だ。
記憶が元に戻った後のことなんて誰にも分からない。
後のことはその時に考えればいい。いまから後の事を気にしすぎて無駄に労力をかけるなんて愚の骨頂だ。
間違いなくシャーロットが全面フォローしてくれる方が楽なのに、そうしないのは納得できない。
「別に噂になるくらい構わないだろ。元から婚約者同士なんだから……だいたい」
「ギルバート殿下の記憶がない間に婚約者と認められても虚しいだけでしょ!!」
シャーロットから弾きだされた言葉に一瞬身体が震えた。
続けようとしていた台詞を思わず飲み込み、シャーロットの次の行動を待ってしまう。
「私がずっと殿下のためにと思って動いたことは裏目に出ていることくらい気付いているのよ。だから私が殿下に避けられていることも知っていた。
それでもいつか私の真心を見ていただけると信じて、ずっと殿下のお側にいたのに……!
こんなパッとでの男を利用しないと殿下に振り向いてさえもらえないなんて……」
なるほど、確かにそれはシャーロットにとってはプライドを傷つけられるに等しいことかもしれないな。
だけど。
「……ギルバートは俺で、俺はギルバートなんだ」
今の状況は限りなく異世界転生に近い。
記憶がなくてもほぼ間違いないと勝手に思っている。さきほど話に出た精神感応魔法で俺を消す消さないは勝手だが(もちろん消されたくはない)、今の俺とギルバートは限りなく別人だが分けて考えることはできない。
「あんたが確かにギルバートに対して誠実だというのなら、もっと堂々としてろよ。別に悪いことをしているわけじゃないんだ」
「……」
シャーロットが何故それほどギルバートに近づくことを拒むのか理解ができない。シャーロットがギルバートをこの上なく大切にしているのはまだ話して数分程度の俺でもよく分かる。
シャーロットは愛するギルバートから散々拒否され続けてそれが当たり前になってしまった。周囲の人間たちもシャーロットの愛情を受け流すギルバートばかりみているから、彼女がどれほどギルバートに尽くしても押しつけにしか映らない。
そういう環境が続きすぎて、シャーロットは自分がギルバート愛される自信を失っているのだろう。非常に面倒な話だ。
愛しているのであれば、むしろ好都合ととらえて中身が俺のギルバートと仲が良いアピールを周囲に示したしまえば良い。
記憶が戻った後に俺を消す消さないは勝手だが、肉体がギルバートである以上中身が変わったなど気づく人の方が少ない。もちろん俺も簡単に消されないように抵抗してやるけどな。
とにかくシャーロットは甲斐甲斐しく殿下に尽くす優しい婚約者だったと認知させて外堀を埋めていけば、シャーロットにとってもメリットが多いはずだ。
それについては別にギルバートである俺もそれで良いと思っている。万が一強烈にシャーロットが嫌いだった記憶を取り戻したとして、外堀を埋められてしまっていてもそれは自業自得だ。俺、つまりはギルバート本人がそうするように仕向けたわけなのだから。
「前世の俺は16歳のギルバートよりも、シャーロット……あんたよりも年上だ。だからアドバイスしてやるよ。
利用できるものはなんでも利用しろ。
清廉潔白に生きることなんか馬鹿だ。
狡賢く自分本位に生きてる奴が幸福になれる」
「……ギルバート殿下はそんな事は絶対に言わないわ。
その体を取り返して、絶対にあなたを追い出してやるんだから……」
「好きにしろ。俺もあんたを利用するんだ」
しばしの沈黙を置いてから、シャーロットはドアに手をかけ部屋を出て行こうと動き出した。
「5日後、また話にくるわ。できるなら殿下に戻っていて夢であればと思うけれど……。きっと無駄な願望ね」
「なんで5日後なんだ?」
「今回は殿下が倒れられたから早く見舞いに来たけれど、あまり訪問が多すぎると殿下にとって負担でしょう。だから王宮に来るペースを決めていたわ」
「そのペースが5日後って事か。もう少し頻度を高めてくれないか」
「嫌よ」
反論を封じるようにシャーロットは部屋を出て行った。結局あまり今後どうするのかさえ決めていないのだが、恐らく俺と話がしたくなかったのだろう。
シャーロットは能力は優秀でも16歳。まだまだ子供だ。
真っ直ぐにしか生きられない。そういうものだ。
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