第4話

「あなたの説明は理解に苦しむわね」


散々な罵りの後、ようやく落ち着いたシャーロットは一先ずは俺の話を聞いてくれた。

中身が違うと分かるや否や明らかに態度が豹変し、言葉遣いも敬語ではなくなった。ある意味清々しい。


俺は日本という国のただの平民(初めはサラリーマンと言ったが伝わらなかった)で、恐らく異世界転生によって前世の記憶を取り戻した可能性があること。本来なら元々のギルバートの記憶も継承して前世を思い出すだけのはずが、何故かギルバートが持つ16年間の記憶は何処かに行ってしまい、前世の記憶しかないので中身が別人になってしまっていることを説明した。

加えて、中身は確かにまるっきり別人だが肉体は恐らく本物なので王国中を探してもきっとギルバート本人は見つからないであろうことも伝えた。


初めはふざけたことを言うなと怒り狂っていたシャーロットだが、倒れる直前のギルバートの近くにシャーロットがいたのなら俺とギルバートがどうやって入れ替わったのかを教えてほしいと問いただすと、渋々ではあるが認めざるを得なくなったのだろう。

とはいえやっぱり気に食わないのか、未だに苛立ちながらぶつぶつと文句を言っている。


「……急に倒れられて目が覚めたと思ったら、全く品性のかけらもない男になってるだなんて……そんなこと……」


おい、聞こえているぞ。


「今すぐにでも殿下を語る不届きものとして処刑してやりたいところですけど、万が一にも体が本物の殿下だった時に大問題になるでしょうし……チッ」


公爵令嬢とは思えないほど忌々しげに舌打ちをする。見るからに悪役がやりそうな振る舞いだ。これは性格が悪い。

シャーロットは好きな男の前でだけ猫被っている典型的な嫌な女だったのだろう。色々功績を残せるくらい優秀なギルバートはシャーロットのこの二面性に気づいていたのだ。嫌うのも無理はない。


だが、チャンスだ。


シャーロットは文句を言いつつも俺の奇想天外な説明を受けたにも関わらず、思いのほか冷静に分析している。


「俺はできるならこの中途半端な状況に限りをつけたい。きっと原因を探っていればあまり認めたくもない事実もわかってくるだろう。そうであっても何も分からないよりは良い。

 これも何かの縁だと思っている。あんたにとってもギルバート殿下が大切なら、俺の中途半端な記憶を埋める手伝いをしてほしい。たぶんそうしたらあんたにとっても利点が多いはずだ」


頭を下げてシャーロットに協力を仰ぐ。

嫌な奴だが事情を知り、状況をある程度理解してくれる人間は貴重だ。

俺がギルバートとして暮らす上でも一人で何も分からずに行動するよりも、協力者に手伝ってもらう方がボロが出ずに済む。


そして、その意見についてはシャーロットも同じだったらしい。


「……仕方ないわね。今はあなたの馬鹿げた話にのって差し上げる。

 殿下がおかしくなったと国民に知られれば、それは殿下の恥。ひいては王家の名誉を落とす行為だわ。そんなことは決して私が許しません。

 私はあなたの話を全て信用したわけではないので本物の殿下を探すわ。かと言って殿下が消えたと大騒ぎしても別の問題があるから表立って捜索などできはしない。

 殿下が不在の間はあなたが影武者として行動する他にない。あなたが殿下のフリをするなど腹が立ちますが、殿下のためだもの……協力致しましょう。それにあなたへのサポート程度、私とっては欠伸が出るくらい簡単だもの。

もっとも、もしも後に本物の殿下が見つかってあなたが偽物とわかった暁には、その首から上がなくなると思うことね」


可愛げなくふんぞり返った態度では、シャーロットは告げる。なんだか散々な言われようだが、とにかく手伝ってくれるなら問題ない。もちろん腹は立つが。


見た目だけならとんでもない美少女だが、こうも性悪だと可愛いとは一切思えない。俺は元々ツンデレ属性は嫌いだし、気の強い子供の相手はもっと好きじゃなかったんだ。色々と面倒だからな。


「そっちこそ俺にギルバートの16年間の記憶が戻ったときは覚悟してろよ」


言いたい放題言われたことによるストレスから売り言葉に買い言葉で、あり得る未来かは分からないが言い返す。

でも実際に異世界転生の歪みで記憶を混乱しているだけで、しばらくするとギルバートの16年間の記憶やあまり認めたくはないが『俺』が死んでる事実を思い出す可能性は大いにある。だからどちらかといえば俺の方が勝率は高い。このくらい言い返しても問題はないだろう。


「本当に馬鹿ね。ギルバート殿下の記憶が戻れば前世の記憶など無くなるわ」

「いいや。だいたいの異世界転生では元の人格と前世の人格は馴染むだけだから、俺は居なくならないぞ。逆にギルバートは更にあんたを嫌って婚約破棄に……」

「安心なさい。異世界転生だかなんだか知らないけど、私が精神感応魔法で前世の記憶だけを消去してやるから、お前の記憶なんてカケラも残らないの」


マジか。てか、この世界は魔法があるのか。


「恐ろしい女……」

「あら、次期皇后なんだからこれから朝飯前に決まってるじゃない。それにあなたは死ぬわけじゃないわ。元に戻るだけ」


にやりと不敵に微笑んだ顔はやっぱり悪役と呼ぶに相応しい。なるほど、出来がいいとは聞いていたがシャーロットを敵に回すのは間違いなく厄介だ。


「……」

「言い返さないのね。頭の少ない下民にしては良い判断よ」


やっぱりこの態度には腹が立つ。たが、少なくともシャーロットはギルバートである俺を害することはない。

逆に、ギルバートの記憶を取り戻すために間違いなく協力はしてくれるのだ。どれほど性悪であってもその能力は折り紙付きだろう。記憶がもどれば『俺』を消される可能性があるにしても、現状を好転させるためには行動するべきだ。シャーロットを利用しない手はない。


「まぁ、それじゃあよろしく頼む」

「頼む……ですって?」

「……よろしくお願いします」

「よろしい」


ああ、本当に面倒なことこの上ない。

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