第3話
「殿下、お加減はいかがでしょうか?」
コンコンとドアのノック音が聞こえると同時に、少し高めの鈴のような声がドア越しに聞こえた。
聞き覚えがある声だ。恐らくシャーロット・ディア・エーレンベルク公爵令嬢に違いない。
「宮廷医の見立てでは記憶喪失は一時的なものとお伺いいたしました。
けれど、殿下は未だにお部屋で考え込まれていると連絡を受け、一目お会いしたいと思い参上した次第でございます。
不躾ではございますが、どうか私に謁見をお許しくださいませ」
シャーロット・ディア・エーレンベルク。
第一王子派最大の後援者であり、貴族の中でも最も有力者と言われるエーレンベルク公爵家のご令嬢。
ストレートの艶のある白銀の髪と少し薄めの藤色の瞳は柔らかい印象を受けるが、性格は冷酷無慈悲だともっぱら噂の16歳。
大人も目を巻くほどの知性と教養を身につけており、次期王妃としての素養は王国の中でも一級品だ。ただし、国民からは何故かそれほど人気がない。
実際に記憶喪失と診断した宮廷医に「シャーロット様は気が強くて敵わない。お優しいギルバート様とは反りが合わないことでしょう。今回も殿下がお倒れになられたのはシャーロット様へのストレスが原因でしょうな」と言われたことは印象深い。
いったい何をしたらこれほど評価が低くなるのか妙に気になるところだった。
「殿下…?」
しまった。考えごとに気を取られて、返事をしないでいるとドア越しの声は少し不安げな弱々しい声に変わった。
「あー、悪い……」
「…… そうですよね。殿下が私とあまり話をしたくないことを承知で押し掛けてしまいました。
申し訳ございません。ですが、ですが、どうか……お体だけは大事にして下さいませ」
「は?」
早い。あまりに早すぎる引き様だ。
俺はまだ何も言っていないぞ。
なんとなくシャーロットがそこそこに嫌われ者で、ギルバートととも折り合いが悪そうなのは気づいていたが、流石に心配して見舞いに来た婚約者を無碍にするつもりはない。
そもそも俺が接したシャーロットはむしろ王子を助けようと必死に動いていたようにしか見えてないから、なんでそんなに嫌われてるのか分からず周りの評価との齟齬が凄い。
「待て待て待て!」
大急ぎでドアを開き、シャーロットを呼び止める。少し……いや、かなり驚いた顔をしたが、気にしてはいられない。まずは彼女を止めるべきだ。
「殿下……まだ記憶が戻っていらっしゃらないのですね。これまでの殿下なら私を呼び止めるようなことは致しませんでしょう」
いや、どんだけこいつら仲悪いんだよ。
ていうかシャーロットは仲悪い自覚あったのか。
なんで来た。
心の中でツッコミをかましつつ、一息ついてからシャーロットに向き直った。
「そうだな。正直記憶は戻っていない。
とはいえ見舞いに来た婚約者を追い払うような真似はしないぞ」
「……」
「確かに医者にもあんたとの関係があまり良くないって感じのことは言われたが……。
記憶のない俺にとってはそんなの関係ないことだし、むしろ見舞いに来てくれるなら有難い話だろ」
なんならギルバートに嫌われてるとわかっている上で心配しているということは、恐らくシャーロットはギルバートの婚約者としてちゃんとギルバートのことが好きだってことだ。
客観的にこの2人のことが見えてしまった俺にとって、今やギルバートを心配しているシャーロットを追い払う真似は良心が痛む。中身は本来のギルバートではないのだが。
本当になんで俺にはギルバートの記憶がないんだ、ふざけんなよ。そもそもなんでギルバートはシャーロットを嫌ってたんだよ。
「……あなた、誰ですの?」
「は?」
「殿下の顔、殿下の体、殿下の声。肉体的には全く同じ殿下ですのに、話し方や所作など全てにおいて殿下とは異なりますわ。これを単なる一時的な記憶喪失と宮廷医は診断したのですか?」
「え、まぁ、一応そうらしいけど。
ていうか、俺もよく分かってないから困っている」
「その人本来の性質まで変わるのであれば、それは記憶喪失とは呼びません。人の性質はそう簡単に変わりませんから。ましてやこれまでに培った習慣や知識は記憶とは別に覚えているものです。
いくら記憶を失ったからといって、殿下はこれまでに次期国王としての教養を受けておりました。これほど下品で俗物的な話し方をするはずがございません」
俺がギルバートじゃないと気付いたのは評価するが、別人と分かるや否や好き勝手言い過ぎだ。仮に俺がギルバートの記憶を持ってたなら間違いなくシャーロットを更に嫌ってただろう。
「殿下は……? 本物の殿下はどこに行きましたの!?
お前のような下民が殿下を語るなど決して許しはしませんわ!!」
「知るか! それはこっちが聞きてーよ!!」
前言撤回。記憶があろうとなかろうと、俺もシャーロットはそんなに好きじゃない。
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