第1話


「殿下! ギルバート殿下!!」


鈴のような声が頭に響く。聞いたこともない少女の声。どこか慌てた様子の声は必死で名前を呼ぶ。


……ギルバートって誰だ?


疑問を抱きながらも刮目すると目の前に少女が俺を見下ろしていた。倒れている俺の顔にかかるほど真っ直ぐな長い髪は白銀、目尻に涙を溜めながらも泣かないように堪えている瞳は淡い藤色。如何にも日本人離れした容姿だ。


「うわ、美人……」

「え?」


思わず本音が溢れると目の前の少女は首を傾げた。

その一つ一つの仕草までもが美しいと形容するに与いするしなやかで繊細な動作だ。


「殿下、どうなさったんですか?」

「……殿下? 誰が?」

「何をおっしゃっているのですか、ギルバート殿下。貴方様のことではないですか」

「いや、俺はギルバートなんて名前……っ!」


強烈な痛みに思わず悶絶する。

思わず額で手を押さえつける。しばらくすると激痛は感じなくなったが、じんわりと脳を麻痺させるかのような痛みは残り続けた。


「もしや先程倒れた時に頭を……!?

 医者は、医者はまだなのですか!? 呼びに行って随分と経っているでしょう!? どうなっているの!!」


彼女の指示を受け、ハッとしたようにバタバタと周りにいた人々が動き始めた。

痛みに耐えながらも見渡すと周囲にはクラッシックなメイド服や執事服を着た人が何人もいた。ほかに大袈裟な鎧をつけている男もいる。


おかしいな。俺は別にメイドにも鎧にも興味はないぞ。

確かに人よりは少しサブカルチャーに詳しい面はあるが、それも一般人に毛が生えた程度だ。どちらかといえば妹の方が立派なオタクだった。


なのに何故こんなにおかしなコスプレ集団に囲まれているのだろう。

妹に騙されてその手のイベントに参加してたっけ。


「殿下、ご安心下さい。すぐに医者が参ります。

 私がついている限り殿下に不自由などさせません」


少女は俺の手を握りしめる。まだそれほど大人には見えない容姿だが、妙に大人びている彼女の言葉に不思議と安堵する。

よく分からない状況だが、気持ちが落ち着いてくると次第に頭痛も治まってきていた。


「シャーロット様、宮廷医が参りました!」

「遅い!! 殿下に何かあったらただでは済まさないわ!!」


ピリッと凍りつくような一言に登場した宮廷医呼ばれる初老の男と彼を連れてきたメイド、その周りで様子を見ているその他のギャラリーたちの顔が青ざめた。


「申し訳ございません。連絡の繋ぎがうまく行きませんで…」

「言い訳はいいわ。早く殿下の容態を確認して。

 頭を打っていらっしゃる可能性があるのよ。無理に運ぼうとはせずに一先ずはここで診察を。

 ……殿下、このような場所で申し訳ございません」

「いや、もうだいぶマシになってる……」

「そうでしたか。でしたら王宮に戻りましょう。

 せめて寝台の上でお休みになられてくださいませ」

「王宮……?」


そういえば彼らの容姿や服装に目を奪われてちゃんと周りが見れていなかった。

状態を起こし、ふと視線をもう少し上に向ける。


「お……おおー……」


煌びやかとは言わないが、そこにはヨーロッパなどで見られる荘厳な建物が存在した。

うん、おかしいな。

もうこれはコスプレ集団とかのレベルじゃない。


これはつまり、ものすごくリアルな夢だ。

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