雪が染まれば砂糖菓子の花が咲く(仮)
むう
朝、でこぴんと王太子と生チョコケーキもどきと
初雪が降った日だった。街全体が淡い白銀に染まり、灯りに照らされてきらきらと輝いている。陽はすでに沈み、余韻で空がオレンジから紫、藍色へと移り変わっていく頃、お忍びで城を出ていた王妃がお帰りになった。人目を避けて、徒歩で門に近づく。事前の手回しのおかげで、この僅かな時間だけ東門に門番はいない。唯一連れていた侍女と護衛騎士のみ3人組を見て、誰が国の最上位に位置する人物だと思おうか。足早に城門をくぐろうとする彼女の目に、赤い傘が差し掛けられた白いクーファンが映る。引き留める配下を気にせず、王妃が籠を覗くと、すやすや寝息をたてている赤子がいた。暖かそうな羊毛の毛布に包まれ、自分の周りの世界の変化など気にもとめずによく眠っている。まるで雪の精かと見まがうような白銀の髪色に王妃が感嘆の吐息を漏らす。冷えてきた空気に微かに身じろぎして、赤子は差し出した王妃の指先をぎゅっと握った。
それから、15年の月日が流れた。
あの日、王妃に拾われた子どもは王子たちの遊び相手として王宮で育てられることになったが、早々に傅かれる生活をやめて、第一王子の護衛騎士となった。齢15にして国で5本の指に入る剣客とまで謳われるほど実力、それは生まれ持った才能とそれをも凌ぐ努力で勝ち取ったものだった。名を
「
王太子の専属護衛騎士という名の、事実上世話係兼側近となった白陽の朝は主君を起こすところからはじまる。その前にも、朝食やきょうの日程の確認もあるがそんなことは些細なこと。朝が弱い主を起こすことがいちばんの難関だ。
声をかけたところで身じろぎ一つせず、健やかな寝息をたてたままのそのお姿は、17という年相応、よりもどこか幼さを残している。それでも美しさが損なわれることはない。なにせ、十人中十人が見目麗しいとお世辞抜きで褒め称える国王夫妻の嫡子である。余すとこなくその遺伝子を存分に引き継いだ彼は、まるで神の最高傑作かと世間で言われるほどだ。白金髪の髪は柔らかくウェーブがかかり、すっとした切れ長の王家の血筋である碧色の瞳と冷たさを緩和させる左目下の泣きぼくろ。着痩せするが故に線が細く見えるが、それを補いあまる覇王の風格を併せ持っている生まれながらの王だなというのが、白陽が彼に抱いた第一印象だった。
紅を刷かずとも赤い唇は、肌の白さも相まって彼を妖しくしている。その口元に常に浮かべている穏やかで優しげな微笑みはデフォルトで、言い換えれば外面が大変よろしい。
勿論、国民はそれを知る由もない。お優しくお美しい、気高き我らが自慢の王太子、頭脳明晰な上な武術までもに秀でて、この国は安泰だと国民たちが笑い合う。
そんな王太子いえども、朝の目覚めは大変悪い。放っておけば昼過ぎまで起きてこないくらいに朝が弱い。別に夜更かしをしたわけでもないのにどうしてそんなに朝起きれないのか、長年の疑問だ。
「主、起きてください。今日は朝から先生がいらっしゃるので寝坊は出来ませんよ」
声かけだけで起きるのならば、苦労はしない。カーテンを開いて、窓を開ける。初夏の心地いい風に、白陽は目を細めた。今日は快晴、洗濯物がよく乾きそうだ。剣の練習も今日は気分よく出来るだろう。主が気分転換をしたそうだったら提案するのもいいかもしれない。
窓から離れ、王太子の眠るベッドに近づく、掛けていた毛布を問答無用ではぎ取り、肩を揺する。鬱陶しそうに寝返りを打たれ、背を向けられた。
「主、起きないと、痛い目に合いますがよろしいですか」
当然返事はない。知っている。ぐるりとベッドの周りを回って、主の正面に陣取る。最後にもう一度だけ、呼びかける。反応はない。顔にかかる髪を払いあげて、露わになった主の額の前で手を構える。指を勢いよく離せば、ビシッと鈍い音がして、うめき声が上がった。
「っ! いってぇ、」
「主、おはようございます」
「白陽、お前なあ……」
何か文句を言いかけるも、言い終えることなくまた眠りに落ちる我が主に遠慮なくため息を落としてもう一度、秘技でこぴんをお見舞いする。
「いたい……」
「はい。おきてください。」
額を押さえて半目を開いた主の身体を力づくで起こし、ベッドから追い出す。立ち上がりさえすれば、ひとまずは大丈夫だ。座った瞬間寝る可能性も少なくないが。
ゆっくり、顔を洗うため洗面所へ歩き出した主から目を離し、朝食の支度をする。本来ならば、顔を洗うための桶がベッドサイドに用意され、朝食も専属の侍女が準備をする。それら全てをなぜ白陽がやるのかといえば、主の寝起きが悪いから、というのが主な理由だ。
顔を洗った王太子が寝ぼけ眼のまま、朝食の用意された席へ着く。ふわりとあくびをする声に、寝覚めの紅茶を差し出す。無言で嚥下をしてはしているが、これは半分まだ寝ている。
「主」
「……ん」
「本日のご予定をお伝えしてもよろしいですか」
「ああ」
「……先日、莉希様に差し上げた花束の色は」
「うん」
「本日は夕暮れに槍が降るそうですよ」
「ああ」
「
「ああ、……いや、よくない。起きてるから、白陽、その手をしまえ」
全く話を聞いていない夢現な主の目を覚まさせるのも、自分の仕事だと片手を構えて見せると、紫悠が目を見開いて、慌てたように自らの額を両手で隠した。そういう仕草はまだ子どもらしい。寝起きならではだ。微かに笑みを浮かべて、白陽は今度こそ予定を告げた。
朝食を食べ終われば、ようやく主がきちんと目を覚ましてくれる。着替えと身だしなみを整え、執務室へ向かう主のあとを追う。午前中は帝王学をはじめとして、経済学政治学法律学等々の勉強時間だ。とはいっても、ほとんどの知識は幼少期にすでに身につけていて、天才とまではいかずとも、かなり優秀だという。
「そろそろ休憩にしましょうか、殿下」
教師のその声に、ティ―セットと軽食をセッティングする。実は甘いもの好きな主のために、ミニケーキやクッキー、マカロンも用意してある。そして案の定、主は座るなり、ともに並べられたサンドウィッチには目もくれず、ケーキにフォークを差し入れた。
「これ、新作か」
「はい、季節のフルーツをふんだんに使ったフルーツタルトと、レウィシア王国で流行っているという生チョコレートケーキもどきです。」
「……もどきってなんだ」
「隣国から生菓子を運ぶのは難しいので、レシピを元に料理長が試行錯誤したため、味は間違いないが本物とも言い切れないものだとか」
「なるほどな、……うまいな、これ」
感嘆の声をもらして、あっという間にぺろりと平らげた主にもう一切れ差し出す。昼食が入らなくなるような量でもないし、このくらいなら誰にも文句は言われないはずだ。
勉強の時間を終えると、昼食になる。午後は宰相会議があるのみだが、夜には夜会という名目の年頃の貴族たちを集めたパーティーも催される。見かけによらず、パーティー嫌いの主だが城で行われる以上参加しないわけにもいかない。駄々をこねなければいいのだが。
ご機嫌取りに生チョコケーキを二切れにしたわけではない、そんな気持ちがなかったと言えないこともない。
「白陽」
無言でこちらを見つめてくる主の前から皿を片付ける。無言のアピールには気づかぬふりで,ティーカップにおかわりを注ぐ。そんな白陽に痺れをきたした主の声が低くなる。
「おい、白陽」
「主、お腹が空かれたのでしたら早めの昼食に致しましょう。すぐに準備致しますので」
視線の鋭さが増すも、主は何も言ってこない。だが、その視線も鬱陶しい。
「メンチ切らないでください」
「目は口ほどに物を言う、って言うだろ」
「まだ修業が足りないようですね」
「誰の」
「私の」
そう言えば、主は途端に機嫌が直ったらしく優雅に笑みを浮かべて紅茶を飲んだ。
「あと、主の」
「は?」
にこり、作られた笑みを向ければ、舌打ちを返された。我が主は、こういうところはまだ子どもだ。
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