第56話 ダンス イン ザ ラビリンス
問題の部屋に近づくと、小さなラビリンススパイダーが次から次へと攻撃を仕掛けてきた。
その数の多さに鳥肌がたったけど、接近を許さないようにストーンバレットで撃破していく。
それだけじゃない。
こんなときに限って他の魔物も現れる。
ゴブリン、ジェットスネーク、グールなどなど。
僕とガーディアンはそれらを片っ端からせん滅していった。
このように敵を蹴散らしながらようやく産卵場となった部屋にたどり着いた。
燃やしてしまうのが効率的なのだろうけど、僕の火炎魔法では少々頼りない。
仕方がないので、これらの卵もすべてストーンバレットとソードマンの剣で破壊した。
「だあああ、疲れた! はぁ……、みんなもご苦労さん」
僕はガーディアンを送還して魔力の浪費を押さえる。
いくら僕の魔力保有量が多いからと言って、さっきからずっと魔法を使いっぱなしだ。
そろそろ休憩にしないと魔力切れを起こしてしまうだろう。
これで何とかすべての敵を倒したと思う。
懐中時計で時間を確認すると、すでにパーティー開始から50分が経過していた。
「アネット、怒っているだろうなあ……」
アネットだけじゃなく、ララベルやルルベルとも踊る約束をしていた。
今からギルドに行って帰ったら、パーティーのご馳走も残っていないだろう。
せめてみんなが寮に帰る前に謝っておかないと。
僕は重たくなる気持ちを押さえて扉を閉める。
そのとき背後から何者かが襲い掛かり、オートシールドが大きな音を立てた。
「チッ、まだ残りがいたか!?」
身をよじって敵から距離を取る。
撃ち漏らした幼生体がいたのかと思ったのだが、僕を襲ったのはそんな生易しいものではなかった。
「でかい……」
襲ってきたのは巨大なラビリンススパイダーだったのだ。
おそらく卵を産んだ親蜘蛛だろう。
体長はゆうに5メートルを超えている。
ここまで大きい個体となると100年以上は生きているはずだ。
だからこそ
僕が攻撃をするより先に、向こうが連続攻撃を仕掛けてきた。
巨大なツルハシみたいな前爪が左右から僕に襲い掛かる。
すべての攻撃はオートシールドが防いでいるけど、そのせいでこちらが攻撃する隙がまったく無い。
オートシールドが邪魔でストーンバレットが撃てないのだ。
だからと言って盾を引っ込めてしまえば、巨大な爪が僕を貫くだろう。
防御魔法をかけて耐えるという手もあるけれど、それをやれば攻撃に回せる魔力が少なくなる。
魔力の残量はあとわずかだ。
このまま守っていてもじり貧になるばかりか……。
「だったら!」
僕は勝負に出ることにした。
相手の攻撃にあわせてシールドバッシュをぶつける。
致命傷にはならないけれど、態勢を崩させることには成功した。
距離を開けてすべてのストーンバレットのフルバーストだ。
「くらえ!」
ついに魔力が切れてしまったのだ。
「やったか?」
不安と共にラビリンススパイダーを見つめる。
だが、こいつの八つの目は赤く光り、僕を見据えたままだった。
「まだ生きているのか……」
深手を負わせることはできたみたいだけど、こいつはまだ死んでいない。
蜘蛛は前足を震わせながら、ズルズルと僕の方へ近寄ってくるではないか。
こうなったらナイフで急所を――。
「ロウリィー!」
背後から僕を呼ぶ声がした。
戦闘中なので振り返るわけにはいかないけれど、それが誰の声なのかはすぐに分かった。
そして僕とラビリンススパイダーの間に巨大な火柱が三本湧き上がる。
「トリプルファイヤートルネード!」
火柱はドラゴンの形を取りながらラビリンススパイダーに絡みついた。
蜘蛛は轟音と共に炎に包まれる。
いくらこいつがタフでも、さすがにこれではもう動けないだろう。
ホッと安心したけど、後ろにいる人のことを思ってまた緊張してきた。
怒っているんだろうな……。
僕はゆっくりと振り返る。
「アネット……?」
なんと、アネットはパーティー用のドレスという姿だった。
薄いターコイズイエローの生地が上品な光沢を放っていて、本当にアネットによく似合っている。
だけどここは迷宮だ。
僕のことを心配して、ドレスのままここまで来てくれたのか?
「ごめん、迎えに行けなくて」
「本当にね……。文句を言ってやろうと思っていろいろ探したのよ。そしたらギルドに行ったまま、帰ってこないって、リングイム君が」
「それで探しに来てくれたの?」
「リングイム君がさ、ロウリーはギルドの糸目お姉さんに可愛がられているから、向こうで長居をしてるんじゃないか、って言ってたの」
あいつ……。
「それで心配して?」
「心配なんてしてないわよ! ただ、ギルドに行ったら冒険者たちが駆け込んできて、ロウリーが一人でラビリンススパイダーを退治に行ったって言うから……」
「それで来てくれたんだね」
「うん……」
僕らはしばらく見つめ合った。
「ドレス、よく似合っているよ。ダンスには間に合わなくなってしまったけど」
今夜のためにおめかししたのだろうに、本当に悪いことをしてしまった。
「もういいのよ。ロウリーは正しいことをしたって、私もわかってる……」
アネットは視線を逸らしてしまう。
「アネットと踊れなかったのは残念だよ。これでもタオと特訓したんだぜ。少しでもいい所を見せようって」
お互いに何回足を踏みあったことか……。
「ふふっ、だったら練習の成果を見せてよ」
不意にアネットが僕の手を取ってきた。
「ここでかい? 音楽もないのに?」
「音楽ならあるわ」
アネットが小さくハミングして、その音が迷宮の石壁に響いた。
「ほら、リードして」
再びアネットがワルツの一節を口ずさむ。
僕はおっかなびっくりアネットの腰に手をまわし、覚悟を決めて最初の一歩を踏み出した。
迷宮に流れる小さなハミングとミニモルの光。
僕らの影が迷宮の壁を回り出す。
(アネット・ライアットの好感度が上がりました。ポイント50が付与されます)
ぎこちないステップは少しずつ華やいだものに変わったけど、夢のような36小節はあっという間に終わりを告げてしまった。
「なかなかうまいじゃない。これならダンスホールで踊っても恥はかかなかったわね」
「そうかな? だったら来年の予約をしておいてもいいかい?」
「来年?」
「うん。次のウィンターレこそアネットと一緒に踊りたいんだ」
「ふーん……、じゃあ、予約だけ受け付けておくね。そのかわりキャンセルしたらペナルティーがかかるわよ」
「わかった」
今夜のことは許してもらえたのかな?
「帰りましょう。もうお腹がペコペコよ」
「その前にギルドに寄らないと。薬の納品は今夜までなんだ。帰ったら塔で何か作るよ」
「ロウリーの手料理?」
「そういうこと」
「少しだけ期待してあげるわ」
ミニモルのスピードを少し上げて、僕らはギルドへと急いだ。
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