第52話 君との朝はまぶしすぎて
しばらく待っていると、遠慮がちなノックの後にアネットが入ってきた。
「どういうことなの、ロウリー? こんな夜中に呼び出すなんて――タオ・リングイム君?」
アネットはタオの存在に驚いている。
「来てくれたんだね、アネット! よかった、本当に助かるよ」
僕は手を取って感謝の言葉をのべた。
「ま、まあ、他に頼れる人もいないみたいだったし。でもなんでリングイム君がここにいるの? それに研究室が前よりもずっと立派になっている気がするんだけど」
僕はアネットに状況と治療法の説明をした。
「わかったわ。ことは一刻を争うのね。でも一つだけ教えて」
「なんだい?」
「直列特性付与法だっけ? そんなことをしてロウリーの体に負担はないの?」
アネットは心配そうに僕を見つめている。
直列特性付与法は僕の特殊能力を使ってドリアードの病を治す魔法術だ。
肉体に魔法的リンクを施し、ドリアードの体内を蝕む菌糸をやっつけることが目標となる。
本来は僕の体だけで完結する特性の範囲を無理やり押し広げて使うのがこの技のすごいところだ。
当然、僕の肉体と精神にもかなりの負担があるだろう。
「大丈夫だよ。僕はこれでもマスタークラスの術者だ。これくらいなら問題ない」
適当なことを言うのは申し訳なかったけど、アネットと議論している時間も惜しかった。
「よし、はじめよう」
ドリー、僕、アネット、タオの順番で輪になって手を繋ぐ。
そして僕はドリーとの魔法的リンクの構築を開始した。
「クッ……」
ドリーとつないだ腕に痛みが走る。
リンク率が上がるごとに、ドリーの痛みを僕の脳と神経が感じ取ってしまうようだ。
これはかなり強引な術のようだ。
アネットとタオが魔力補助してくれなければとてもリンクを維持していられないだろう。
「よし、ドリーの体が僕の特性の支配下にはいった。今から自己治癒と解毒体質を開放していく。みんな、もう少し頑張ってくれ」
僕は奥歯をかみしめて痛みに耐える。
これがドリーの感じている苦しみか。
よく今まで我慢できたものだと感心してしまう。
だがそれもここまでだ。
僕の二つの体質がドリーに作用をしだして、彼女の中の毒素が少しずつ消えていっているのがわかる。
この苦しみは相当なものだけど、菌が完全に消えるまでは耐えなくてはならない。
治療には2時間近くかかったけど、僕にとってはもっと長い時間が経過したように感じた。
それでも治療は完全に成功だ。
ドリーの顔色はすっかり良くなり、今は目を閉じてすやすやと眠っている。
「ありがとう、ロウリー。お前は最高の友だ。お前になら俺のコレクションをすべて譲ってもいい! お前の大好きな女教師ものなんてどうだ!? あれはいいものだ!!!!」
(タオ・リングイムの好感度・親密度が上がりました。ポイントが30付与されます)
アネットの前で変なことを言わないでほしい。
ほら~、すごい眼でこっちを睨んでいるじゃないか……。
「気持ちだけ受け取っておくよ。アネットもありがとう。君がいなかったらドリーは助からなかったかもしれない」
お礼を言うと、アネットは元の優しい顔に戻って、柔らかい視線を寝ているドリーに注いだ。
「お役に立ててよかったわ。私もこの子が無事で嬉しいもん」
ドリーは静かな寝息を立てている。
僕とアネットとタオももうそろそろ限界だ。
特に僕の消耗は激しくて、今にも倒れてしまいそうだ。
「リングイム君は私が送っていくから、ロウリーは寝てなさい。通路の封印は私がかけておくわ」
「でも、アネットだって疲れているだろう。大丈夫だよ」
「いいから、もう寝なさいって。大丈夫だなんて、嘘ばっかり言って! 顔が真っ青じゃない」
アネットに叱られてしまったけど、僕はなんだか嬉しかった。
「ごめん、それじゃあ休ませてもらうよ……」
寝室まで行くのも億劫で、そのまま研究室のソファーに倒れこんだ。
「ロウリー、大丈夫なの?」
「うん……」
「ちょっと……こんなところで寝たら風邪をひくわ。もう、しょうがないわね。毛布を持ってくるから、寝室に入るわよ」
「うん……」
アネットの声が雲の上から聞こえてくるように遠く感じる。
これ以上は目を開けていられないくらいに眠い……。
「とりあえずこれをかけておくか……」
断片となった意識がコマ切れの情報を脳に運んでくる。
不意に何かにくるまれて暖かくなった。
これは……アネットの匂い?
あ、彼女が自分のローブをかけてくれたのか。
「アネット……ありがと……」
僕は眠りに落ちていた。
「起きて、ロウリー」
優しく体を揺すられて僕は半分だけ意識を取り戻した。
声の主はアネットだ。
「ん、わかった、ちゃんとベッドで寝るよ……」
体調はさっきより幾分マシになっている。
「何を言ってるの、もう朝よ」
朝?
窓から差し込む光が明るい。
ついさっき、うとうとしたばかりだと思ったのにもう夜が明けたのか?
そうか……、ドリーの治療を終えて、すぐに眠り込んでしまったんだな。
……ドリーの治療……容態はどうなった!?
「ドリーは!?」
僕は飛び起きてドリーがいる方向を確認する。
彼女は足を麻袋に突っ込んだまま、こちらを見てピースサインを向けてくる。
「ウリー」
ウリーはロウリーのことかな?
「おはよう。具合はどう?」
ドリーは小さく頷く。
その顔色は晴れやかだ。
緑色の髪には、髪飾りのように赤い花まで咲いている。
「問題なさそうよ。朝日を浴びて気持ちよさそうにしていたわ」
よくみると昨晩よりも窓の近くにドリーは移動している。
「アネットが動かしてくれたの?」
「うん。その方がいいかなって」
「いろいろすまない。僕のことを起こしてくれるために早起きしてきてくれたんだね」
アネットだってあんまり寝ていないはずなのに。
「それくらいいいのよ。私もあの子のことが気になっていたから。それよりロウリーは大丈夫なの? 酷い顔をしているわ」
「うん、ちょっとシャワーを浴びてくるよ。そうしないと頭が働かない気がする」
「コーヒーくらい淹れておいてあげるから、早く行ってきなさい」
「うん、ありがとう」
アネットはそそくさとエプロンをつけだした。
レースのついた白いエプロンだ。
「わざわざ持ってきたの?」
「う、うるさいな! 早くシャワーに行ってきなさい!」
訊いただけなのに怒られてしまった。
「アネット……」
「なに、文句でもあるの?」
「エプロン姿もステキだね」
控えめに言っても、最高にかわいい……。
「そんなお世辞はいらないんだからっ! 冷蔵庫の中の物と家庭菜園の作物を勝手に使うわよ。料理なんてしたことないんだから、どうなっても知らないんだからね!」
コーヒーだけじゃなくて朝ごはんも作ってくれるらしい。
どんなものが出てきても、美味しいと言える覚悟だけはしておくか……。
その日の朝ご飯は意外にも美味しかった。
キッチンにはコーヒーの香りと気恥ずかしさが立ち込め、少し焦げた目玉焼きが僕らを見て笑っている気がした。
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