第36話 ルアーム迷宮
初戦に快勝した僕らは、その後も戦闘を四つほど潜り抜けた。
今のところガーディアンの召喚は必要なく、二人だけで魔物を撃退している。
集まった魔結晶は14個、ゴブリンのナイフも3本ほど手に入った。
ドラゴンパレスで販売すればちょっとしたお小遣いにはなるだろう。
「お小遣いができたらロウリーからもらったあの石をペンダントにしてもらおうかな」
「いいね。でもそれにはもう少し稼がないと」
「チェーンはミスリル銀にしたいから、もっともっと頑張らないとね」
さすがはお嬢様、言うことが無自覚に
でもこんな会話ができるくらいに僕らは迷宮に慣れてきている。
気を抜き過ぎるのは悪いことだけど、緊張のし過ぎも逆によくない。
長時間の探索で張り詰め続けると、精神の方が持たなくなるのだ。
今回の探索ではそれが分かっただけでも意味があるだろう。
「見て、アネット。今日の目的地に着いたよ」
僕らの前方には、トーチの明かりで下り階段が闇の中に浮かび上がっている。
覗き込んではみたけど、奥は深く、先の方はよく見えなかった。
「下ってみる?」
「いや、ここまでにしておこう。時間のこともある」
迷宮では何が起こるかわからない。
余裕は多めに取っておくべきだ。
「ここまで来るのに40分か。慣れればもう少し早く来られそうね」
「今日はかなりゆっくり進んだもんな。本来なら30分くらいじゃないかな? 一回、道を間違えたし」
「それは、ごめん。暗くて地図がよく見えなかったのよ」
三本目を曲がる予定を、二本目で曲がってしまったというたぐいのミスだ。
迷宮1階くらいじゃすぐに引き返せるんだけど、深層になったら危なかったかもしれない。
このように迷宮には危険が潜んでいる。
「まだ時間に余裕はあるね。帰りは通路沿いの小部屋をチェックしてみようよ」
「宝箱は無理でも、宝の袋くらいならあるかもしれないものね」
宝の袋は宝箱の下位互換みたいなものだ。
入っているものもしょぼいけど、鍵やトラップなどはかけられていない。
見つけられればやっぱり嬉しい。
時間を気にしながらも僕らは通路沿いの小部屋の扉を開けていく。
もちろん魔物が潜んでいることも考えられるので、慎重に一つずつだ。
「この部屋も何もなしかあ」
小部屋のチェックはこれで七つ目。
今のところ魔物さえも現れない。
「気を抜かないでよ。次はあっちを開けるんだから」
「了解、でもそろそろポータルのある所に戻らないとね。あそこで最後にしよう」
僕は力を入れて鉄の扉を引いた。
きしむ音が通路に響き渡り、アネットの火球が部屋の中を照らし出す。
ん? あれは!
「ロウリー、宝の袋よ!」
部屋の中央には革製の袋が無造作に落ちていた。
「おお! まさか初日で見つけられるとは思わなかったよ!」
僕もアネットも湧き上がる興奮を抑えきれない。
袋は小さくてウィスキーの瓶ほどの大きさだけど、僕らの期待はいやがうえでも大きくなってしまう。
「宝の袋でも、黄金の立像が出てきたなんて事例もあるそうだよ」
「そんなのが出てきたら好きなドライドが買えちゃうじゃない」
ドライドもいいなぁ。
高価なお宝が出てきたら冒険部員全員にホース型のドライドをプレゼントしたいくらいだ。
「それじゃあ、開けるわよ」
少し緊張しながらアネットが袋に手をかける。
僕もじっと事の成り行きを見守った。
ジャラジャラという金属音がして、アネットが袋の中身を引き出した。
「これは……銀貨が3枚と指輪だね……」
「うん……」
指輪の材質は鉄のようで、特に価値のある物には見えない。
ただかなり大ぶりな指輪でドラゴンの紋章がついていてカッコよかった。
「呪いの指輪だったらどうしよう?」
アネットが心配そうにしている。
迷宮から出る宝飾品はそういうものも少なくない。
「街で鑑定にかけてみるよ。冒険部行きつけのドラゴンパレスという買い取り屋さんは鑑定もしてくれるんだ。週末も部活で街に出るから、そのときに行ってくる」
「わかった。じゃあお願いするね」
アネットは銀貨と指輪を袋に戻して、僕に手渡してきた。
「ついでにゴブリンのナイフと魔結晶も換金してくるよ。とりあえず銀貨が3枚も出たから3万レナウンは確定だね」
「うん。あ、これでミスリルのチェーンが買えるわ! うふふ、どんな感じが似あうかしら……」
アネットは胸ポケットからクランペ渓谷の石を取り出して嬉しそうに見せてくれた。
「持ってきていたの?」
アネットが僕の贈った石を身に着けていたことに驚いてしまった。
「ま、まあね。これは魔除けのおまじないになるらしいから……」
「そうなんだ。でも、大事にしてくれているみたいで僕も嬉しいよ」
「それは……、私もけっこう気に入っているから……きゃっ!」
突然アネットが叫び声をあげた。
トーチの明かりに彼女の髪の毛がネバネバと光っているのが見える。
これはなんだ!? こ
の粘液は天井からたれていて……っ!
天上には1メートルを超えるルアームオオヤモリが一匹張り付いていて、そのよだれがアネットに垂れてきていたのだ。
「やだ、これ! なに!? とってぇ!」
糸を引く粘性の液体を体に浴びて、アネットがパニックを起こしている。
「大丈夫だ、オオヤモリの唾液がこぼれてきただけだから」
僕はアネットを落ち着かせる。
ルアームオオヤモリは魔物ではない。黒焼きにすると魔法薬の素材になることで有名な生物だ。
高額買い取り対象になるけど、今は捕獲している余裕はないな。
「安心して、唾液に毒などは含まれていないはずだ」
「だけどこれ、気持ち悪くて……臭くて、ヌルヌルするよぉ」
唾液は髪を伝って、今や鎧の下の服にまで染み込んでいる。
「とにかくローレライの森まで戻ろう。お風呂の用意をするから」
言ってしまってからハッとした。
さすがに二人きりでお風呂を使ってもらうのはまずいかな?
以前もそのことで叱られた記憶がある。
でも、今日のアネットは前とは違っていた。
「うん……、お願い……」
僕らは急いで転送ポータルまで戻り、塔への道を走った。
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