第34話 工作室と家庭菜園
釣りあがったベルン鱒を見て、僕らは頭を悩ませていた。
だって、食べるにしてもこいつは大きすぎるのだ。
体長184センチって、僕よりも10センチ近く大きいんだよ。
6人で限界まで食べたって、半分以上を残しちゃうんじゃないか?
人気の食材だからドラゴンパレスで売れるかもしれないけど、平日だから学院の外へ出かけることもできない。
「余った部分を捨てるのはもったいないよな……」
レノア先輩がぼそりとつぶやく。
「そうですね。それはこいつに対して申し訳なさすぎます」
僕としても、食材にするならきっちり全部食べてこそだと思う。
「あの……」
鱒を釣りあげたララベルがおずおずと提案した。
「みなさんさえよければ、このまま川に戻しませんか?」
「僕もそれがいいと思うな」
土の上で口をパクパクさせている鱒の姿は哀れだ。
早いところどうするかを決めてやるべきだろう。
「もったいないけど、釣り上げた二人がそういうなら仕方がないか。他に意見がある者は?」
レノア先輩の言葉に異論を挟む部員はいなかった。
こうして釣り上げたベルン鱒は元いた川へリリースすることになった。
僕とタオの二人掛かりで水の中へ放してやると、ベルン鱒はゆっくりと川上の方へ消えていった。
「よし、あいつはもう一回り大きくなったときに私が釣り上げてやる。それで今度こそ私がチャンピオンになるんだ!」
レノア先輩は未練を断ち切るように声を上げた。
「さあみなさん、アマーゴの塩焼きを食べましょう」
ルルベルの指導で作った塩焼きは、ホクホク、フワフワでとても美味しかった。
山の中の清流に住んでいるせいか、臭みというものが全くなかった。
暗くなる前に冒険部は学院に戻り、僕は一人で塔に帰ってきた。
今日の部活も楽しかったな。
一つ残念なのは作製したばかりのガーディアンを実戦投入できなかった点だ。
でも、明日は確実に使うことになるだろう。
だって明日は、アネットとルアーム迷宮へ行くと約束しているからだ。
バックアップは多い方がいいから、もう一体くらいアーチャーを増やしておこうか、それともソードマン……?
「おかえり」
「あひゃっ!?」
突如声をかけられて僕はとんでもなく驚いてしまった。
見れば塔の入り口にアネットが座っている。
「そんなにびっくりすることないじゃない。誰もいない家へ帰ってくるのは寂しいかなって、せっかく来たのに……」
「ごめん、ごめん、ちょっと考え事をしていて、ボーっとしてたんだ」
アネットは小さく頬を膨らませる。
「どうせ女の子のことでも考えていたんでしょう? パットンさんだっけ? 朝、楽しそうに歩いているのを見かけたわよ」
どっちのパットンだろう?
別に二人きりで歩いていたわけじゃない。
それにタオもいたはずだ。
「それは誤解だよ。今考えていたのは明日のこと。僕らの放課後冒険クラブさ」
「ほんとに?」
「うん、ポイントに余裕があるからアーチャーを増やそうかと思ってたんだ。それから塔のグレードアップもね」
「ちょっと待って。明日行くのはルアーム迷宮よね? 狭すぎて塔はおろか、砦だって設置できないんじゃない? それなのにガーディアンを呼び出せるの?」
その疑問はもっともだ。
ガーディアンは塔を守備するのが役目であるから、塔がないところでも呼び出せるのかと、アネットは心配しているのだろう。
「大丈夫、召喚はできるよ。ガーディアンは『塔の主人』を守るのが役目だからね。ただ、塔の近くじゃないとエネルギーが供給されないから活動時間は制限されるんだ」
「どれくらい?」
「10分くらいで活動限界がきて、送還されてしまうはずだ。再召喚するには10分のクールダウンが必要になる」
「そういうことか。ロウリーが盾役を引き受けてくれれば、大抵の敵は私一人で何とかするけど、攻撃力は多い方がいいものね。やっぱりアーチャーを増やしてよ」
「了解!」
僕はポイント20を費やしてレベル2のアーチャーを作成した。
これでいざというときに僕らの戦力は五人になる。
最前列に僕。中列はアネットとソードマン(Lv.2)。
最後尾はアーチャー(Lv.2)×2だ。
「この布陣なら問題はなさそうね。ひょっとしたら宝箱が出る部屋までたどり着けるかもしれないわ」
迷宮では稀に宝箱が出現する。
中身は財宝だったり、古代の魔道具だったり、不思議な魔法薬だったりといろいろだ。
ただ、外れも多く、トラップの解除も必要になる。
『
「そういえば、塔のグレードアップとか言っていたわね。そっちはどうするの?」
「もちろんやるよ。今日は工作室と家庭菜園を付け足そうと思ってる」
「工作室って?」
「いろいろな道具を作り出す場所だね。矢を自動生産する装置を設置する予定なんだ」
アーチャーが使う矢なんだけど、買うとなると結構なお金がかかる。
専門の職人が作る矢はそれなりの値段がするのだ。
ところが工作室には矢を自動生産できる機械を設置できる。
これは魔結晶を使って動かす魔導装置だ。
「アーチャーの数が増えれば、それだけ使う矢も増えるだろ? だからこいつは絶対に外せないんだ」
「なるほどね。自動生産ってどれくらいの早さ?」
「一時間で15本の作製が可能だって」
寝る前にセットしておけば朝には必要量が生産されているだろう。
僕は工作室に4、家庭菜園に8のポイントを振って作成を開始する。
さらに工作室には矢の自動生産機(3)も設置してしまう。
こうして15のポイントを消費して本日のグレードアップは終了した。
時間にして3分くらいのものだ。
「もう終わったの?」
「うん、作る部屋と間取りは決めてあったからね。アネットの時間は大丈夫?」
そろそろ門限が近づいている。
「もう少しはいられるから、早く中を見せてよ」
僕らは駆け足で塔に入り、新しい工作室を点検した。
工作室はいまだに広すぎるキッチンを二つに分ける形で追加した。
それでも、まだキッチンは城の厨房レベルに広いけどね……。
部屋の中には大工道具や工作道具が一通りそろっていて、簡単なものならすぐにでも作れそうだ。
「これが自動で矢を作る機械?」
部屋の隅には緑色をした大きな箱型の機械が設置されている。
背丈は僕よりもずっと大きくて、3メートル以上はあった。
「ここに魔結晶を入れるんだな……」
さっそく手持ちの魔結晶をセットすると、大きな音を立てて機械が動き出す。
「材料はいいの?」
「うん、魔結晶だけで生産してくれるんだって。とりあえず60本分セットしておくよ」
それだけあれば明日の探索にはじゅうぶんだろう。
次に僕らは階段を上り、屋上に設置した家庭菜園へとやってきた。
日も落ちかけて空には星が見えていたけど、壁に設けられた魔導灯で屋上はほんのりと明るい。
「あ、あっちに木が生えているよ」
屋上の中央には真新しい畑ができていて、石のブロックで囲まれた3m×3mに黒い土がぎっしりと詰め込まれていた。
これは『
すぐ横には先ほどアネットが見つけた『果実の樹』という特別な樹も生えていた。
こちらもランダムで1~3個の果実が実るそうだ。
「果物と野菜が収穫できれば食生活は大きく改善されるなあ。冷蔵庫の中身と組み合わせれば食材は四種類になるからね」
明日の朝には収穫できるみたいだから、とっても楽しみだ。
「これならここに籠城もできそうね」
なるほど、長期遠征の時は砦ではなく、塔を持っていくというのも手だな。
「よし、これで明日の準備はすべて整った」
「ええ、あとは宿題をやるだけね。うっかり忘れて居残りを食らったら、冒険なんてできないもんね」
アネットの言うとおりだ。
夕飯を食べたらすぐに、大量に出された宿題に取り組まなくてはならない。
森の小道を帰っていくアネットを今日は屋上から見送った。
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