第33話 釣りの時間

 秋が近づき、日に日に日暮れが早くなっている。

川辺に戻った僕らはさっそく釣りを開始した。


「大物のベルンますを吊り上げて記録を塗り替えてやる!」


 そう騒いでいるのはレノア先輩だ。

冒険部には歴代の部員たちが釣り上げたベルン鱒のランキングがある。

今のチャンピオンは10年くらい前の部員が釣り上げたもので、体長が132センチもあったそうだ。

132センチの魚だなんて、僕は見たこともない。


「ロウリー君、お願いしてもいいかな……?」


 そっと身を寄せて、ララベルがささやいてくる。

僕は無言で頷き、彼女の針にとれたてのミミズをひっかけてあげた。


「さあ、私も大物を釣るわよ!」


 ミミズは怖いけど魚は平気みたいで、ララベルは元気に竿を振っている。

でも、川魚を釣るときはもう少し静かにしていた方がいい。

魚が驚いて隠れてしまうからだ。


「ララベル、もっとそうっと釣るんだよ。狩の時と同じ要領でね。相手に存在を悟られないように自分の気配を消すんだ」

「あ、そうか。わかった、やってみる」


 弓矢と狩が得意なララベルだ。

すぐにこちらの言いたいことを理解して実践する。

僕らは二人でポイントを静かに移動しながら、淵や小さな水の段差に餌を投げ込んだ。

そして――。


「うわっ、何この感触! 竿がビクビクッってしてるっ!」

「魚が食いついているんだ。逃げられないようにゆっくり上げてごらん」


 ララベルは言われた通り慎重な手つきで竿を上げていく。

糸の先端には銀色に朱色の斑点が輝く魚がかかっていた。


「もしかしてこれがベルン鱒?」


 ララベルが目を輝かせながら訊いてくる。


「残念ながら違うよ。これはアマーゴという淡水魚さ」

「なーんだ、ベルン鱒じゃないのか」

「がっかりすることはない。アマーゴだって塩焼きにするととても美味しいんだ。山に住んでいた時は僕もよく食べたなあ」

「へえ、美味しいのかあ」

「後で塩焼きにしようよ。僕にも一口分けてくれる?」


 そう訊くとなぜかララベルは顔を赤らめてモジモジした。


「しょうがないなあ……ロウリー君には針に餌をつけてもらったからね。一口と言わず、半分あげる」


 ララベルの気前の良さに感謝だ。


「ありがとう、といっても、僕もまだ諦めたわけじゃないよ。時間はもう少しあるから最後までベルン鱒を狙ってみるさ」

「私も頑張ろっと。ベルン鱒を釣りあげたら、そっちもロウリー君に分けてあげるからね」

「よし、僕らの間に協定成立だ。もう少し頑張ってみよう」


 その後もポイントを変えながら竿を投げ続けたけど、当たりは中々やってこなかった。

僕のところに引きはなく、ララベルは餌だけを取られてしまっている。

それでも清流の音を聞きながら、暮れてゆく高原の中で釣るのは心地よかった。

たまにララベルの餌をつけてあげたり、お互いの釣果ちょうかに笑いあったり、穏やかな時間が流れていく。


 だけど、そんな素敵な時間もそろそろ終わりがやってきたようだ。


「おーい、釣りはここまでだ。そろそろ釣れた魚を焼き始めよう」


 レノア先輩が僕らを呼びに来た。

その様子から見て、先輩もベルン鱒は釣れなかったようだ。


「ララベル、行こうよ」

「うん。って、きゃあっ!!」


 突然ララベルが体制を崩した。

見ればララベルの竿が大きくしなっている。


「ちょ、待って……引きずり込まれる。ロウリー君、助けて!!」


 僕らは大岩の上で釣っていたのだけど、ものすごい引きにララベルの体が川へ落ちそうになっていた。

僕は反射的にララベルの後ろから抱き着き、一緒になって竿を握る。


「いやっ、どうなってるの、これ?」

「大丈夫、僕がついているから!」


 大きな網をもったレノア先輩も駆けつけてきた。


「おいおい、まさかこの当たりは……」


 レノア先輩は網を構え、固唾かたずを飲んで水面を見守る。


「ララベル、間違いないよ。きっと大物のベルン鱒だ」

「本当に!?」

「ああ、歴代ランキングに食い込むくらい大物かもしれない」


 引き込みの力は相当強く、竿は今にも折れてしまいそうなほどしなっている。


「ロウリー君、絶対に放さないでね!」

「わかっている、協力してこいつを釣りあげるんだ!」


 すぐそばにあるララベルの髪からいい匂いがしていたけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「もう少しだ! もう少し岸に引き寄せろっ! そうすれば網で私が持ち上げる。タオ、ルルベル、ぼさっとしてないで私の体を支えろ!」

「はい! 喜んでェ!!」


 タオが先輩の腰に抱き着き、先輩は流れに向かって大きく腕を伸ばした。

魚影はすでに水面近くに見えている。


「大きいぞ! たぶん1メートルを超えている。ララベル、もう少しだ!」

「うん! いくよ、ロウリー君!」


 ララベルが僕にもたれかかるように体を後ろに反らせてきた。

僕も一緒に体重を移動して、最後の力を振り絞る。


「今だ!」


 レノア先輩の網が水に入った。

不意に竿にかかっていた力が抜け、僕とララベルは後ろに倒れこんでしまった。


「あいたたた……」


 砂利の上で転んでしまったのでひじを強く打ってしまったよ。

でもそれどころじゃない

。だって僕の胸の上にはララベルが一緒に倒れこんでいたから……。

お互いの顔が非常に近い位置にある。

ララベルの青い髪の毛が僕の頬に当たってくすぐったい。


「怪我はない、ララベル?」

「うん……ロウリー君がこうしてくれたから……」


 僕はララベルを抱きかかえるように横になっている。


「あ、ごめん!」


 すぐにララベルを支えていた手を離した。


「いいの、おかげで何とか釣りあげられたから……」

「そうだね……って、魚は?」

「あっ! ベルン鱒!」


 僕らは慌てて起き上がり、岩の上から岸を見下ろす。


「取ったどおおおおおおおおおお!」


 谷川に響き渡るレノア先輩のおたけび。

足元では虹色の超巨大ベルン鱒が跳ねていた。


「やった……やったよ、ロウリー君!」


 叫びながらララベルが思いっきり僕の首に抱き着いてくる。

感極まってみんなの目を忘れているようだ。


(ララベル・パットンの好感度が上がりました。ポイントが10付与されます)

(タワーマスターのレベルが上がりました)


 好感度だけじゃなく『塔の主人』の能力まで上がったようだ。

これはステータスボードを確認するのが楽しみだな。


「コホン……、ララベルはいつまでアスター君に抱き着いているの?」


 赤い顔をしてこちらを見るルルベルの視線が痛い。


「え? やだ、私ったら、嬉しくてつい……」

「いや、仕方がないと思うよ。だってあれだけの大物だもん」


 草むらまで引っ張り出されたベルン鱒は地面の上で時折ビクンビクンと体を震わせている。


「ロウリー、すごいぞ! 184センチだ!」


 鱒のサイズを測っていたタオが教えてくれた。


「ということは……」


 僕とララベルは声を合わせて叫ぶ。


「チャンピオンだ!」


 前チャンピオンの132センチを大きく超えて、ララベルの名前が冒険部の記録簿に載った瞬間だった。



名前:ロウリー・アスター

特殊能力:塔マスター(レベル11)

魔法:身体防御(プロテクト) ストーンバレット 

身体能力:自己治癒力 解毒体質

エクストラギフト:オートシールド×2枚 落とし穴×2 

タワー構築(基底部~3F)・部屋作製・小砦Lv.2(30)

保有ポイント:129


■所有ガーディアン

ソードマンLv.2 ×1

アーチャーLv.2 ×1


好感度・親密度

 ラッセル・バウマン  ★★★★★★★★★★

 アネット・ライアット ★★★★☆☆☆☆☆☆

 タオ・リングイム ★★☆☆☆☆☆☆☆☆

 ララベル・パットン ★★★★☆☆☆☆☆☆

 ルルベル・パットン ★★★★☆☆☆☆☆☆

 レノア・エレノイア ★★☆☆☆☆☆☆☆☆

 シャロン・ギアス ★★☆☆☆☆☆☆☆☆

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